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Public まほやく
 

体温がいちばん甘い(オーカイ)

付き合ってそうなオーカイが深夜に漫才しながら、ひたすらキスしてる話。4.5周年ログストからの強めの幻覚。

※ オがカの膝に乗ってるけどオーカイ
※ 冒頭だけ賢者(晶)(くん/ちゃんは特に決めてない)います



 オズの詠唱で動きを止めたメレンゲドールたちは、最期は晶の腹の中におさまった。口をつけるまでは「かわいそうで食べられない」と言っていた晶も、焦れたミスラに無理やりオズ(※メレンゲドール)の首をかじり取らされてからは吹っ切れたようで、それぞれのメレンゲドールを観察し、似ているの似ていないのと笑顔で感想を言うそばから、思い切りよく口に運んでいた。いつもながら順応力のすこぶる高い晶を、皆は微笑ましく見守った。
 贈り物の特製ケーキは、晶曰く“全部はずれのロシアンルーレット”になってしまった。メレンゲドール騒ぎで混乱したデコレーション班が、通常のスポンジにミスラ製のジャムを、双子の薬草入りスポンジにベリージャムを塗り、上から生クリームで覆ってしまったからだ。

「どっちにする? 切り分ければ断面でどっちがどっちかわかっけど」

 ケーキナイフを手にしたネロが尋ねると、晶は「なんだか全部はずれのロシアンルーレットみたいですね」と言った。口にした直後に「なんか失礼なこと言っちゃったな」と慌てていたが、「前の賢者様に教わった、合コンの定番ゲームですね!」とアーサーがそれを笑顔で受けたために、ケーキは切り分けてから、せっかくのヒントである断面も生クリームで隠し、シャッフルして、各々に配られることになった。オーエンは「どう考えてもミスラのジャムのほうがはずれだろ」と毒づき、ミスラは「なんでですか、美味いですよ」と口に入れる前から反論していた。
 ケーキが行きわたったあと、アーサーの掛け声で皆が一斉に口に運ぶと、半数から――あるいは全員から――叫び声が聞かれるかと思われたが、一拍の間のあと「意外とおいしい!」「ほんとですねぇ」「つまんねえな」と、約全員が安堵のため息とともに、一部が安堵のため息を押し殺して、口に出していた。晶はずっと笑っていた。
 総じて、いい夜だった。



 カインは、すでに寝間着に着替えてベッドに入り、本を開いているところだった。目は文字を追おうとするけれど、日ごろ積み重なった疲れと、仲間と共に過ごした時間の幸福感が、とろとろと瞼を重くする。本を取り落としてしまう前に、閉じて枕元に置いた。灯りを消そうと半身を起こしたものの、そのために歩くのも面倒で、ものぐさに呪文を詠唱しようとする。その刹那、膝の上に男が落ちてきた。

「うおっ!」

 驚きに声をあげたけれど、瞬時に悟った――剣に手を伸ばす必要はない。そう思えるほどには、よく知った体温で、よく知った重さだった。
 突然現れ、カインと向き合う形で膝の上に座ったオーエンも、寝間着姿だった。けれど片手にはデザートグラスを持っている。デザートグラスの脚を優美につまむ細く白い指の上に、桃色のムースと、その三倍くらいの体積はありそうな生クリームの山。
 ムースは、自分たちが調子に乗って三十樽ぶんも作ってしまった生クリームを、ネロがどうにか無駄にしないようにとアレンジしてくれたものだ。今晩、ケーキと一緒に配られて、二十二人全員が食べたけれど、それでもまだまだ残っていた。
 こんばんは、騎士様。いつもならば歌うように挨拶をする唇は黙ったままで、そこに生クリームをのせた銀の匙が運ばれる。ぼんやりと眺めていると、人形のように整った顔が近づいてきて、口づけられた。条件反射のように薄く開いた唇に、生クリームをまとった甘い舌が潜り込んでくる。一瞬だけひんやりとしたのは、オーエンの舌とクリームがまだ冷たいからだ。
 舌と舌を絡まされ、強制的に咥内が生クリームまみれになる。甘い。ビリビリと舌から脳に信号が送られるのがわかるようだった。普段ネロが作る生クリームよりも甘いみたいだ――とはいえ自分はあまり口にしないから、確かかはわからないけれど。呻き声というよりは、少し鼻にかかった声が漏れた。

「う…………

 オーエンの舌は、いつもより大人しく、それがかえって煽るようだった。頭の片隅で、また歯を磨かなければと詮無いことを考える。ぬるりと頬の内側をなぞられ、体温でゆっくりと生クリームがほどけていく。油と水に分かれ、乳の香りが鼻に抜ける。薄い砂糖水のようになった二人ぶんの唾液を飲み下すと、ようやくオーエンの舌が引き抜かれる。赤い粘膜のうえで黒百合の紋章があやしく光った。
 オーエンは口の端に垂れた唾液を舌先で舐めとると、「へえ、ほんとうだ」と素直に感心したような声を出した。

「何が!?」

 体温がいちばん甘いのだと、オーエンは言った。



 樽の生クリームが、甘くなかったらしい。
 パーティーの前、余った生クリームを活用したムースづくりに勤しむネロの前に現れたオーエンは、樽から生クリームをつまみ食いしようとした――つまみ食いなどではなく、生クリームを作るという苦役に対する正当な報酬であるとオーエンは言う。現にネロはスプーンとボウルを渡してくれた、と。

「思えば、樽に触ったとき、冷たかったんだよね。あのときに気づくべきだった」

 自分たちが作るだけ作ってキッチンに置いていった生クリームは、悪くならないよう、ネロが早々に魔法をかけて冷蔵してくれたらしかった。ボウルにたっぷりと生クリームを取り、頬張ったオーエンは、眉をひそめた。いつものネロの作りたてよりも、ひんやりと冷たく、何より甘くなかった。

「おい。おまえ、騎士様に教えるとき、レシピの砂糖の量を減らしたの? それとも、あいつが間違えた? 甘くないんだけど、どういうこと」

 北の魔法使いに低く呼ばれてギョッとした顔を作ったネロは、すぐに「ああ」と理解して緊張を解いた。

「レシピはいつもどおりだけど、それは冷やしてるからな。冷たいものは甘さを感じにくいんだよ」



「あいつが言うには、体温に近い温度が一番甘さを感じやすいって」

 オーエンはそう言って、また生クリームを口に含み、顔を近づけてくる。それを両手で押しとどめ、カインは尋ねる。事情と理路は理解した、理解したが。

「じゃあ、魔法で体温に近い温度にその皿ごと温めればいいんじゃないか……? そのほうが口の中より温度も安定してるだろうし」

 このまま口移しで甘いものを食べさせられ続けるのは困る。オーエンは生クリームを飲み込んで、カインの問いを鼻で笑った。

「おまえはほんとうに雑だね。一生、塩漬けも燻製もされてない干し肉でも食べてなよ」
「食い物に関してだけは、おまえに言われたくな……

 抗議の声を封じ込めるように、オーエンに唇を塞がれる。ふたたび生クリームが口腔に満ちて、甘い、と思う。もうコーヒーが飲みたい。単調な甘さに飽きてしまって、頭の空いた場所でオーエンの言ったことを考える。ベーコンは、塩漬けされて燻製されているから美味い。生クリームは、魔法で人肌にするのではなくて、こうやって自分が温めたほうが美味い? ぼんやりと辿り着いた答えに、唇の端が震えた。照れくさいような、その執着らしきものがちょっと恐ろしいような、妙な気分だった。笑みの気配に気づいたオーエンが唇を離す。

……自惚れ屋の騎士様」

 オーエンは、まるで思考を読んだように言った。人の心をたなごころの上に置いて転がすのが好きな男だから、魔法を使わなくても頭の中を覗けるのかもしれなかった。こんなにも表情に出ていては、特に。
 言葉の割には、かわいがるような声だった。

「僕がこうするのは、甘いものが嫌いなおまえへの嫌がらせに決まってるだろ」

 オーエンは自然な表情で、にっこりと笑った。その笑みから目が離せなくて、男がゆっくりと唇にスプーンを運ぶのを、視界の端で捉えた。目の前の色違いの瞳に、薄い瞼がかぶさって、うつくしい顔が近づいてくる。唇が重なる。
 今度はムースも口の中に入ってきた。舌と舌のあいだで、すりつぶされるように溶けていく。

「ん……うぁ……

 全員の口に合うよう作られたムースは、パーティーで食べたときには控えめな甘さでおいしかった。そのとき自分が選んだのは橙色をしたパッションフルーツ味のものだったけれど、これはベリーの味がして、やはり先ほどのものより甘い気がする。けれど、同じものを食べたわけではないからわからない。
 生クリーム単体よりは得意な味だな、と思って、ちゅう、と絡んだ舌を吸うと、膝の上のオーエンの身体が小さく震えた。積極的な動きに驚いた? この行為は、本当に、ただの嫌がらせのつもりだったのだろうか。カインの腹の底では、ぐるぐると熱が渦巻きはじめているのだけど。
 目の前の細い身体を抱きしめて、自らの顎を上向け、もっと口づけが深くなるようにすると、オーエンは苛立たしげにカインの一つに結んだ髪を引いた。痛むほどではない強さだったけれど、カインはその手に導かれるまま、唇と腕を離した。
 オーエンは手の甲で乱暴に口を拭った。その手をおろして薄い唇が見えるころには、もう何かを企んでいるような笑みを浮かべている。

「ずいぶん余裕だね」

 音律のように呪文が響いて、一瞬後には、そこそこ重いものが床に置かれるときのドン! という音がした。それも、立て続けに、何度も。
 樽だ。ネロでも救いきれなかった生クリームで満杯の樽が、少なく見積もっても十。広くはない部屋の隙間を縫うようにして立っている。カインは悲鳴のような声をあげた。

「これ全部は、さすがのおまえでも無理だろ!?」
「どうかな? メモに二十九樽めまでなら食べていいって書いたのは、おまえだろ」
「おまえは食えても、俺がそれまでに病気になって死ぬ……!」

 ふふ、とオーエンは楽しそうに笑う。逆効果だった、と悔しがるカインの口に、またキスが下りてくる。舌が渡してくるのは、やはり生クリームだけ。それも、噎せ返るほどにたくさん。カインが苦しそうに喉を鳴らすと、オーエンの唇が笑みを深めた。大きく開かされた口腔の中で、それでもゆっくりと生クリームは溶けていく。ああ、と気がついて、カインは絡めた舌を吸う。ちゅっ、ちゅっ、と繰り返し吸い上げると、唾液の分泌される量が増えた。湧き出る液体を、何度も小さく喉を鳴らして飲み下す。こうすれば早いんだ、と思ったものの、唾液が舌で混ぜ合わされる、くちゃくちゃという粘着質な音は、どうにも耳に刺激的だった。

「ふ、ぅ……

 ようやく唇を解放されたときには、カインの口から熱に浮かされたような吐息が漏れた。瞳も潤んで霞み、オーエンの表情はよく見えない。手触りのよい寝間着を、縋るようにぎゅっと掴んだ。

「カイン」

 ひさしぶりに名前を呼ばれた。呆れたような、たしなめるような声だった。どちらかといえば、自分が彼に向けることが多いような感情。

「あたってる。……ちょっとは我慢しろよ、おまえも僕に我慢させたんだから」

 我慢? おまえが? いつ? 視界を取り戻すように、ぱちぱちと瞬いて、声に出さずに考える。思い当たったのは、先ほどのオーエンの言葉だ。メモに二十九樽めまでなら食べていいって――カインの書き置きを読んだのだ。そして、生クリームはケーキが完成するまで三十樽、残っていた。
 我慢、してくれたんだな。そう口に出してしまえば、即座に否定されて、同じようなことは二度と起きない気がしたので、カインは黙っていた。それでも笑みは浮かんでしまい、オーエンが苛立ちを含んだ声で「なに」と尋ねる。

「いや……そうは言うけど、おまえも勃ってる」
「だから?」

 腹に触れる熱とは裏腹に、オーエンの眼差しは冷たいままだった。年上という表現がおかしく感じるほど、はるかに長く生きてきた男の、性欲よりは食欲のほうが強いことは知っている。たぶん自分とは真逆に。でも。

「なあ、もう食事は終わりにしないか? ……これ、欲しいな」

 わざと明け透けな表現をして、そうっと二人の腹のあいだに手を這わせた。オーエンは大きな舌打ちをしたけれど、瞳の奥に小さな炎が宿る。

「そんなことを言って、僕に食べさせるのをやめさせるための打算じゃないの?」
「あはは、バレてる」

 笑い声の明るさに、オーエンが片眉をあげる。あっさりと認められたのが、意外だったらしい。

「でも、打算は半分くらいだよ……わかるだろ?」

 そう言うと、甘さ抜きのキスがしたくなって、唇と唇を触れ合わせた。ちゅっ、とかわいらしい音だけを残して、すぐに離れる。眼前の、きょとんと丸められた瞳が、ゆっくりと弧を描いた。

「赤ちゃんの誘惑には乗らないよ。おまえが泣いてねだるまでは、やめない」
「たぶん、おまえがこのムースを食べ切るより早いと思うぞ……

 それぐらいには甘さにうんざりし始めていて、それぐらいには交わす体温に浮かされ始めている。そうかもね、と上機嫌に言ったオーエンには、前者の意味しか伝わらなかったのかもしれない。それでも、甘味を口に含んでキスする直前、指を鳴らして、部屋に呼び出した樽を消してくれた。
 息継ぎの合間に、デザートグラスの中身を横目で見て、残りあと何口で触れ合えるのかを考える。まだあるよ、とオーエンがカインの顎を取った。目と目が合うけれど、それも束の間のことだ。その一瞬のあいだに、本来は自分のものである黄の瞳を見つめて、心の奥底に秘めたざらついた感情の輪郭を確かめようとした――したけれど、口の中の生クリームみたいにドロドロに溶けてしまった頭では無理だった。
 甘くて、生ぬるい。口の中も、頭の中も。腑抜けてしまいそうだ、と思った。今晩ぐらいは、それもいいかもしれない。とはいえ、そんな夜を、もう何度も繰り返している。