草枕
2019-06-10 02:15:23
3867文字
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2019.6.10

終生さんの誕生日を祝う環くんと辿の話

「やっぱり小麦粉がいいと思う」

環くんとオレの部屋は、基本的に消灯時間に忠実だ。たまにオレはこっそり卓上の豆電球を点けて、情報整理をすることはあるけど、今日は布団に潜っている。
環くんは、布団に入ると大抵五分もせずに寝息を立て始める。でも二人でお喋りをする時はちゃんと起きてくれるのが常で、今だって声は眠たげだけど、はっきりとした口調で、

「うん……うん?」
「逆に聞くけど辿くん、終生くんが喜ぶものって小麦粉以外にあると思う? 美脚モノのビデオ?」
「環くん眠いでしょ」
「もう食べれないよ〜」
「寝言?!」

そんな訳で、『第一回終生くんへの誕生日プレゼント何にしよう会議』は早々に幕を閉じた。



今日も町を歩く。オレの趣味みたいなものだ。人々の雑踏の中から聞こえるうわさ話に耳を澄ませたり、単に路地裏の猫を愛でたり、お店の前を毎日通るだけで警戒を解いてくれるおばさんに『ここだけの話』を聞いたりする。
そんな帰り道、ふとすれ違った手を繋ぐ親子連れ。観察とまでいかないけれど、何となく目で追うと、子供は母親を引っ張るように、とある店に入っていった。「待ってシュンちゃん、ケーキは逃げないわ」声は優しくて、咎めたような内容に反して、母親も駆け足だ。二人が入っていったのは洋菓子店で、店の前には小さなボードが出ている。『6月9日のお誕生日 シュンくん、ミサキちゃん、ヨシじいちゃん おめでとう』ケーキの予約名だろうな、と思いながら窓の外から店内を覗く。ロウソクとチョコのネームプレートが乗った、ホールのショートケーキがガラスケースの中から取り出されようとしているところだった。
その場を離れて、帰り道に戻る。誕生日ケーキ。二人は食べた事はあるのかな、なんて考える。環くんは、なんだか和菓子のイメージが強すぎて、ほら、お煎餅とか、草餅とか。そういう印象があるから、ちょっと想像が難しい。終生くんはどうだろう。家の話は、殆ど聞いた事がない。でもオレは諜報員であるので、聞いた事がないという事実から、色々想像したりもできるんだ。例えば、終生くんの素の姿。所作は整っていて、背筋はピンとしていて、崩れない敬語と、生真面目な性格。あんまり自分を表に出さない。お盆と正月は、気が進まなそうに、それでも必ず家に帰る。もしくは、念入りに帰らない為の準備をしてる。オレが昔、一時の間だけ引き取られていた、格の高い家が、なんとなく思い出される。誕生日ケーキじゃなくて、勝栗とか、縁起物を食べそうたなあ、なんて。



「でもね、似合うと思うんだ、いちごのケーキ」
「赤いもんね」
「ねぇ環くん、ケーキ作れる?」
「──いいよ。作ってみよう」

環くんは、作れるとも作れないとも言わなかった。買うんじゃないの? とも聞かないでくれた。ただ、いいよって言って、明日は調理室か寮の厨房を借りなきゃね、って笑う。小麦粉と、生クリームと、卵と、小麦粉と、バター。あ、お砂糖が無いと始まらない。あとなんだっけ、指折り数えながら環くんがオレに問う。今小麦粉って二回言ったよ。

「チョコプレートと、ロウソクも付けたいな」
「うん。どんなに嫌がっても吹き消してもらおう」
「チョコプレートも食べてもらわなきゃね」

『第二回終生くんへの誕生日プレゼント何にしよう会議』は、恙無く終わった。



昼休みに図書室で、ケーキのレシピ本を借りて。それを机に隠したら、終生くんと環くんがお昼ご飯を食べてる中庭に合流。環くんは何か言っちゃわないかな。これ、役割が反対の方が良かったかもしれないな、なんて思ってたけど、二人は普段通りお喋りをしているみたいだった。主に、環くんが終生くんのパンを食べちゃったことについてとか。オレはおにぎりを一個かじりながら、二人のやり取りを見て笑う。

「あ、そうだ! 終生くん、今日の放課後……うーん、夕飯の後、かなあ。時間ある?」
「ありますけど、それでパンの事は誤魔化されないですからね。どうしたんですか?」
「環くんが数学で分からない所があるんだけど、オレじゃ上手く教えられなかったんだよね」
「お願い!終生先生!」
「っていう口実で、たまには寮部屋でゴロゴロしながら終生くんと遊びたいな〜って環くん言ってたんだよ」

嘘を吐くのは、オレが一番得意な事だ。ケーキを用意しているのは秘密だけど、部屋でゴロゴロしながら遊びたいのは本当。本当の事に、ちょっとした嘘を混ぜて、秘密を隠す。現に環くんは一つも嘘を言ってない。オレは嘘を吐いたけど、こればっかりは一日の長があるので、騙されてほしい。

……仕方ありませんね。何をするにも、数学が終わった後ですよ」
「やったー!」

これは、騙されてくれたのだろうか。一般的に言って、自分の誕生日に部屋に招待されたら、何か期待のような邪推が芽生えるものだと思うけれど。でも、終生くんはそういう性質でもないなあと思うのだ。今日だって、朝から自分の誕生日にはしゃぐ様子は欠片もない。
だからオレは、環くんとオレで、今日を特別な日にしたい。そう思うのは、終生くんの荷物になっちゃわないだろうか。捨てにくい物ができるのは、幸せで、でもちょっと厄介だ。オレは薄情だから、なんでも捨てられるけど、優しい終生くんは、捨てる時に心を痛めてしまいそうで。



放課後、寮の厨房を借りて作ったケーキがここにある。オレは殆ど、環くんのお手伝いみたいな感じで、でも環くんもデコレーションケーキなんて作るのは初めてに等しかったらしい。あまりにも不恰好なケーキだ。スポンジの膨らみ方は左右非対称だし、量が足りなくて、側面は生クリームが塗りきれずにスポンジが見えている部分がある。年齢分刺したロウソクはちょっと見栄えが悪いし、チョコプレートに文字を書くのはすごく難しくて、『終生くんたん生日おめ』とギリギリ解読できるかな? といった感じだ。
コンコンコン。部屋の扉をノックする音。「環さん、辿さん、入っていいですか?」環くんはマッチでろうそくに火を点けた。

「ちょっと待ってね!今開けるから」

扉まで駆けて行って、電気のスイッチに触れる。環くんが目でいいよ、と言ったので、照明を落とした。扉を開く。
終生くんは、部屋が暗いのに一瞬驚いたみたいだった。すぐにいつもの顔に戻ったのは、環くんのイタズラか何かだと思ったんだろうか。

「ハッピーバースデー、トゥーユー!」
「Happy Birthday、to you!」

歌いながら、環くんと二人で終生くんの手を引く。ケーキの前に敷いた座布団に導いて、背中を押すように座ってもらう。

「ハッピーバースデー、ディア」

「「終生くん!!」」

環くんが、ふふーん!とドヤ顔をしている。オレだって笑い出しそうで、顔が痛い。ハッピーバースデー、トゥーユー。二人で歌い切って、ぱちぱちと拍手をする。最後のto youはハモったんだよ?

「終生くん、ロウソク、吹いて!」
「吹き消さないと、蝋溶けちゃう!」

狡い言い方なのは、許してほしい。けど、こうでも言わないと、終生くんはこの遊びに乗ってくれそうになくて、急かす。
あまりにもロウソク同士の距離が近くて、控え目に吹き消しては別のロウソクに火が移ってしまう。その様子を見た環くんは爆笑して転がって、終生くんは、環くんの笑い声で何かのスイッチが入ったように本気を出した。

切り分けたケーキは、ロウソクの熱でクリームがどろどろに溶けている。環くんはそれがまたツボに入ったみたいで、噎せている。オレは無事だったチョコプレートを、終生くんの分のケーキに乗せた。「誕生日の人が食べるんだよ」言うと、終生くんは薄く笑って「ええ」と返した。

「それじゃあ、いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」

環くんの音頭で、オレたちは手を合わせた。フォークを刺したケーキは横転する。スポンジの間に挟まった色とりどりのフルーツは、ちょっと量が多すぎて、スポンジで挟みきれなかったみたいで、オレたちは三人とも初手でケーキを崩した。水平に切り込みを入れようとして斜めになった地層も十分関係していると思う。一口食べると、生クリームは丁度いいけれど、スポンジに塗ったシロップの塗りムラがひどくて、甘いところがすっごく甘い。

「俺、こんな甘いケーキ、初めて食べました」
「えー、美味しいじゃん!イチゴ!」

終生くんの言葉に、環くんはフォーク刺さったイチゴを食べる。オレは間に挟んだフルーツ缶のミカンを食べたあと、イチゴでクリームを掬った。
いちごの酸味がすごく丁度いい、甘い甘いケーキ。だってそうでしょう、誕生日に、大切な人と囲むホールケーキなんて、甘過ぎる。

「ほんとう、甘いね」
「ええ、甘いですね」
「でもオレは、いくらでも食べちゃえそう」
「俺は、──俺も、今日くらいは、食べれるだけ、食べます」
「そうだよー!終生くんの誕生日なんだから!」

環くんが、自分のお皿からイチゴを取って、終生くんの口元に運ぶ。誕生日の人はイチゴを多く食べられるんだよ!根負けした終生くんが、されるがままにイチゴを食べる。そんな習慣があるんだ、とオレはフォークでイチゴを取った。

「終生くん、誕生日おめでとう」

オレがイチゴを差し出すと、終生くんはふっと笑って噛み付いた。




Happy Birthday dearシギノさん!