斜陽の
眩い、いつもと同じ狩猟終わりの帰り道、のはずだった。
密かに想う愛しい師に「明日、一緒に茶屋で夕食でも」としどろもどろに誘われれば、英雄『猛き炎』たる娘、リラに断る理由などなく。
──翌日、昨日と同じ
黄昏時。
足取りは軽やかながら、どう挨拶すべきか、彼女は頭を悩ませた。
浮かぶのは「誘ってくれて嬉しいです!」やら「教官とご飯って久しぶり!」やら、色気の欠片もない無難な言葉ばかり。
師弟ではなく異性として、心を掴む気の利いたフレーズは何も浮かばないまま、リラが集会所の茶屋を訪れた時、愛しい師は、ウツシは既に居た。
普段は堂々と伸びている背筋は丸まって、妙なほど小さくなり、露台の隅で目立たないようにしているように見える。
英雄と呼ばれるまでに実力をつけた彼女が、何事かと、気配と足音を消して少しずつ近付き、好奇心と共に耳をそばだてた。
「
……今日もお疲れ様、いつも頑張って
……違うな
……。疲れてるだろうに、俺の誘いを受けてくれて
……いや、場所の割に改まり過ぎだ
……!」
ぶつぶつと呟いているウツシの低声が、
微かに娘の鼓膜に届く。
その途端、彼女は「
……ぷっ!」と思わず吐息も声も零し、温かな至福に包まれて
破顔した。
声に気付き、慌てて振り返ったウツシの顔は斜陽よりも赤く、見開かれた
金色の瞳は、あどけない純粋な驚喜に満ちて。
「あ、う
……!? 愛弟子ッ
……いつから
……!?」
「えへへ。今、来たところです」
赤魚のように口をぱくつかせる師に、リラは緊張することもない。
先ほどの彼の様子を思い出せば、胸の奥底から
滾々と湧いてくる温かさ。
ただただ彼が愛おしく、許されるならば両腕を開いて、飛びついてしまいたかった。
理性の
枷に抑えられたまま、それでも彼女は溢れる想いのままに、たおやかに微笑む。
「お誘いありがとうです、ウツシ教官。この時間が楽しみで
……お腹、空かせてきました!」
リラ自身、珍しいと思えるほど、素直に、一途に、密かな想いをふんだんに込めて、穏やかに紡ぐことができた言葉。
ウツシは大きめに何度も目を
瞬かせ、ばつが悪そうに
俯いた。
けれど、それはほんの一瞬。
彼は赤い顔のままだが、露台の隅にいた時よりも随分ほぐれて、どこか吹っ切れたような様子さえ見せて、晴れやかに笑った。
「俺もだよ、リラ! 背中とくっついちゃいそうなほど、もうお腹ぺこぺこ! おいで、一緒に食べよう!」
「はーい! 何にしようかなあ、お肉食べたい気分です!」
笑い合いながら、向かい合う形でゆっくりと席についた二人は、卓上に一つしかないお品書きを同時に、当たり前のように一緒に覗き込む。
「愛弟子、お肉? 俺もお肉定食にしようかなぁ? おっ、ご飯大盛りがある!」
「んー
……私は普通盛りかなあ。食後は甘いもの食べません? お腹の隙間残しておこうっと」
「いいねえ、大丈夫! 甘いものは別腹さ!」
飾り気はなくとも純朴に、楽しげに言葉を交わす、顔を寄せ合う二人の視線。
金色と
橙色のそれは不意に、同時にお品書きから外れて、何の心の準備もなく絡まり合って、
花蜜のように、とろりと
黄金色に
蕩け合った。
いつしか想いが通じ合えば、それは更に甘やかに蕩けるだろうと知るのは、まだ二人の無意識のみ。
想いが重なるのは、遠い未来か、近い未来か。
知る
由もない、まだ『師弟』である二人の、元気な「いただきます!」の声は、露台席で重なり合って、黄昏から星空へ姿を変えた天の原へと、高らかに木霊する。
言葉という形を取ることの叶わない想いに、星たちは応えるように
白光を瞬かせた。
@acadine