汚れたミコッテの洗い方

フレンドであるアッシュ君は野山を駆けまわる猟師。
けれども水浴びばかりで風呂に入らない彼をアラン君が洗う話です。

 汚れたミコッテをひとり洗うには、まず以下のものを用意する必要があります。
・ミコッテが一人入れる湯舟ひとつ、勢いのよいシャワーひとつ
・ミコッテが座れる程度のたらいひとつ、小さめのたらいひとつ
・手洗い桶 必要な数だけ
・お湯(手を入れて暖かい程度の適温のもの)たっぷり
・石鹸(髪用のものと体用のもの、それぞれ)
・ヘアオイル(オリーブオイルとラベンダーオイルを混ぜたもの)適量
・ローズウォーター、ローズマリーウォーターなどのローション適量
 なお、とても汚れがひどい場合にはククルバターもあるとよいでしょう。

 アランはFCハウスの中で準備をしていた。何せ二か月ぶりである。きっとまたも中々な汚れ方をしているのだろうと予測できたから、石鹸はいつもの倍用意し、ククルバターもひと瓶買ってある。
 以前使っていた石鹸の香り(ゼラニウムだった)は嫌いだったようなので、今回の香りはスペアミントだ。髪用には予めすりおろして粘土と合わせ、乾かした。ひんがしの国では粘土や小麦粉を使い、髪の毛を痛ませないように洗うと聞いたのでその知恵を借りている。事前に使ってみたが、悪くない洗い心地だった。本人は何をどうしようが嫌がるだろうが。
 ククルバターは毛穴や毛根近くに溜まりやすい汚れを浮かせるためのもので、予洗いに使う。それなりの頻度で洗髪と入浴をしていれば不要なのだが、まあ、仕方がない。何せ彼はほとんどの時間を野外で過ごしているのだから。 

 さて、これだけのものが用意できたら、対象のミコッテを捕まえます。手段についてはあえて言及しませんが、汚れている上それを積極的に解消しないがために洗うことになっているはずなので、少々荒っぽい方法を執ってもよいかもしれません(例:スタンさせる、眠らせるなど)。とにかく、洗わなければならないのでしょうからね。手段は選んでいられません。

「なんでこんなひどいことするの……
「アッシュが洗髪をまともにやらないからだろう」
 FCハウスに入るなりホルムギャングで捕まえられたミコッテは、じたばたするのをようやく諦め、しょんぼりと肩を落とした。定期的にやっているというのに、まるで全く非のない人間が虐められているような振る舞いだ。
「洗ってるよ!ちゃんと、綺麗な川の水で!」
「見た目が綺麗でも川の水は何が入っているのか分からないと何度も言ってる。それに、髪の毛をきちんと解いて洗ってるとは思えないな」
「洗ったよぉ……二か月前に……
「それは、俺が、洗ったんだ」
 肩に小柄なムーンキーパーを担いでハウスの階段を上がる。近場にあった縄で縛られた彼は芋虫のようにもがいたが、捕まえる時のドタバタでかなり消耗したらしい。お互い戦闘服で技を出し合ったのだから当然かもしれないが。
 風呂場のドアを蹴り開け、シャワーの下に設置した大きなたらいの中にアッシュを下ろし、間髪入れず湯を出した。どうせ服は一緒に洗うので、脱がさない。それに、濡れてしまった方がおとなしくなるのだ、このミコッテは。
「う、う、う……
 大きめの瞳を潤ませ、なんて冷酷なとでも言いたげな顔で見上げられるが、アランは綺麗に無視した。これが初めてというわけでもないし、何なら数か月に一度はやっている。
 すっかり大人しくなったアッシュの縄を解き、服を脱がせ髪を縛る紐を外した。おそらく大抵の時間着っぱなし付けっぱなしだろうそれらは、もうひとつのたらいに入れて髪用の石鹸を少しかけ、湯を張っておく。付け置きしておいたそれらは、後で同じFCに所属するイサキが丁寧に洗ってくれるだろう。

 首尾よくミコッテを捕まえたら、まず予洗いです。ククルバターを髪の毛や体の汚れやすい場所へ擦り込みましょう。特に髪の毛の根元にはしっかり塗ってください。また、尻尾の付け根も汚れが溜まりやすい場所ですから、同じようにバターを塗りこみます。バターはかなりの量お湯に溶けてしまいますが、心配いりません。むしろバターの溶け出したお湯を体中に掛けてあげましょう。皮膚の保護にも役立ちますし、溜まった皮脂汚れを捕らえて浮かせてくれます。
 しばらくすると浮いた汚れがお湯に浮き出し、徐々に水が黒くなっていくのが分かるはずです。そうしたら塗りこんだバターが残らないよう、良く洗い流しましょう。ククルバターは舐めても体に害のない安全な油脂ですが、皮膚の上に残ると、時にかゆみなどを引き起こします。指で体毛を掻き分けるようにして丁寧に落としましょう。

 瓶からククルバターを掬い取り、長い髪の毛をほぐしながら塗りこむ。たっぷりとした白銀の髪は一見綺麗に見えるが、根元には皮脂やら砂埃やらが混じったものが付着していることを、アランは知っている。しかもそれらが接着剤の代わりになっているので、とにかく髪型が崩れず固い。
 何度も湯をかけ焦らず塗りこむ。アッシュは顔を覆ってさめざめと泣いていたが、その手が邪魔なのでどかした。
 頭皮のほとんどに塗りこめたら、今度は尻尾だ。バターの溶けだした湯に漬かったそこは髪よりかなり楽だ。バターを手に塗り広げ、毛の流れとは逆に扱くようにして塗布していく。指が行き来するたびにミコッテの尾はぴんとし、上ではひいひいと喘ぐような吐息が響くが、気にしていたら作業が進まないので気にしない。
 だいたい塗り広げたら、かなりぬるくなってきた湯を掬い頭や尾に掛ける。お湯を掛けるたびに皮脂がバターの脂に溶けだして、徐々に湯が黒ずんでいく。やはりというべきか、かなりの汚れが堆積していたらしい。
 ある程度続けたら、シャワーのコックをひねり、新しい湯を容赦なくじゃばじゃばと掛ける。ぴぃと鳴くような悲鳴が聞こえるが無視。頭部や尾に直接湯が当たるようにし、塗りこめたバターを洗い流していく。
 もうすでに大仕事だったが、本番はここからである。

 予洗いが終わったら、いよいよ本洗いです。石鹸を使って汚れを取りましょう。ただの石鹸でも洗うことはできますが、可能であれば石鹸を粉状にしたものを用意しましょう。
 また、いきなり髪に石鹸を擦りつけたり掛けてはいけません。一度湯に溶かし、泡立てたものを掛けていきます。バターである程度脂を浮かせたとはいえ、長く洗っていない体毛では、石鹸はそうそう泡立たないからです。
 泡を作った湯を少しずつ掛け、まず頭皮を指の腹で擦るようにして洗っていきます。頭皮の洗浄がある程度終わったら、髪全体を擦り合わせたりして汚れを落としましょう。終わったら湯をかけて石鹸を落とします。汚れがひどい場合はこれを何度か繰り返し、綺麗になるまで洗ってください。ただし、あまり何度も洗うと髪の毛がきしみます。三回程度に留めておきましょう。
 体と尻尾を洗うのも忘れずに! 体は石鹸で、尻尾は髪の毛と同じように粉状石鹸を使うと良いでしょう。

 アッシュを桶から半分ほど湯を張った湯舟に移し、手作りの髪洗い石鹸を手洗い桶に張った湯に溶かす。スペアミントのさわやかな香りが立ち上り、風呂場に充満した。
 湯を手で掬ったり沈めたりを繰り返して混ぜ、泡立たせたものを少しずつアッシュの頭部に掛けていく。小さなたらいから湯舟に移動したにもかかわらず、予洗いですでに疲れ切っているミコッテは「もうどうにでもしてくれ」とばかりに肩を落として小さくなっている。アランにとっては好都合だ。もっと早くこうなってくれればよいのだが、毎度毎度最初は攻防になる。
 ある程度湯を掛けたら、長い髪の中に手を差し込み、指の腹で擦るようにして頭皮を洗っていく。粒子の荒い粘土と石鹸が混じった洗髪用のそれは、バターで浮かせた汚れを巻き取って落としてくれる力が強いのか、前回単に石鹸を使っただけの時よりも湯が汚れるのが早い。ひんがしの国で聞いてすぐ作ってよかったとしみじみと思いながら手を動かす。
 湯が濁ったら、頭を湯舟の縁に載せ、綺麗な湯で一度よく洗い流す。風呂の湯も落としてもう一度張る。半身浴で血行を良くして汚れを落としやすくするためだ。
 予洗いでは解しきれていなかった髪の毛が、今は水に抵抗もせず床に向かって揺れている。が、まだ触るとベタベタする。予想済みなので問題はない。アッシュを再び起こして手に石鹸を取り、泡立てる。髪の毛に絡ませた泡がようやくもこもこと泡立った。
 終わったのかと期待しかけたのか、ミコッテの尻尾がゆるりと動く。
「アランくん、もう終わった?」
「まだ汚れが残ってる。もう一度洗うよ」
 立ちかけた尻尾がしょげ、とまた湯の中に落ちた。髪の毛が終わったら尻尾と体も同じように洗うのだが、それは今言わないでおこうとアランは思った。

 本洗い、お疲れさまでした。ここまで来ればあとはアフターケアのみです。タオルで髪や体毛の水分を取ったら、ヘアオイルを手に広げてから塗りましょう。毛先から髪の真ん中まできちんと行き渡るようにしっかりオイルを揉みこみます。手櫛でオイルを広げるのもよいでしょう。その後は、目の粗いブラシを使って髪の毛全体を梳き、髪全体にオイルを馴染ませます。
 オイルを塗布し終わったら、体にもローションを塗っていきます。手足など乾燥しやすい場所を中心に広げます。傷がある場所に触れると痛みを生じるので、その場所は避けましょう。
 髪、体毛、体いずれもの保湿が終わったら、ウインドクリスタルとファイアクリスタルを使って乾かしていきます。温度の調整には要注意! 熱すぎるとやけどの危険があります。適温を保って手早く水分を飛ばしましょう。
 
 ヘアオイルを塗りこんだ髪の毛はつやつやと美しく、白金のような輝きをもって垂れ下がる。長いそれらをかき上げながらアランは温風をアッシュの髪の毛に当てていた。片手でまとめてウィンドクリスタルとファイアクリスタルを掴み、掌に伝わる温度と風の強さを計るのが上手く乾かすコツだ。以前は他の人にも手伝ってもらっていたが、それだとどうにも息が合わず、熱すぎたり風が強すぎたりしていた。そうして結局、一人の人間が調整する形に落ち着いている。
 自分が冒険者で体力が売るほどあってよかった、と青年は思う。そして比較的体格の良い種族でよかった。そうでなければ元気印のミコッテを捕まえて丸洗いすることなどできなかっただろう。何せどうにかなっている今でさえクタクタなのだ。
 アッシュはびしょびしょ濡れミコッテの状態を脱しつつあり「もういい? もういい?」と言いたげな顔をアランに向けてくる。そのたびに「まだだ」と睨みつけてはいるが、もう彼の尻尾はたしたしとソファのひじ掛けを叩いていて、どこまで抑えきれるやらという具合だ。その尻尾もまだ半乾きだというのに、いつも自然乾燥のアッシュはとにかくじっとしていられないらしい。
 それに体に塗りこんだローションの匂いも気に入らないようで、鼻をひくひくと動かしては絶妙に苦いものを舐めてしまった時のような顔をしている。あのローションにおける精油の割合は低く、外に出れば鼻の良い人は気付くかもしれない、という程度のものだが、常に野生動物を相手取っている猟師からすれば致命傷なのだろう。まあ、それを分かっていて使っている。匂いが消えないうちは多少野外での活動を自重してくれるかと思ってのことだ。当然、毎回その思いは裏切られるのだが。

 とはいえ、アランは「冒険者たるもの常に身なりに気を配り、清潔であるべき」「野外生活などもってのほか」などと思っているわけではない。冒険者は泥臭い仕事だ、使い走りもあれば野良仕事もあれば傭兵じみた仕事もある。そんな中でいつでも風呂に入り石鹸で体を洗えるわけもない(当然、身綺麗な方が信用されやすいことはさておき)。
 だが一方で、不潔が病の元となることは嫌というほど知っている。地下生活で聴覚の一部を喪失したこともそうだし、癒し手としての経験もそうだ。
 世界には人の手の及ばない病気や症状がそれこそ山のようにある。ごく身近な土地でも、怪我をした手を泥の中に突っ込めば、数日後には皮袋でも嵌めたように腫れるだろう。棲む魚が浮いて見えるように透き通った川の水でも、生き物の排せつ物が一切入っていない水はまずないから、沸かさず飲めば腹を下す。
 そんな中で野外生活を続けるということは当然リスキーなことであるし、可能な限り清潔にした方がよいというのがアランの主張である。街に定住しろなどと言うつもりも、外で活動するなと命令するつもりもない。ただなるべく気を付けて、そして街に下りる、数週間に一度くらいは身綺麗にしてほしい、と思っている。
 が、アッシュはそんな言葉は右から左、ドマ風に言えば牛に対して琴を弾く。何を言おうが全く聞き入れようとしない。それどころか、数か月風呂に入っていない体でFCハウスに来るのだ。正直、ちょっと、まあ、洗いたくなるわけだ(ここで断っておくが、フェスカ冒険者キャンプなどに滞在している冒険者見習いよりはずっとマシではある)。
 そんなこんなで、アッシュがFCハウスに顔を出すたびにひっ捕らえてお風呂に突っ込んでいる。

 乾かし終わった髪の毛をブラシで梳きながら、複雑な編み込みを再現していく。洗ったばかりのそれはさらさらとした手触りで、ふんわりとラベンダーオイルが香る。アッシュはこくりこくりと船を漕ぎ、その横を抜き足差し足しながらイサキが通っていく。手に持つ盥にはきっと洗濯物が入っているのだろう。後で礼をしなければならないなと思いながら、アランは少し遅めのおやつの算段をつけていく。
 きっと起きたらアッシュはへそを曲げているから、お土産も含めていくつか焼き菓子を渡そう。こまごまと手伝ってくれたイサキには、お疲れ様ということで酒が強めのチョコテリーヌはどうだろうか。
 と、ミコッテの眠気が移ったのか、ふわと欠伸が出た。おやつが終わったら、FCハウスの自室でゆっくり眠ろう。そう決意しながら、アランは丁寧にブラシを動かした。