いまち
2024-06-08 01:02:07
6397文字
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あふるる想いを言の葉に乗せて

一世一代の告白をする右大将殿

 茨の国近衛隊右大将、リリア・ヴァンルージュ。かの国を知る者であれば知らぬ者はいない重鎮である。
 孤児でありながらマレフィシア女王の元でマレノア姫と共に育てられ、かの国の王宮近衛隊右大将の座に就き警護の要を担っている身であり、翠が原の走る城壁と称されるほどの武芸達者である。
 一見すれば少女のような身形であるが、細腕から振り下ろされる魔石器の一撃は重たく、放たれる魔法は大岩をも打ち砕く。口さがない『物』たちから卑しい蝙蝠と蔑まれようと、愛するもののため背負った名に恥じぬ武勲を着々と積み上げてきた、そんな男である。
 そんな彼は悩んでいた。どうしようもなく悩んでいた。
「リリアさん、葉っぱを落とさないでください」
「ハッ! 人の足元で料理する方が悪ぃ」
「リリアさんが後から来たんじゃないですか……
 その原因は木の上でくつろぐリリアの足元で鍋をかき混ぜている人間の娘、ティナ・キースリンクである。
 これは大陸中を走り回るリリア率いる隊がたまたま拾った娘だった。始めは銀の梟に関係する者かと疑いをかけられていた娘であるが、度重なる尋問により彼奴等とは関係のない、純然たる不審者であることが証明された。
 人間にしては珍しく妖精に好意を持っているこの娘は、怪しいしほっとくのもよくないかもと隊に引き入れることとなった。当初はひ弱な子供、邪魔であれば捨て置こうと思われていた娘であるが、隊の食事を担い、傷病者の手当をしているうちにすっかり周囲から受け入れられるようになったのだ。
……
 唇を尖らせながら鍋に落ちた葉を取り除く娘をリリアはじぃっと眺めた。
 取るに足らないひ弱な人間。放っておけば勝手に魔獣の餌となるだけだった生き物。娘に対しかように思っていたリリアであるが、その思い込みは娘を連れ行くうちにあっさり裏切られた。
 小ぢんまりとしたナリのどこにそんな力を隠していたのか、この娘は強かった。べらぼうに強かった。
 自身の身の丈の何倍もある巨大な魔獣をあっさり打ち倒し、食材にすると捌いてみせたのだ。それも、一度や二度ではない。食事支度の度に当然のようにそれをやってのけた娘に、いつしかリリアは胸の高鳴りを覚えるようになってしまった。それは未知のものに対する恐怖に近い感情ではあるが、残念なことにこの男、そっち方面はからっきしのさっぱりであった。
 なんせこの男、幼少期に一緒に育った姫へ求婚し玉砕して以来、色恋の「い」の字もなく過ごしてきたのだ。うっすらと覚えた恐怖に対し「これが……恋?」などとトチ狂った理解を得てしまったのだ。ついでに娘の料理に胃袋をがっつり握られてしまったのもあり、気付けば娘にころっとめろっと落ちていたのである。
 娘自体は物騒な部分から目を逸らせば雛鳥のように幼気で愛らしい顔立ち、それに反する肉付きのいい肢体、蟹座の女らしい母性と男心をくすぐる要素は充分に持ち合わせているため、惹かれること自体はおかしいことでもなんでもない。ただ、ツボった部分がバグっているだけである。
「むぐぐぐぐ……
 そんな、おバグりあそばれているリリアは足元で料理をする娘を呻きながら睨んでいた。
 この忌々しくも愛らしい娘を我が物にしたい。幼き日の淡い恋とはほど遠い、粘りつくような情念を腹に抱えながら睨みつける姿は傍目にはそれはそれは恐ろしいものであった。控えめにいって獲物を狙う獣のそれである。
 そんな剣呑な様子ではあるが――
「リリア様はいつになったら思いを伝えるんだろうな」
「とっととねんごろになりゃあいいのに」
「リリア様であればウチの娘を安心して任せられるというもの」
「お前の娘ではない」
 リリア率いる隊の者はおおむねその様子を微笑ましく見守っていた。
「人間んッ! 貴様! また性懲りもなく右大将殿の周りをウロチョロしてからに!」
「うえっ!? うろちょろなんてしてないですよ!」
 けれど、おおむねに該当しない一人だけは娘に対し非常に強い当たりを見せていた。その一人ことバウルは娘をじぃっと見つめるリリアについて、娘を警戒しているものと見ているらしい。
 勘違いも甚だしいところではあるが、これもリリアへの忠誠心ゆえである。そんなバウルは背筋を伸ばし、リリアに向け大きく胸を張ってみせた。
「右大将殿! この人間は私が責任をもって監視いたします。右大将殿はどうかお休みください!!」
……おう、悪ぃな」
 バウルの勘違いにより、かように引き離されるのはざらだった。今日も今日とていらぬ気遣いを受けてしまったリリアはすごすご自身のテントに引っ込み、いじけながら魔石器の手入れに勤しんだ。
 気遣い無用と言いたいところであったが、いらぬことを言って自身の気持ちを気取られてはたまらんという意地ゆえに、それも口にできないでいた。
 そんなリリアの姿を見るたび、隊の者たちは「リリア様かわいそすぎん? バウル空気読んだげて!」などと心のうちで呟いていた。そんな具合に周囲がのほほんと見守る中、リリアの気持ちに気付いてないのは当の娘とバウルだけという体たらくであった。

……いつまでもこうしてるワケにゃいかねぇよな」
 魔石器の手入れが済んだところで毛布の上に寝転び、不貞腐れつつリリアは考えた。妖精族と親和性の高い体質を差し置いても、あの娘は恐ろしく魅力的だった。ゆえに、欲しいと思った。誰かの手に落ちてほしくないと思った。
 魅力的な女なぞいくらでもいる。なのになぜあの娘に限ってこう思ってしまうのか。その理由を自答し、リリアはほんの少し、口元を緩ませた。
「はは……
 考えるまでもないこと。その答えはいつだって胸に居座っていた。
 己は、あの娘に恋をしてしまったのだと。
 国を背負っている身でありながら、敵種族である人間に惚れこんでしまったのだと。
 今更恋なんて、とその気持ちを吹き消そうとしても、少しばかり歪な形のそれは消えることなく、却って熱く燃え上がった。
……腹ぁ、括るか」
 かつてこれほどまでに先の見えぬ戦いがあっただろうか。リリアはざわめく胸に冗談をひとつ放り、目を瞑り、ゆっくり仰向けに寝返った。
 どう気持ちを伝えよう。幼き日にマレノア姫へ求婚したきり愛の恋のとは縁遠く過ごしてきたリリアは考えた。あの頃のような無鉄砲さはもうない。かといって、戦場を走り続けていた身では女を喜ばせる文句のひとつも知りはしなかった。
「あぁっ!! やめだやめ!」
 いくら頭の中で言葉をこねても答えは見つからない。早々に飽いたリリアは大きくかぶりを振り、身体を起こし、乱れた髪を結い直した。
――ふぅ」
 付け焼き刃な文句を垂れたところで、それは自身の言葉ではない。なら、飾らず、思いの丈をぶつけるのが一番なのだろう。そうしようと心に決め、リリアはテントの隙間から娘の様子を伺った。
 娘はいつもの通りバウルに監視され、勝手に寄越してきた隊員の手を使いながら食事支度をしている。戦地にあるまじき和やかな様子を眺め、今はその時ではないと悟った。物事にはタイミングなるものがある。わちゃわちゃしている中に飛び込み、娘への愛を囁いたところで伝わるわけがないのは色恋若葉マークのリリアであれど理解していた。なんなら、他の者たちに気が触れたと思われてもおかしくない。あと普通に恥ずかしい。
 はやる気持ちを落ち着け、ならいつがいいだろうか。普段の様子を思い出しながらリリアは考え、そして答えを出した。
「ふん……
 タイミングとしては食後はどうだろうかと考えた。隊の者たちは娘にひどく懐いており、今もそうしているように食後の手伝いもよくしていた。彼らに後片付けをさせ、その間に娘を連れ出し、気持ちを伝えてはどうだろうか。これなら誰かに邪魔をされることはないだろう。
 娘を連れ出す場所は、近くにある泉がいいかもしれない。季節によっては蛍や夜光草が煌めき、女を口説き落とすのに恰好の場所だ。……と、噂を聞いたことがあった。ソースは酒場の酔っ払いである。
「っし」
 そうと決め、リリアは姿勢を直し意識を集中させた。そしてどう連れ出すか、どう伝えるか、不慣れながらに頭の中でこねくり回し、イメトレに励むのだった。

+++++

 そうしてあっという間にその時は来た。夕食を済ませたらあらかじめ考えていた通り、娘に骨抜きになっている隊員たちに後片付けを言い付け、バウルには自身らが向かう反対方向へ見回りに向かわせた。そして、娘には話があると告げて連れ出した。
 一方リリアと娘が連れ立って拠点を離れるのをバッチリ目撃した隊員たちは目をきらっきらに輝かせていた。ある者は祝いと気付け用の蒸留酒を煽り、ある者は今日この時を日記にしたため、またある者は二人の奇行に首を捻りながら薪を集めていた。そんな中バウルは夜風の冷たさにブルりながら見回りに出かけた。冬はもうすぐ近くまで来ているので。

 そんな近衛隊の愉快な仲間たちをよそに、二人は森の奥、風光明媚と名高い件の泉へと行きついた。けれど――
「げっ」
「どうしたんですか?」
「なんでもねぇ!」
「はぁ……
 季節が外れていたため、そこには蛍も花のきらめきもなにもなかった。それどころか茂る木々のせいで月明かりすらまともに入らない、見事な真っ暗闇であった。
 完全にアテが外れ、気が萎えかけたリリアであるが、互いの顔もよく見えぬほど暗けりゃかえって気は楽かもしれん。などと考え直し、のこのこ後をついてきた娘へ向き直った。
「えと、お話ってなんですか?」
……っ」
 薄暗い中、状況をまるで理解していない娘の表情は無垢そのもの。汚れを知らぬとばかりの顔をする娘にリリアは心が安らぐのを感じた。けれど、今は癒されている場合ではない。この娘を我が物にするため、想いをぶつける時なのだ。
「おい、ガキ」
「むー、大人だって言ってるじゃないですか。……なんですか?」
……
 少々ばかり呆れ顔をする娘にリリアは改めてその愛らしさに目が眩む思いがした。けどもやられている場合ではない。その微笑みを己がものにせんと覚悟を決め、リリアは怯みそうになる気を奮い立たせ、緊張でカラカラの喉に固唾を落とした。そして娘の濃いすみれ色の瞳を確と見つめた。
「いいか、一度しか言わねぇ。よーく聞け」
「? はい」
 いつになく真剣な面持ちのリリアにつられるように、娘もまた姿勢を正した。人間特有の丸い瞳孔にいつになく真剣な光が宿るのを見、リリアは小さく息を吸い、焦りに流されぬようゆっくり言葉を紡いだ。
「てめ……お前は俺んだ」
「はい?」
「っから、あー、その、傷だの作ったら承知しねぇからな!」
「えぇと、はい。気を付けます?」
 いきなり何を言ってるんだこいつは。そんな気配を娘から感じ、リリアは焦った。はちゃめちゃに焦った。言いたいのはこんなことじゃない。心の底から恋しく思っているから一緒になろう、お前のことは生涯かけて守るつもりだ、と。そういった旨を伝えるはずだった。
 けれど、そんな気持ちに反し、口は見当違いな言葉を紡ぎやがっていた。イメトレの成果はまるでなかった。イマジネーションを力に変える妖精族にあってはならないスカタンっぷりである。勝手に踊り狂う己の舌に反し、内心頭を抱えるリリアであるが、それでもどうにか描いた言の葉の端を捉まえた。
「だっ、から、お前のことは俺が守る! から、何があっても」
「えっ」
 それでも、どうにか伝えたい一言だけは口にできた。ようやく言えた達成感と、ついに言ってしまったの羞恥心で頭と胸がぐちゃぐちゃにかき回された心持になる。けども、己の意図は娘に伝わったはずだ。リリアは娘のわずかに泳ぐ瞳に手ごたえを感じ、もう一押しと言葉を重ねた。
「あー、アレだ! お前がケガでもすりゃ姫様から雷落とされちまうからな!」
「あ、はい。……そうですか?」
 しかし、恋した女にフラれ、その尻に敷かれることウン百年、振り回され続けたリリアに場の繋ぎ方なぞ分かるはずがない。愛の恋のと考えるうち、愛しの姫の顔が脳裏をよぎり、舌から滑り落ちる見当違いに拍車がかかってしまった。
 そんなものだから先の娘の夢見がちにたゆたう瞳は目を覚ましたかのようにきょとんとしてしまい、そんな顔に「ダメかも」な気配を感じ、リリアは内心で打ちひしがれた。
「ったりめーだろ。姫様だけじゃねぇ、隊の奴らだってお前さんを可愛がってる。分かんだろ」
「まぁ、それはなんとなく」
「だから、あー……何言ってんだ俺は」
 ヘタるリリアの心に反し、舌は元気に言葉を紡ぐ。勝手にボロボロ零れる言葉に振り回され、リリアは自分でも何を言っているのか分からなくなり、大きく肩を落とし頭を掻いた。
 手の施しようのない完全なる茶番である。にもかかわらず、娘は考えるような仕草を見せていた。娘のいつになく真剣な面持ちは新鮮であり、それにまた胸にキュンを覚えたリリアであるが、パニクって出た言葉をじぃっと吟味されるのは正直きっつい。できることなら今すぐにでも忘れてほしい、頭の隅で祈りながらリリアは娘を見つめ、言葉を待った。
(終わった……
 ウンともスンとも言わぬ娘に居心地の悪い思いをしながら、けどもリリアは娘から目を逸らさずに見つめていた。ここに来て目を逸らしたらいよいよ負けな気がしてしまったので。

 どれほどの間そうしていたのか、ややあって娘は顔を上げた。愛らしい顔は真剣そのもので、茶化すような気配は微塵もない。
……分かりました。不束者ですが、よろしくお願いします」
 娘は大きく頷き、深々と頭を下げた。娘はあのぐだぐだの内に何を見い出したのだろう。と、リリアは困惑しつつまじまじと娘を見つめた。娘の態度に茶化していたり、ふざけているような様子はない。
「あ……はぁ!?」
「え?」
「あ、いや、おま……いいのか?」
「? いいもなにもなくないですか?」
 何を言ってるんだ、とばかりに不思議そうな顔をする娘に、リリアはいよいよもって信じられない気持ちでいっぱいになってしまった。なんせ、自身が紡いだ言葉はぐだぐだのぐずぐず、言いたいことはこれっぽっちしか伝えられていないのだ。そんなものだから受け入れられるとは到底思えず、娘の首肯はなにかの間違いではないかと思ってしまったのだ。
……マジか」
「はい! よろしくお願いします!」
 けれど、娘はマジでマジらしい。柔らかい笑みを浮かべながらリリアの目をまっすぐ見つめる娘に、リリアの胸はまたも高鳴った。
 想いを伝え、それに応えられた。その心地よさたるや、である。恋した相手を手に入れた己に恐れるものはひとつだけ、それを失うことのみである。けれど走る城壁と称されるリリアにとって娘一人を守るなぞ造作もない。つまり、恐れるものは娘の寿命のほかないのだ。
 なお、当の娘はリリアの一世一代の愛の告白を「姫様からも認められたお前は茨の国の人間であり隊の一員だ、仲間とみなしたからには裏切るんじゃないぞ!」という歓迎と忠告の言葉として受け止めていた。
 それもこれも、これまで散々娘を子ども扱いしてきたリリア自身のせいである。あまりに子供扱いをされるものだから、自身がそういう対象として見られているとは微塵も思っていないのだ。
 そんな悲しい行き違いに気づかぬまま、リリアは娘の手を取り野営地へ戻った。これから先、どのように娘と添い遂げようかと甘い夢を胸に描きながら。

 ――誤解が解け、リリアと娘がほんとうの恋人同士になるのはまだ先の話。