草枕
2024-06-08 07:39:32
1156文字
Public PBD
 

PBD手習い・出発前

出発前想定、モブからみたケレウスの描写練習

PBD手習い

「ようケレウス、もう食ってんのかよ」
「お昼ご飯、食べそびれちゃったんだ」

定時上がりの俺が真っ直ぐ賭博荘に来たというのに、この男と言えば器の中の海藻を既に半分は減らしていた。かき込むような食べ方はしない奴だから、随分前から居るのだろう。整ったカトラリーの使い方をするような人間が、平日の真っ昼間から、賭場に。真っ当なやつなんか居ないのがうらぶれた場所のセオリーだが、例えばこういう──いつ見ても靴に汚れが無いような上等な奴は、お綺麗なカジノにでも行けと厭われるのもまた定石。そういうもんだ。実際工場勤めでブルーカラーの俺は初め、ケレウスの奴を散々に負かして、この掃き溜めの水の汚泥を味合わせてやろうと思っていたのである。ここは俺の縄張りだと、きつく知らしめてやろうと。

結論で言えば、それは果たされた。
俺は奴を散々に負かして、おおいに楽しんだ。
でもそれは、溜飲が下がった故の仄暗い喜びではない。
ありえないくらいの泥試合がおかしくて笑う『遊戯』。
最後、俺が勝ち逃げるという一戦で、1%それを阻止できる可能性に賭けられたふざけたチップに、最後までハラハラした。
コイツと遊ぶのは楽しいと、そう思った。俺も奴も見てた奴も、笑っていた。


「よっ!二人ともまだ素面か?飲む前にワンゲームしようぜ」
俺だけじゃない。今来たこいつなんかは面と向かって新顔いびりをしようとしていたルーレット狂いだ。この二人のことは俺にはよくわからない。ただある日、賭けるのさえやめて、酒を飲みながらずっと確率だかなんだか算数の話をしていたかと思うと、でかい紙にひたすら計算を始めた。その後やり切った顔でルーレットに結構な額を博っていたようだが、二人で膝から崩れ落ちていた。酔っ払いが計算をするな。一行目から単純な書き間違えをしていたというんだから、賢くても俺より馬鹿な奴らである。
このルーレット狂は最近、半分くらいポーカーもしている。


「わしゃ飲んだ方が強えんだがのう」
「海蘊抜いていいから海藻食べてからにしましょうね」
「オーナーになんという物言い!……っていうか恥ずかしくて誰にも言ったことないんじゃが」
「子供みたいにフォーク揺蕩ってましたよ」


変わらずここは掃き溜めの水底だ。そうこうしている間にも、荘のどこかでは言い合いが発展して怒号が響いている。それを止める者も居れば、いつものことと気にも留めない者も居る。そういう場所だ。ギャンブルに経済性はない。何かを生み出すことはない。同じ試行しかしないのに、特別な何かが起きてほしいと望む狂人の居場所である。

起こることと言えば、刹那に過ぎる本当に楽しいゲームとの出会いと。
──誰かの日常が一変してしまうくらいの、『特別ななにか』だ。