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torino_y
2018-09-18 13:00:37
5400文字
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ゆずは家探索者小話1
登場キャラ:竜宮みずち、東あずま、暁月しあん、大神みつき
喫茶店アルセーヌ。
そこはメインストリートから少し外れた路地裏のうちでも特に入り組んだ、まるで本物の迷路のような薄暗い道をどうにか通り抜けた強者だけが辿り着ける、秘密の場所だ。暖かな黄色い木漏れ日が店の外観を彩り、聞こえてくるのは木々がさわさわと風に揺れる音と、小鳥たちの歌うような囀りだけ。
俺がそこを見つけたのは偶然だった。一年ほど前にたまたま火災が起こったのが、この喫茶店がある場所の二本隣の路地にある建物だった。消防士である俺は、最上階に取り残された人を救助するために高く延ばされた梯子を登って、ふと視界の端に、日の光がちょうどスポットライトのようになって照らし出された件の喫茶店の姿を捉えたのだ。
店の扉を開けるとドアベルがチリンと軽やかな音を鳴らし、店主に俺の来店を告げた。カウンター席に座っている本日唯一の客と話していたらしい店主は、俺に気づくと、
「いらっしゃいませ。竜宮(たつみや)さん。今日もイカしたサングラスですね」
と決まり文句を述べて目を細めた。
わざわざ客が来ない立地を選んだ店主が変わり者であることは、もはや言うまでもないと思う。まず真っ先に意識が行くのは彼の真っ白な髪と、男子中学生くらいしかない低身長だ。しかしこれは決して老いによるものではなく、顔立ちはどう見ても二十代そこそこといったところで、ただその歳ですでに自分の店を構えているというのも違和感を覚えさせる、年齢不詳で謎めいた人物なのだ。
そんな店主に一度、「アルセーヌ」という店名の由来を尋ねたことがある。僕、怪盗ルパン三世みたいになりたいんですよね、だからそれを主張しているんです、という答えが返ってきた。俺の想像力不足によりこの話題はそれきりになり、困惑する俺を見て満足そうにほほ笑んだ店主のことはますます理解できなくなった。
変わり者の店主の引力によるのか、アルセーヌに通う常連客もみんなどこか世間からズレている人間ばかりだ。
たとえば今カウンター席でサンドイッチを食べている若い男は、横の空いている席にオオカミの頭を置いている。食事を終えたらすぐにあのオオカミの頭を被って、必要なとき以外は常にオオカミ頭で過ごすのだそうだ。以前、町中で人混みの中からオオカミ頭が飛び出していて、たいへん人目を集めているのを見かけたこともある。
彼以外にも、いつもひよこを連れ歩いている大男や、いつ会っても必ず鞄にフランスパンを三本突き刺している女性なんかもいる。こんな店だから、普段はごく一般的な成人男性たちと肩を並べているはずの俺の方がここではむしろ浮いているのではと、ときどき思う。
俺はオオカミ男の隣に腰掛けた。彼の本名は知らない。恐らくオオカミ男の方も、俺の名前を知らないだろう。ここに来る客たちは例外なく他人にあまり関心がない、ように思える。少なくとも名前という点では間違いなくそうだ。出くわせばそれなりに会話をする程度には親しい間柄だというのに、互いに理解し合うことを諦めているような雰囲気さえ感じる。大袈裟かもしれないが。
隣でサンドイッチの最後の一口を飲み込んだオオカミ男は、俺を目だけで見ながら気のない様子で話しかけてきた。
「たつみやさんっていうんですね。何度かお話ししたことあるのに、知りませんでしたよ。あ、俺の名前わかりますか」
俺は少しばかり視線を泳がせながら、
「オオカミくん」
と答えた。当てずっぽうにしても下手すぎる。しかし俺の適当な答えを聞いたオオカミ男は、首ごとこちらを向いて少し驚いたように大きな目を見開いた。
「覚えていてくれたんですね。ちょっと意外でした」
まあ、そういうことにしておこう。
店主が水をたっぷり注いだグラスを俺の前に差し出してくれた。俺は水に向かって、両手を合わせて目をつむる。頭の中で、水をもたらす八百万の神々に感謝の言葉を述べる。目を開き、忘れずに一礼をし、それからグラスに口を付けた。隣で黙って一連の流れを見守っていたオオカミくんが、頬杖をついてニコニコと微笑みながら、
「やっぱりたつみやさんも、ここの常連客なんですね」
と言った。俺が訝しげな視線を向けても、オオカミくんは嬉しそうに笑みを深めるだけだった。
そろそろ注文をと思ったところで、ドアベルが新たな来客を告げた。こう立て続けに客が入るのは、この店では大変珍しい。
入口に立っていたのは、これまた個性的な男だった。店主が男子中学生なら、その客は成長期がまだの男子高校生といった身長で、童顔も相まってとても成人男性には見えない。しかし一番の特徴は身長でも顔でもなく、彼が身に着けている、まるでかの有名な探偵シャーロックホームズのような帽子とコートだ。いかにも探偵といった姿の彼は俺と目が合った瞬間、元々大きい目を皿のようにして、ビシッと音が聞こえそうなほど力強く俺を指さして叫んだ。
「りゅ、りゅーぐーですか!」
「あー。そうだよ、梓真(あずま)。久しぶりだな」
そういえば梓真は昔から探偵に憧れていて、さまざまな探偵グッズを集めるのが趣味だと言っていたことを、そのとき思い出した。梓真は今、どんな仕事に就いているのだろうか。
梓真は俺とオオカミくんを見比べたあと、俺の隣に座った。現在、カウンター席には梓真、俺、オオカミくん、それとオオカミくんの頭が並んでいる。梓真が席につくのを待って、オオカミくんが俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「たつみやって、竜宮城と同じ漢字を使うんですね」
ああ、と適当な相槌を返せば、オオカミくんはすぐに首を引っ込めた。梓真は店主から受け取った水を一気に半分ほど飲み干し、上機嫌で両足をぷらぷらと揺らしている。俺がオオカミくんの方を向いていなくても、オオカミくんは気にした風でもなく話を続けた。
「そうだ、俺にも竜宮さんのこと、りゅーぐーさんって呼ばせてください」
梓真の眉がピクリと動き、楽しそうだった両足が動きを止めたのが見えた。俺が勢いよくオオカミくんを振り向くと、目と鼻の先にオオカミの着ぐるみの鼻面が迫っていて、驚きのあまり喉から引き攣った声がもれた。すぐに体を引いたら、着ぐるみ越しでこもったオオカミくんの笑い声が聞こえた。
「冗談ですよ。驚かせたみたいで、すいません。だからそんなに嫌そうな顔しないでください、竜宮さん」
そう言われても嫌なものは嫌なのだから仕方ない。
オオカミくんは着ぐるみを被ったまま席を立った。ふと、オオカミくんと次に話しができるのはいつだろうと考えた。アルセーヌは店主の気まぐれで臨時休店することが多いし、俺自身も来店頻度は多くない。俺はとっさにオオカミくんを呼び止めた。
「オオカミくんって、なんでそれ、被ってるの」
オオカミくんは俺を正面に見据えると、こもった声で、
「そんなの、俺が被りたいからに決まってます」
と、それは堂々と言った。オオカミくんは会計を終えると、ドアベルの音と共に外の世界へ出ていった。人間の世界はオオカミのままでは生き辛そうだな、と思ったが、きっと彼はそんなことは気にしていないのだろう。
着ぐるみの下に隠れたオオカミくんの瞳は、果たしてどんな色をしていたのだろう。
レジからカウンターの中へ戻ってきた店主が、俺と梓真の注文を取りに来た。ここは喫茶店と名乗ってこそいるが、貴重な常連客の要望に応えてほとんど何でも提供してくれる。常連客の中には酒豪もいるらしく、カウンター内の棚には酒のボトルがずらりと並べられていて、見た目は喫茶店というよりバーである。店主は喫茶店の体裁を保つことにはあまりこだわっていないらしく、来店するたびに店主自身の手で書き足された新たなメニュー表を手渡されるのが常となっている現状だ。
以前、そのことについて店主に尋ねたことがある。最初は喫茶店じゃなくて、古物商店でも開こうと思っていたんですけど、得体の知れなさが増すからやめろって反対されちゃいました、と言って肩を竦めていた。ああ確かにと納得して話は終わったが、問いへの答えになっていないことに俺が気づいたのは、翌日の朝になってからだった。
俺は新作のデミグラスソースのハンバーグとアイスコーヒーを、梓真はたらこスパゲッティとオレンジジュースを注文し、店主は奥の厨房へと姿を消した。
梓真とは高校が同じだった。初めて話をしたのは高校生活最後の年だ。とはいえ、梓真は同学年の中でもとりわけ目立つ生徒だったから、俺の方はもっと前から彼を認識していた。梓真は高校一年生のときからすでに、学校内でシャーロックホームズのようなあの帽子を被って生活していた。そして困っている人を見つけては、この名探偵に任せてください、などと言って人助けをして回っていた。学校という箱庭において彼の存在は異質で、率直に言って浮いていた。大半の生徒が彼のことを、本人に気づかれないところで変わり者と噂したし、その中には彼に助けてもらった生徒も何人か混じっているようだった。
そんな梓真のことを、しかし俺は密かに羨ましいと思っていた。彼のようになりたいとすら思った。彼は自分が陰で何と言われているかなんて、一切知らない。何にも惑わされず、自分のやりたいことだけを一心に追い求めていられる環境は、俺には望んでも手に入らないものだ。まるで世間知らずの幼い子どものような梓真の姿が、俺にはひどくまぶしく映っていた。
だから高校最後の年に梓真と同じクラスになり、俺はうっかり口を滑らせた。
「お前、それ、恥ずかしくないの」
なぜよりにもよって、口をついて出たのがこの言葉だったのか。放課後の教室を照らす夕日があまりにまぶしく、瞼の裏側に鬱陶しく焼き付いて離れなかったから、だと思う。
でも、あのとき梓真にこの言葉をぶつけなかったら、今の俺はいなかったと、それだけは断言できる。
あのときの俺は、進路のことで悩みを抱えていた。両親から直接何かを言われたわけではない。だが、俺が進みたい道と両親の希望が異なっていることには薄々気づいていた。俺は自分のやりたいことを誰にも告げられずにいた。俺の本当の気持ちを知った両親や他の誰かに、少しでも否定的な態度をとられるかもしれないと思うと、とてもじゃないが言い出せなかった。
明らかに棘を含んでしまった俺の問いかけに、梓真は困ったように笑って、
「竜宮くんも、これが恥ずかしいことだと思いますか」
と言った。俺はすぐに謝ろうとしたが、それより先に梓真が再び口を開いた。
「僕、みんなが隠れていろいろ噂していること、ちゃんと気づいているんですよ」
その言葉は俺に、頭を真正面から殴りつけられたような衝撃を与えた。言わずもがな、殴ってきたのは目の前の子どものような男だ。彼は周りの人間の視線の意味をすべてわかった上でなお、自分の意志を曲げることなく貫き通し続けているというのか。
「周りの評価に流されて本当にやりたいこともできないなんて、そっちの方がよっぽど恥ずかしいことじゃないですか」
そう言い放った梓真の瞳は、赤い夕日を浴びて燃えるように強い輝きを放っていた。俺の心臓はそのとき、その輝きによって焼かれてしまった。
俺は両親に自分の気持ちをすべて話した。俺の意志が固いと悟った両親は、俺の予想に反してあっさりそれを受け入れてくれた。そして俺は消防士になった。今の俺はあのときの梓真と同じように、助けを必要とする人間に直接手を差し伸べることができる仕事をしている。
数年ぶりに再会した梓真は、高校生のころとあまり変わっていないように見えた。たらこスパゲッティを頬張る彼の口周りにはたらこソースがくっ付いていて、まるで小学生の子どものような食べ方だ。
俺の呆れた視線に気づいた梓真が、
「りゅーぐーと初めてお喋りしたときのことを、思い出していました」
と切り出してきて、俺はハンバーグの欠片を喉に詰まらせそうになって慌てて水を煽った。梓真はくすくすと愉快そうに笑いながら、
「面と向かって言ってきた人は、りゅーぐーが初めてでしたよ」
と言った。梓真は笑っているが、俺は居たたまれない。
「本当に悪かったと思ってるよ。傷ついただろ」
俺がそう言うと、梓真はぶんぶんと首を左右に振った。
「ちゃんと消防士になれたりゅーぐーを見られたので、あのとき犯した罪は帳消しにしてあげます」
「それは、ありがたいです」
店主が妙な気を回して、最近メニューに加わったというトロピカルジュースのグラスを一つ、俺と梓真のちょうど真ん中あたりに差し出した。ご丁寧にストローが二本刺さっている。サービスです、とのたまってウインクを飛ばしてきたが、俺がグラスをそっと梓真の方へ押しやると、梓真は喜んでそれを一人で飲み干した。
互いに会計を済ませた別れ際、梓真に呼び止められた。手、出してください、と言われて大人しく右手を差し出すと、小さい紙を握らされた。
「僕の名刺です。大切にしてください」
名刺に目を通した俺がハッとして顔を上げると、あの日と同じ、力強い輝きを纏った両の瞳とかち合った。
名刺には「南探偵事務所所員 東梓真」と記されていた。
おしまい
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