shirajira
2024-06-08 19:15:18
4409文字
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眼鏡が狂って何が悪い

2024.6.8ビマヨダワンドロにて(お題「眼鏡」)。恋人のヨダナから眼鏡をもらうビマの話。

「どうだ!」
 部屋に入ってくるなりそう言い放ったドゥリーヨダナの顔を見て、ビーマは「どうしたんだ、それ」と尋ねた。
「買ったのだ。知的なわし様に、よく似合うであろう?」
 黒いスクエア型の眼鏡フレームをトントンと指で叩きながら、ドゥリーヨダナがにやりと笑う。悪徳弁護士って感じだなと思ったが、ビーマは口にはしなかった。
 最近カルデアでは、眼鏡が流行っている。本来は視力の悪い者の補助器具であるそれは、お洒落としても使われるらしい。
 それでいいのかと思わないでもないが、元々眼鏡をかけている者たちは、概ね流行りを歓迎しているようだった。アルジュナオルタが「郷に入れば郷に従えという言葉もありますからね」と言いながら、いそいそと眼鏡をかけていた姿が記憶に新しい。
 飽き性で新しいもの好きの男は、早速流行りに乗っかったらしい。フレームの色で迷ったから両方買った、と言いながら、かけていた眼鏡を外し、同じ形で赤いものにかけ直した。
 黒と赤。どちらも似合っていると言えば似合っていたし、胡散臭そうと言えば胡散臭そうだった。
 正直、邪魔じゃねえのかなというのがビーマの感想である。いらないだろ、お前、目が悪いわけでもないし。
 思っていると、ドゥリーヨダナがわざとらしく、はたと手を打った。
「ああそうだ。わし様、優しいからな。お前の分も買ってきたぞ」
「あ? 俺の分?」
 いそいそとドゥリーヨダナが懐を探る。白い合成革の眼鏡ケースが出てきた。取り出した紺のオーパル型の眼鏡を取り出したドゥリーヨダナが、「わし様がかけてやろう」と眼鏡のつるをつまんで近づいてくる。
「お前の馬鹿力だと、フレームを壊すかもしれんからな?」
「いつの話をしてんだお前。今の俺は、力の調整ができるんだよ」
 言いながらも、あまり頑丈な作りをしていなそうなそれに、指先を伸ばす気にはならなかった。
「ほれ」
「ん…………
 両耳と鼻に違和感。何度か瞬きをする。視界に映るフレームが邪魔だと思う。
 けれどもすぐに外す気にはならなかったのは、ドゥリーヨダナがうっとりした目でこちらを見ていたからだ。
 付き合い始めて――そこにたどり着くまで紆余曲折ありすぎて、未だに夢のようだと思う――知ったことだが、ドゥリーヨダナはビーマの顔が好きらしい。
 弟に絶世の美男子、妻に絶世の美女がいたビーマからすれば、自分の顔のどこがいいのだと思うが、ドゥリーヨダナはまた違った感想を持っているらしかった。時たまビーマの顔をただ見つめ、今みたいにうっとりした顔をする。
 その顔を見る度に、ビーマはドゥリーヨダナと恋仲であるのは夢ではないのだなと思うと同時に、面映ゆくなる。自分では優れているとは思っていない部分に眩しい目を向けられるのは、どこか気恥ずかしい。
……もう外してもいいか」
 尋ねると、ドゥリーヨダナははっとした顔をして、「わし様ほどではないが、お前も中々似合っているではないか」と頬を赤くしながら言った。
「ま、この超センスの塊で審美眼に優れたわし様が選んだのだからぁ? 当然のことではあるわけだが」
「はいはい。外すぞ」
 ビーマが外した眼鏡を渡すと、ドゥリーヨダナは慎重な手付きでつるを折り、ケースに眼鏡をしまった。そのままケースをビーマの懐に押し込んでくる。
「おい」
「お前にやったのだから、お前がちゃんと自分で持て。たまにはかけろよ? そのためにくれてやったのだからな」
 だいたい、お前は装飾品を持ってなさすぎる。説教のような口調で言うドゥリーヨダナに、ビーマは言い返す。
「別に、いらねえだろ。伊達眼鏡なんざ」
「かーっ、これだから森育ちは。わし様は楽しむことをしろと、そう言っておるのだ」
 そう言われても、着飾ることの何が楽しいのか、ビーマにはさっぱりわからなかった。邪魔だな、としか思わない。ビーマの顔を見たドゥリーヨダナが、呆れたように息を吐いた。
「身に付ける物一つで、いつもとちょーっと違う自分になれたような気がしたりするもんなのだ。食い物にしか興味のない暴食ゴリラにはわからんかもしれんがな。あとはまあ、贈る楽しみもある」
 ちなみにこれはカルナからもらったのだ。言いながら、ドゥリーヨダナが懐から取り出したスポーツサングラスをかけた。オーロラ色の派手なレンズに遮られて、ドゥリーヨダナの瞳が見えなくなる。
「これはなあ、カルナとお揃いなのだ。羨ましかろう?」
「外せ」
「あん?」
「外せ」
「なんだ? まさか嫉妬か!? ようやくお前にもまともな情緒というものが」
「は・ず・せ」
 別にカルナとお揃いでも何でも好きにすればいいと思うが、あの瞳が見えなくなるのは嫌だ。
 ビーマはドゥリーヨダナの顔の良し悪しなんてわからないし、興味もないが。くるくると変わる表情や、欲に合わせて輝きを増すような瞳のことは、好ましく思っている。
 だからそれを隠すようなことは、してほしくなかった。
 やっぱりいらねえし邪魔だろ、伊達眼鏡。
 思いながらビーマがもう一度「外せ」と言うと、ドゥリーヨダナが「ううむ」と腕を組んだ。
「最高の恋人としては、例え相手がお前であっても恋人の願いは聞き入れたいもの……でもやっぱ無理ー! お前の言うことなんて誰が聞くか! せいぜいわし様とカルナの仲に嫉妬して悶々と枕を濡らすがよいわ!」
 ワハハ! とドゥリーヨダナがサングラスのレンズを鬱陶しいくらいにギラギラさせながらうるさく笑うので、ビーマはドゥリーヨダナの頭に拳骨を落としながら、やっぱりこいつと付き合っているのは夢ではないのか? と己の認識を疑った。


………………
「あー……ビーマよ」
 珍しく、本当に本当に珍しく、ドゥリーヨダナが気遣わしげに声をかけてきたが、ビーマは返事をしなかった。ただ、目の前にある、壊れた眼鏡を見つめる。フレームは真ん中で折れ、度の入っていないレンズは粉々に砕けてしまっている。
 ドゥリーヨダナによって懐に突っ込まれた眼鏡を、ビーマはそのまま持ち歩いていた。気が向けばかけてやってもいいと思っていたからだが、結局気が向くより先に、眼鏡は壊れてしまった。
 レイシフト先で、不覚を取った。味方への攻撃を代わりに引き受けたことを、ビーマは後悔していない。後悔しているとしたら、それはドゥリーヨダナからもらった眼鏡を、そのまま持ち歩いていたことだ。
 どうせかけないのだから、部屋に置いておけばよかったのだ。なのに持ち歩いていたのは、時たまケースから出したそれを、じっと眺めていたからだった。
 ドゥリーヨダナがビーマのために選んだ眼鏡。自分に似合っているのかどうかは、鏡を見てもよくわからなかったし、やっぱり邪魔だなという気持ちの方が強かった。ビーマにとっては、眼鏡は不必要なものだった。
 でも。
「その、何だ、お前はあまり眼鏡を気に入らんのかと思っていたが……。そんなに気に入ってたなら、新しいのを買ってやる! 一個でも百個でも構わんぞ。わし様は最高の恋人だからな、恋人の欲しいものは何でも買ってやるわい!」
……いらねえ。眼鏡が気に入ってたわけじゃねえ」
 ビーマが首を横に振ると、ドゥリーヨダナは眉を八の字にし、かと思えばすぐにむっと唇を尖らせた。
「なーんなのだお前は! 眼鏡が気に入ってなかったのなら、何をそんなにめしょめしょしとるのだ! 鬱陶しいぞ!」
「眼鏡は、気に入ってねえ。俺には不要だし、お前にだって不要だと思う。でも」
 折れてしまったフレームをなぞる。もう既に壊れてしまっているものに、そっと触れる。
「お前が、俺に初めてくれたものだったのに」
 ビーマが望んだわけじゃない。ドゥリーヨダナはすぐに、ビーマに何が欲しい、と言う。金ならあるぞと、そう嘯く。そんなドゥリーヨダナが、ビーマに何か尋ねたりせずに、自分で選んできた贈り物。
 あくまでドゥリーヨダナが、ビーマが眼鏡をかけているところが見たかっただけ、なのだろう。それでもビーマは、嬉しかった。
 ドゥリーヨダナがビーマのために、ビーマに一番似合うものをと、選んでくれた贈り物。
 それを見ていると、確かに少しばかり、いつもと――本来そうあれかしと定められた、英霊である自分と違うものになれた気がした。今ここにしかいない、ドゥリーヨダナと恋仲になった特別な自分を、認識できる気がした。
「大事に、したかったんだよ」
 呟いてすぐに、何の説得力もないなと思う。大事にしたければ、部屋に置いて、持ち歩くことも触れることもせずにいるべきだった。
 仮に同じものを買ってもらっても、それは決して同じものではないのだ。これでなければ、意味がない。
「おい」
 うなだれていたら、横柄な声をかけられた。のろのろと顔を上げる。
「動くなよ」
 何を、と言うより先に、耳と鼻に違和感。ぱちぱちと瞬きをしていると、ドゥリーヨダナが赤いフレームの眼鏡をかけて、にやりと口角を上げた。
「ふん、わし様ほどではないが、中々似合っているではないか」
……おい、これ」
 恐る恐る手を伸ばし、目元に触れる。視界にうっすら入る黒いフレーム。ドゥリーヨダナがうむと頷く。
「わし様の眼鏡だ。片方貸してやる。色違いで、初おそろというやつだな」
……は?」
 ドゥリーヨダナの言動の意味が全くわからない。ビーマが困惑していると、ドゥリーヨダナが「ぶっちゃけ、お前が何をめしょめしょしとるのか、わし様にはよくわからん」とけろりとした顔で言った。
「眼鏡は気に入ってない。新しいものは欲しくない。なのに何をそんなに悲しむ。別に贈り物なんて、これからいくらでもしてやる。初めてが欲しいのなら、ほれ、これで初おそろだ」
 な、と自分の顔とビーマの顔を交互に指差し、ドゥリーヨダナが笑った。得意気な顔。これが正解間違いなしと、そう思い込んでいる顔。
 とんちんかんな言動は、ドゥリーヨダナなりにビーマのことを考えてくれたものなのだ。贈り物の眼鏡と同じで。
 それはやっぱり、ビーマの望んだものではないのだけど。嬉しいことに代わりはない。今ここにいる自分だけが、享受できるものであることも。
 昔なら呆れるだけだったであろうドゥリーヨダナの言動をこんなに愛しく思うのは、ここにいるビーマだけだ。
……おい、眼鏡外せ」
「はあ? あっこら、せっかくわし様が貸してやったのに勝手に外すな! マジで何なのお前? わし様の気遣いを何だと思って」
「いいから早く外せ。……キスしてえんだよ」
 ドゥリーヨダナが一瞬真顔になった。かと思えば、そそくさと眼鏡を外す。
 頬を赤くしたドゥリーヨダナが眼鏡をケースにしまうのを待たず、ビーマはその唇に吸いついた。