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torino_y
2019-12-28 19:19:10
3715文字
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『九宝のせかい』小編1
竜の国で再会したユリウスとウィリアムの一幕。
おそらく本編終了後、つまりウィリアムとエドワードの旅は一区切りついたあとだと思われます。
「あれ、ユリウスさん?」
竜の国の中で最も賑わう街、王都を観光していたユリウスは、背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。
今まで氷雪の国からほとんど出ることなく暮らしてきたユリウスにとって、外国で偶然知り合いと再会する、というのは非常に稀有な出来事だ。自分をユリウスさん、と呼ぶような外国の知り合いは果たしていただろうか。
ユリウスが声の方へ振り返ると、そこにいたのは頭にゴーグルを付け、右手に頑丈そうな革のグローブをはめた、茶色い髪の男だった。
「なんだ、ウィルくんかあ」
「なんだって何だよ」
ウィリアムは肩を竦め、苦笑いを浮かべながらユリウスの左隣に駆け寄った。そのまま二人は並んで歩き出す。ウィリアムは前を、ユリウスは王都の街並みを眺めている。二人がわざわざ目線を合わせることはないが、その歩調は自然と一致している。
竜の国の王都は、他国の大きな都市と比べても特に賑わいがある。住人の数はどの国の王都もさほど変わるものではないが、この国は外国から訪れてくる観光客の数が多い。ユリウスが軽く見渡しただけでも、明らかに他国のものであろう服飾を身に着けた人が半数以上を占めているように思える。そんな人々を歓迎するため、竜の国の王都では観光客向けの出店や企画が毎日のように開かれ、街中の雰囲気を盛り上げているのだ。
「ウィルくんも竜の国には観光で来たのかい?」
「えっ」
「ん? 違うのかい? てっきり僕と同じで、旅の途中で寄ったのかと思ったんだけど」
一瞬だけちらりと向けられた視線と意外な質問に、ウィリアムは思わず端正な横顔を見上げた。しかしすぐに首を正面に戻し、じっとりとした目だけをユリウスのほうへ向ける。
「
……
この国、俺の生まれ故郷なんだよ。知らなかったか?」
ユリウスはきょとんとした顔で隣のウィリアムのほうを見た。ユリウスの足が止まったことで、ウィリアムもその少し先で歩みを止める。二人の間に微妙な距離があいた。
「
……
知らなかった。じゃあウィルくんはこの国に住んでいるのか」
「まあな。そういうユリウスさんは、旅してるのか?」
「そうだよ」
話しながら、二人は歩みを再開した。
ウィリアムは正直に言えば、ユリウスが旅をしていることを意外に思った。エドワードと旅をする中、氷雪の国で初めて出会ったときのユリウスを思い出せば、きっと誰だってそう思うだろう。あのときのユリウスは、停滞を望んでいるように見えた。
氷雪の国は、一年中雪が降る国だ。積もった雪が融けて消えることはなく、いつどこを見ても真っ白な雪原ばかりが広がるような、そういう国だ。寒さが厳しいから普通の人間ではとても暮らせず、その環境のせいで外からの人の出入りもそう多くない。しかしそれゆえ、氷雪の国の人々は何に邪魔されることもなく、質素で堅実な、安定した暮らしを続けられる。
ユリウスが暮らしていたのはそういう国だったから、きっとそういうことなんだと思っていた。もちろんあの国の人がみんな安定を望んでいるとは限らないと分かっているが、少なくともユリウスは自分であの国を選んだ。だからこそウィリアムにとって、ユリウスが氷雪の国での安穏な生活を捨ててまで旅に出たのは不思議だった。
と、ここでウィリアムは一つ思い出した。前に氷雪の国でユリウスと会ったとき、彼の傍に弟子を名乗る少女が一人いた。その子に師匠と呼ばれるたびにユリウスは否定を続けていたが、ついぞ拒絶にまでは至れなかった、狼族だという女の子。表面的には噛み合っていなかったが、ユリウスとあの少女は実のところ良い相性をしているのではないかと感じていた。とはいえ、ウィリアムが彼らと共に過ごした時間などタカが知れているから、あくまで直感だったのだが。
「なあ、あの子は今どうしてるんだ? あの、ユリウスさんの弟子だって言ってた子」
「ああ、エステルなら一緒に旅をしているよ」
「そうなのか? ユリウスさん、あんなに遠ざけたがってたのに」
ウィリアムが心底不思議そうにそう言うと、ユリウスは当時のことを思い出したのか、少し恥ずかしそうにしながら頬をかいた。はにかんで、明後日の方を向いている。
「ええー、まあ、そんなこともあったね」
返答するユリウスに、この話題を嫌がる素振りはない。以前の自分の態度が気恥ずかしいという、それだけなのだろう。であれば、ユリウスはエステルと良い関係を築けているということだ。そしてユリウスはそれを、まんざらでもないと思っている。
それなら、少しくらい茶化してもきっと罰は当たるまい。ウィリアムは片頬に笑みを浮かべて、話の続きを促すように質問を重ねていく。
「それで? 一緒に旅に出るなんて、どういう風の吹き回しなんだ」
「エステルがね、旅に出たいって言ってきたんだ」
「へえ。じゃあユリウスさんは弟子の一人旅が心配で、ついて来ちゃったってわけか。ずいぶん大事に思ってるみたいだな」
「いや、エステルのことは大事に思ってるけど、心配とかそういうわけじゃないんだ」
予想外の返答に、ウィリアムは怪訝な顔をしてしまった。たしかに茶化し目的の言葉だったが、その内容は間違っていないつもりだった。心配でついてきたのならそれは少々過保護というものだが、ユリウスがそれを自覚していてあえて誤魔化したとも思えない。心配からではないとすると、残りの選択肢はそう多くはない。
「
……
じゃあ、エステルちゃんについて来てほしいって頼まれたとか?」
「違うよ。僕がエステルにお願いしたんだ。旅に出るなら僕も連れて行ってほしいって」
ユリウスの顔からはいつの間にか、はにかみが消えていた。相変わらずウィリアムのほうを見ようとはしなかったが、それは今のユリウスがまったく別のどこかを見つめているからだろう。
ユリウスが何を思っているのか、ウィリアムには到底わからない。教えてもらったところで理解できるかどうかもわからない。ユリウスは人のようだが、精神のあり方についてはどうしても幾分か人と異なる部分がある。歩み寄らなければ何も変えられないが、歩み寄ったところで分かり合えないこともあるということを、ウィリアムはエドワードを通してすでに知っている。
これ以上踏み込んでいいものか。ウィリアムのそんな僅かな逡巡を察したユリウスが、おもむろに左手をウィリアムの頭の上に乗せた。そのまま優しい手つきで頭を撫で始める。ちょっとだけゴーグルが邪魔だ。
「え、なに」
「大したことじゃないよ」
「は? なにが」
「僕が、エステルと旅をしてみたいと思った。それだけ」
そう言ってユリウスは柔らかな笑みを浮かべた。頭を撫でながらなのもあり、まるで小さい子供をあやしているかのようだ。笑みを向けられたウィリアムは恥ずかしさで一気に顔に熱が集まってくるのを、文字通り肌で感じ取った。
自身の頭に乗せられた手を払い落すと、ウィリアムは素早くユリウスの隣から後ろへ飛び退いた。警戒心をあらわにするウィリアムに、ユリウスはさらに楽しそうに笑みを深めるばかりだ。
「なんなんだよユリウスさん!」
「いやあ、なんだか君がエステルと重なっちゃってね、つい」
「重なったって。エステルちゃんって、俺と十歳近く離れてる子だろ?」
「十年なんて年の差のうちに入らないよ」
「ユリウスさんからしたらそうだろうけど、俺にとっては大きな違いなんだって! 十代の子どもと同じ扱いはやめてくれ!」
「あはは。ごめんね。先にウィルくんにからかわれたから、そのお返し」
「
……
それは、そうだけど。でも絶対俺の方が受けたダメージが大きい気がする」
そんな掛け合いをしながら、二人は三度並んで王都の喧噪を進んでいく。
人波の先には広場があり、そこでは竜の国の王都名物、ドラゴンの騎乗体験がおこなわれている。二人が歩く場所は広場からはまだ少し離れているが、すでに体験中の観光客と周囲の見物客の楽しそうな声がはっきりと聞き取れる。
ウィリアムとユリウスは、その歓声の中にひどく聞き覚えのある声が混じっていることに気が付いた。なるほど、あちらはあちらで、自分たちと同じように偶然の再会を果たしていたらしい。
エドワードとエステル、それぞれの旅の大切なパートナー。彼らと合流したらきっと騒がしくなるだろう。
でも、その騒がしさは嫌いではない。
目前まで迫っていた広場のほうで、空に向かって炎が吹き上げられるのが見えた。それと同時に人垣から悲鳴が上がる。ああ、あの二人といると騒ぎのほうから勝手に近づいてくるのだ。
隣にいたはずのユリウスはすでに広場に向かって駆け出している。なんだかんだ言ったところで、やっぱりエステルが心配なのは間違いないのだろう。
エドワードは、ウィリアムが心配したところで何の意味もないような常識外れなやつだ。それでも、ユリウスにならって自分も相棒の元に駆けつけて、一緒にトラブルに巻き込まれてやるのも、悪くないかもしれない。
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