みがきにしん
2024-04-30 22:46:55
5471文字
Public アラン君とラド君の話
 

ししょう

アラン君の仕事をたまたま見てしまったラド君。
嗤笑と死傷と支障と師匠の話です。

 あいつの仕事を間近で見るのは、それほど多くなかった。何せ、あいつは俺をさんざっぱら痛めつけて、振る舞い方も含めて色々と叩きこんできたが、俺自身の選んだ仕事にはさして口を出してこなかったからだ。当然、良い目を見たりひどい目にあったりする。そうして何もかも終わった後に、あいつは初めて俺に何かを言う(そして大抵、これが的を突いていてイライラする。分かってるなら最初から言えと思うが、結局は自分の蒔いた種なので黙るしかない。ああ、イライラする)。
 ともかく、あいつは自分の仕事――あいつ自身が俺に放り投げてきたものを除く――はしっかり抱え込んでいて、それをどうこなしているのか、どういう種類のものがあるのか、そういったことを見せようとはしなかった。どういう理由があるのかは知らないし、特に知りたくもないが。
 だから、黒衣森でそれを見たのは偶然だった。たまたま俺はオロボンの肝を取ってくる依頼を受けていて、そしてあいつもたまたま自分の仕事をしにそこにいた、というだけ。
 きっと盗賊の討伐依頼かなにかだったんだろう。グリダニアだけには限らないが、エオルゼアには無法者もかなりの数いる。そいつらは大抵「うまいこと」やっているが、たまに行き過ぎた行動をしたり、手を出してはならない品物に手を付ける奴らもいて、そういう奴らに関しては捕縛命令や討伐命令が出ることがある。
 だから、それ自体はさして珍しい依頼だというわけでもない。あいつの言葉を借りるなら「冒険者らしい、泥と血にまみれた暴力的な仕事」だ。
 ただそれが、俺の知っている討伐よりもずっと――静謐であったことを除くのならば。

 帝国軍にいたころ、時々は戦場に駆り出された。そうしてそれ以外の時間は、かなりの時間訓練をしていた。戦場の中で正しく動く訓練、戦果を最大化する訓練、つまり効率よく相手を圧し潰し、自分たちの(少なくとも一定以上の位の奴らは)生き残る訓練だ。
 そういう訓練の時間では、とにかくデカい声を出すことを求められた。士気を高め、倫理観を蹴散らし、躊躇いを捨てるためだ。
 最初に武器を持って訓練相手の上官に相対したとき、俺は震えた。弓を構えて引き絞れど矢じりはなく、持たされた短剣の刃は潰されていて、相手はしっかりした鎧を着ている。だから何をしようが、相手は少々の怪我以上は負わない。そう頭では分かっていても、手が震えた。手に持っているのは武器であり、今から相手を殺す訓練をするのだと突きつけられたからだ。
 その形のわからぬ怯えは誰にでもあるらしい。訓練所に入ってすぐの同期たちはみなそうやって震えていた。
 だからかは分からないが、ガレマール帝国を称える凱歌を喉が枯れるまで歌わされた。帝国は世界に冠たる最強の国家であり、服従することは善であり、抵抗する国や地域は愚かなのだと何度も復唱させられた。自分たちは栄えある偉業の末端に位置しており、正しく振る舞えば帝国人と同じように扱われるのだと教えられ、実際に「正しく」振る舞った同期は出世していった。
 そうして俺も、誰も彼も、武器を持ってもいつの間にか手は震えなくなっていた。訓練されたとおりに大声でガレマール帝国を称えれば同じだけの声が上がり、自分がまるで大きな生き物の一部になったかのように思えたからだ。
 今から思えば効率的だがクソの極みだと思う。要するに、俺たちは相手を知らずに見下すように、「偉大なるガレマール帝国というもの」と自分の意思を強制的に同調させられていたわけだ。別に魔法なんて使われたわけじゃない。そういう教育とそういう空気だけで、俺たちはガレマールの偉業とやらを支える人間になっていた。不真面目すぎて鼻つまみ者だった俺でさえそうだったのだから、他の奴はもっと上手いこと「適応」してしまったんだろう。きっとノーランの死がなければ、俺自身もそういう空気に巻き込まれたままだった。
 ともかく、人が人を傷つけるとき、そこにはその「形のわからぬ怯え」を超える何かが必要なのだと思う。憤怒でも麻痺でも嗤笑でもいい。逆上せた頭から発される声や感情があって初めて、人はその怯えを超えられるのだろう。
 
 じゃあ「これ」は何だ。声もなく、感情もない。きっと逆上せてもいない。ただ静かなまま起こる血霞は。
 俺は藪の中に潜み、呼吸すら忘れてそれを見ていた。
 盗賊らしき無法者に囲まれて、あいつはぞっとするほど静かだった。取り囲む相手は馬鹿にしたように笑い、武器をひけらかしたり脅したり怒鳴ったりしているが、それに答えることもない。ただ黙って踏み込み、軽く――本当に軽く――刀を振った。
 まるで子供が棒でも振るうような気軽さだったのに、途端に一番あいつの近くにいた盗賊の腕がぽとりと落ちる。つんざくような悲鳴が森に響き渡った。状況に気付いた無法者たちから下卑た笑みが消え失せ、怒号が上がる。
 殺せ! その声と共に雨あられと放たれた矢が、刀とその鞘の二本で叩き落され、そればかりでなく飛んできた斬撃に弓が真っ二つに折られた。威勢の良かった掛け声が引き攣り、弓手たちが慌てて役立たずの武器を放り捨てた。
 顔を紅潮させ斧を振りかぶった男の胴が大きく裂ける。盾と共に飛び込んだ剣術士らしき男は、盾ごと首と肩に大きな切り傷を残す形になった。くずおれる男、騒然とする盗賊たち。
 勢いよく吹き出す血に濡れ、けれどあいつの表情は小揺るぎもしない。
 どさりと体が地面に落ちる重たい音が続き、徐々に焦りと命乞いをする声が混じり始める。鋭い呼吸音と気合いの声、踏み込みの音の他に、あいつの上げるものはない。表情さえもただ平たい。空気ばかりが張り詰めてぴりぴりと揺れている。
 あいつが動く。踏み込みの一つで相手に肉薄し、刀が振るったと思えば飛び退く。切り裂かれた傷からパッと血が舞い、また一人倒れる。やはりその表情には怒りも侮蔑もない。喜びも悲しみもない。ただ武器をふるい、死傷を負わせることが当然であるかのように動く。
 ああ、そういう奴だった、と俺は呆然と思う。あいつと出会った日もそうやって帝国軍を打ち破っていっていた。淡々と、まるでただ日常を暮らしているような顔で人を殺して。
 気が付けば怒号は随分小さくなっていた。恐怖が圧を持って空気をきつく張り詰めさせ、それに耐えきれなかった盗賊から及び腰になっていく。囲む一角が崩れたのを皮切りに、とうとう相手は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 すでに十分討伐したと判断したのか、あいつは追わずにくるりとこちらを向いた。まっすぐにこちらを目線がこちらを射貫く。
「誰だ」
 俺は黙って藪の中から立ち上がった。きっと間抜けな顔をしていたのだと思う。もしかするとひきつっていたのかもしれない、逃げ出した奴らと同じように。
 一つ息を吐きだして、アランは真っ赤に濡れた刃を袖で拭った。
「ラド、なぜこんなところに?」
 その顔はやはり平静だった。僅かばかりの困惑を除けば。

 人をなで斬りにした後に肉を食う神経を俺は持ち合わせていないが、目の前の師匠面している奴は違うらしい。酒場、バスカロンドラザーズに入ってすぐにアンテロープのステーキを頼み、場にそぐわぬ丁寧な所作で切り分けて口に運んでいる。俺はといえば、肉の焼ける匂いを横にして到底食事をする気になれず、ナッツを齧りオレンジジュースを飲みこむのが精一杯だ。酸っぱいのはジュースなのか、こみ上げる何かなのかは考えないようにした。
「何か言いたげな顔だな」
 アランはナイフとフォークを置き、傍らの酒を手に取った。気分が悪くなっている俺とは対照的に、やはりその顔は穏やかに凪いだままだ。
……
 衝動に従って口を開き、しばらくして何も言えないことに気付く。言いたいことはたくさんあるが、どう言葉にしていいのか分からない。
 なぜそんな顔をしていられる? 何を考えれば何ともなかったように人を殺せる? ぐるぐると疑問は頭を回る。だがそれ以上に吐き気を、そして恐怖を感じていた。
 帝国軍にいたころ、俺は敵となった相手をうっすらと見下し、帝国という「大きなもの」に巻き込まれることでどうにか武器を握っていた。そう躾けられていたし、そうすることでやっと力を込めることができた。そして今は、どうやっても死にたくないという恐怖で武器を握りしめている。
 だが、こいつは多分違う。
 あの戦いには蔑視もなければ軽蔑もなかった。もちろん恐怖もなかった。だというのに何の躊躇いもなくあっさりと武器を振り、相手を殺した。同時に、こいつは相手の死を悼むことのできる人間だということも知っている。
 腹の奥が怖気に震える。一体こいつは何なんだ? どういう精神状態ならそんなことができる? こいつからは「敵」はどう見えるんだ?
 長い沈黙の後、ふう、と目の前の相手が嘆息した。
……今日みたいな仕事は俺も滅多に引き受けない。が、そんなことにショックを受けているわけじゃないんだろうな、お前は」
 フォークが切り分けた肉を突き刺す。躊躇いのないその手つきがさっき見た戦闘の様子とダブって見えて、思わず目を背ける。
「十人だ」
……え?」
「今日、あの十人分の死体でそれ以上の死人が出る衝突を回避させた」
 意味が分からず、俺はまじまじと目の前に座る相手を見つめた。酒場はいつも通り雑多な客たちの声でざわついていたが、その喧騒はなぜかひどく遠く感じる。
「あいつらは既存のいくつかの盗賊団から離反したはぐれ者の集団だ。最初はコソ泥をやっていたんだが、だんだん行動が過激になっていってな。少し前、補給任務についていた玄猪隊を襲った」
 元神勇隊や鬼哭隊士たちとはいえ、玄猪隊の構成員は一線を退いた後方支援専門の部隊だ。対イクサル用に大量の物資を輸送中だった彼らは、残念ながらほとんどが帰らぬ人となった。
「黒衣森には盗賊団や密猟団がいくつかあるが、基本的に国主導の任務は邪魔をしないという不文律がある。だからこそ神勇隊や鬼哭隊は目の上のたんこぶのように思いながらも、積極的に彼らを掃討するということをしない。が、彼らはそれを破ったわけだ」
 当然、と青年は続ける。さすがの双蛇党も重い腰を上げざるを得ない。ここで困るのは彼らを輩出してしまった盗賊団たちだ。盗賊団たちにとって彼らは裏切り者に過ぎないが、双蛇党には細かな団員構成など分からない。結果、行われるのは全面的な掃討になる。はぐれ者たちは倒れるだろうが、同時に既存の盗賊団にも双蛇党にも大きな被害が出る。
「それらを避けるにはどうすればいいか? 簡単だ。どうにかして奴らを双蛇党に突き出すしかねえ」
 いつの間にか酒場の主、バスカロンがアランの後ろに立っていた。青年は驚きもせず肩をすくめ、食事を再開する。
「が、裏切り者とはいえあいつらはここらの連中の身内だった奴らだ。下手にどこかの団が手を出せば、それこそ血で血を洗う報復合戦になる。そういうわけで、外部の手が必要だったわけさ」
「次はもう少しまともな依頼をしてきてくれ。暗殺や殺しはもっと向いてる奴らがいるだろう」
 アランはバスカロンを睨むが、酒場の主はどこ吹く風という顔だ。
「悪かった悪かった。だが、仕事として真っ当にやってくれる奴はそういないんだ。余計に暴れすぎたり、禍根を残したり、な」
 おかげで奴らも随分弱体化しただろうし、あの死体は双蛇党の怒りを納めるために良しなに使わせてもらうぜ。
 そう嘯くバスカロンにはあ、とアランは大きなため息を吐く。食事は終わり、皿の上に残っているのはステーキから染み出た僅かな血だけだった。
「そういうわけだ、ラド」
 その必要があると判断すれば、俺はこういう仕事をすることもある。そう言い切ってから、何でもないことのように俺の師は肩をすくめる。
「俺はそういう人間だよ。殺しというのは手段に過ぎないが、それが最も有効なら躊躇わず使う。隠すつもりはなかったが、殊更見せるつもりもなかった今日は悪かったな」
 俺は答えず黙って立ち上がった。椅子を蹴り、走って外に出る。いつの間にか外はとっぷり陽が暮れ、虫たちが鳴いている。振り返れば酒場には優しい光が灯り、中からは陽気な酔っぱらいの声が聞こえる。行進する双蛇党士たちの靴の音も、槍のしなる音も、弓矢が放たれる音もしない、きっとバスカロンとあいつが守りたかった穏やかな夜だ。
 それでもこの夜の裏に流れたものを俺は見てしまった。何も起きなかったように見えるこの今の時間を支えるものが気持ち悪くて、こみ上げるままに胃の中のものを吐き出す。
 俺には分からない。理由があれば人を殺せるとしても、その死がひとときの平和をもたらすとしても――それを平然とこなせることが。分かりたくない、絶対に。

……すまねえな、これからの関係に支障が出ちまうかもしれねえ。あんなに潔癖な奴とは思わなかった」
 バスカロンは渋い顔でアランの酒杯にワインを注ぐ。青年はそれを一気に煽る。
「それがラドミールのいいところだ。あの潔癖さがきっとこの世界には必要になる」
 酒場の主人はよくわからないというように首を傾げたが、彼の師はそれを確信しているかのように、庭で吐き散らしているその背中を見つめて笑った。
「まあ、しばらく嫌われることは覚悟しておくよ」