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torino_y
2020-03-11 18:51:45
3199文字
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『九宝のせかい』小編2
ウィリアムがクライドに傷薬を作ってもらいながら、人ならざる彼らの心について考える短いお話。
時間軸は謎です。
「なあ、〝お前たち〟が人じゃないのは知ってるけど、心がないっていうのは本当なのか」
「
……
はあ?」
ウィリアムがそう聞くと、回復魔法を扱えない彼のために傷薬を調合してくれていたクライドは怪訝そうに眉を寄せた。
本来、魔法を扱う者にとって回復魔法というのは初歩の初歩だ。回復魔法を含む無属性の魔法は、全部で九つある属性魔法のなかで唯一、属性因子を必要としない魔法である。属性因子は各人が生み出す合成魔力に最大で三属性まで含まれ、その人の属性魔法の適性を決定づける。自分の属性は成長とともに何かのきっかけで発覚するが、その時期にはかなり個人差がある。そのため、魔力のある子どもが自分の属性を知る前にまず初めに練習する魔法が、属性因子を必要としない無属性の魔法なのである。
ちなみにこれは余談だが、魔法は無属性に始まり無属性に終わる、なんて言われることがある。より高度な無属性魔法を習得しようとすると、火や氷といった他の属性の高等魔法よりも格段に難しいことから、そんな風に言われている。
さて、ウィリアムは回復魔法を扱えないが、決して魔力がないわけではない。その証拠に、回復魔法と同じ無属性に含まれる補助魔法は問題なく扱えるし、雷魔法については世界中の魔法使いを集めても彼より上手に扱えるものはいないかもしれないほどの実力者だ。なぜ回復魔法だけが使えないかというと、ウィリアムの中に混じる竜(ドラゴン)の魔力が原因である。数年前に竜の血を飲んだウィリアムはそれ以来、その身に竜の呪いを宿している。その呪いが、ウィリアムが癒しの魔法を使うのを阻害している。
回復魔法を扱えない旅人は、怪我に備えて傷薬を必ず持ち歩く。ウィリアムの連れであるエドワードが回復魔法を扱えればいいのだが、残念ながら彼は破壊の魔法しか使えない。ただ、エドワードには魔法も傷薬も必要ないほど強力な自己修復能力があるので、今クライドに作ってもらっている傷薬はウィリアム一人の分だけである。
「なんだそりゃ」
「いや、だって真白がよくそう言うから気になってさ」
「あー、確かに。俺も真白がそんなようなこと言ってんの聞いたことあるな」
クライドは苦笑いしつつも調薬の手を止めない。
今までに真白と会話したときの内容を思い出していたのだろう。呆れたような口ぶりだが、その声音には優しさが滲んでいて柔らかい。まるで悩み奔走する弟をひそかに見守る年の離れた兄のようだ。はて、しかし実際に弟なのはクライドのほうだったはずだ。これではどちらが兄だか分からない。そもそも生き物ですらない〝彼ら〟の兄弟観が、人間であるウィリアムの思い描くソレと一致しないのは、当然といえば当然なのかもしれないが。
「それでクライド、実際のところどうなんだ」
「人間のあんたに〝俺たち〟はどう見える。心がないように見えるか」
「ええ? 感情がないっていうローランドはともかく、お前も真白もほかの二人も、心がないようには見えないんだけどさ」
「ふーん?」
ウィリアムの返答に対し、クライドは何かを考えるように一度手を止めた。
なんとはなしにクライドの手元を覗くと、ウィリアムもよく知る薬草の煮汁と、まったく見たことのない巨大な虫の足のようなものをすり潰して混ぜているところだったようだ。中途半端な進度で手を止めたようで、緑色のどろどろした液体から天へ向けて虫の足が何本も飛び出している光景はかなりグロテスクだ。クライドの薬がよく効くのは身をもって知っているが、あの虫の足の何がどうやって自分の傷を治すことに繋がるのか、ウィリアムにはどうしても想像できなかった。
ウィリアムが虫の足から目を逸らしたのと同じタイミングで、クライドは再び口を開いた。
「なあウィル。心を持つモノと持たないモノの違いってなんだと思う。あんたは〝俺たち〟のどういうところに心の存在を感じたんだ」
「
……
最初に質問したのは俺なのに、さっきから俺の方が答えさせられてばっかりなんだけど」
「そうだったか?」
「そうだよ。ま、いいけどさ」
今度はウィリアムが記憶を探るように目を伏せる。〝彼ら〟の中で一番よく知っている相手という意味で、共に旅をしているエドワードを基準に考えてみる。ある町で迷子になった女の子の母親探しをしたとき、二人からたくさん感謝の言葉をもらったエドワードはとても嬉しそうに笑って、そのあと町の広場で聞こえた楽器の演奏に合わせてクルクル踊りだすほどに浮かれていた。あれで実は心がないなんて言われても、にわかには信じがたいというものだ。
「
……
俺もちゃんとしたことは言えないけど。〝お前たち〟だって俺たちと同じように、良いことがあったら嬉しいし、嫌なことがあったら怒ったり悲しんだりするだろ? やりたいと思うことがあるし、やりたくないことだってある。そうやって何かを感じたり望んだりできるのは、やっぱり自分だけの心があるからじゃないのか」
「
……
おお」
「
……
なんだよその反応。人が真面目に答えてるのに」
「悪い悪い。そんなに真剣に考えてくれると思わなくてな」
そう言って笑ったクライドから、ウィリアムは気恥ずかしそうに顔を逸らした。
ウィリアムの根はどう見てもお人好しで、自然と相手のことを慮ることができる善の気質の持ち主なのだが、本人はどうも自身のそんな気質を疎んでいるらしい。意識的に他人と距離を取りたがり、深い関わりを避けようとしているようにも見えるが、クライドからすればそんな努力はとっとと止めてしまったほうが身のためだ。生まれ持った気質はそうそう変えられるものではないし、無理に変えようとすると大抵は妙な方向に捻くれてしまってろくなことにならない。だからウィリアムには早いところ諦めて自らの気質を受け入れてほしいと望んでいるが、こうして素直に認められずにいる様子も見ていて楽しくはある。
しかしそろそろ始めの質問に答えてやったほうがいいだろう。いつの間にか緑色から白色に変わり、虫の足も跡形なく見えなくなった傷薬の仕上げをしながら、クライドは改めて口を開いた。
「実を言うとな、俺にもよく分からねえんだ。自分に心があるのかどうか」
「は、自分のことなのに?」
「あーじゃあ、たとえば。あんたが誰か親しい奴に、実はお前には心がないんだぞって言われたら、どこまで信じる?」
問われたウィリアムは想像してみる。たとえば、幼い頃から付き合いのあるルシウスが真剣な面持ちでそれを告げに来たら。ウィリアムはもちろん自分には心があると思っているが、実際に自分の心を見たことがあるわけではない。心を持っているという確信だけはあるが、その確信には実は何の証拠もないのだ。それと同様に心がないという言葉にも証拠はないが、ルシウスがウィリアムのことを大事に想ってくれていることをウィリアムは知っている。きっと無意味な嘘を吹き込むようなことはしないはずだ。
「
……
やっぱり信じられないけど、なんとなく頭の片隅に残ってモヤモヤしそうだ」
「だろ? 俺もそうだ。〝俺たち〟の中で一番心のことをよく知ってるのは真白だ。なんたってあいつは人の記憶を覗き込んで、心を操る。そうやって常にひとの心と触れ合って生きてる奴が言ったことだからな。正直、あいつが〝俺たち〟には心なんてねえって言うなら、きっと本当にそうなんだろうとしか、俺には言えねえよ」
ほら、出来たぞ。クライドが調合していた傷薬は完成し、数個の透明な瓶に分けて詰められていた。それを受け取りながらかける言葉を探していたウィリアムだが、この場で言うべきことが何なのかなんてウィリアムには分かりやしなかった。
結局口から出たのは、傷薬を作ってもらったことへのお礼の言葉だけだった。
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