ガイベル
2024-06-06 23:30:00
3951文字
Public お話
 

そして再び


目が覚めたバジルは、自分の家におりました。
靴をかたどった、可愛い家の中でした。
軽く身支度をすると、
バジルは元気に家から出発します。
自分の世話する花畑を抜け、
ひろいひろい森を歩きます。
鮮やかな緑色の頭に花冠をつけて、
バジルはひとりです。
この森はいつもと変わりません。
バジルはいつものように裸足でひとり、歩きます。
やさしい風がそよいで、草木をゆらします。
バジルは歩きます。
いつものとおり畑の先の分かれ道で、
道標の看板が見えて来ます。
あっちへゆくと、ハルバル駅
向こうへ行くと遊び場があって。
そしてこっちはカザグルマ森……
Fine
ふと見ると。
看板に落書きのような文字が付いていました。
普通に読めば『素晴らしい』、とか?
そうです。
この世界はいつも綺麗で素敵です。
満ち足りています。
でも、それはわざわざ消されているようにも見えました。
刃物で何度も何度も、引っ掻いたみたいに。
まあ、落書きに意味など、ないのでしょう。
時々いたずらや、意地悪をするエネミーもいるのです。
バジルの庭とも言えるようなこの森で、
道に迷うことはありません。
ですから、気にしなくて大丈夫なのです。
森はいつもと変わりません。大きく、丈夫な木。
風にゆれる花たちに、そろそろと歩く虫たちに。
バジルはにこにこしながら挨拶をします。
とてもいい日でした。この世界はいつもそうです。
とても平和で満ち足りておりました。
怖いことなど、なんにも起こりません。
大丈夫です。
今日はもっと遠くまで行ってみようか……
そう、バジルがひとりでずっとずっと歩いてゆきますと、道の先になにかが落ちておりました。
黒くて、白いものでした。
それは『なにか』によく似ておりました。
なにかというのは……おそらく。
そうです!
つまり、バジルの友人のことでした。
鮮明な記憶の中の、その黒白のバジルの友人は、
あざやかなばかりのこの世界で唯一、
黒くて、白い人でした。
そして、完璧な人でした。
ほかの黒くて白いものを、バジルは知りません。
白といえば自分の大切な畑のチューリップですが……
それに加えて真っ黒なものというと。
思い出しません。見たこともありません。
そんなものは他に、あるはずがありません。
あってはならない。
彼だけがきっと、特別なのです。
ですから、つまりはもしかして。
この黒くて白いものも。
バジルの特別な友人?ということです。
彼は、オモリは、バジルのいちばんの親友でした。
ですが、よくよく見ると、落ちていたものは、
その友人にとてもよく似てはおりましたが、
やはり友人ではありませんでした。
オモリというには、あまりにも小さかったのです。
バジルはいちばんの友人に似ている、
その小さいものを拾い上げますと、
一緒についてきた草や葉を丁寧に取り払いました。
それは、ずいぶんと小さかったのを除けば、
やっぱりオモリにそっくりなのでした。
このオモリではないなにかは、迷子なのでしょうか。
それにしては、この小さいなにかは……
随分と落ち着きはらっています。
生きている迷子はおちつきなく、
不安定で攻撃的になるものです。
苗モグラたちのように。
ですからおそらく、
迷子というわけではなさそうでした。
バジルが突然ひろいあげた時も、
これはまったく、みじろぎひとつしませんでしたから。
そのからだは、すこしふわふわとして。
おそらくは、コットンでできているようでした。
生きてはいない。
生きている迷子は攻撃的ですから、
これはよかったことといえます。
迷子になってイライラしたり、しょんぼりしたり。
そうして大事な花畑を踏み荒らされては、
たまったものではありません。
しかし、この子はもしかすると、
だれかの探しものかもしれません。
バジルの友人であるオモリも、
いつもバジルを探しに来てくれます。
真実を辿るように歩くバジルを、
オモリはいつも、連れもどしにくるのでした。
真実?……
でも、彼がいつだって、探しにきてくれる。
オモリが、迎えにきてくれる。
それはバジルにとって、とても嬉しいことでした。
ひとりぼっちは、やっぱりさみしい事だから。
……よくよく見てわかったことですが、
白黒のなにかは、ぬいぐるみでした。
バジルは話しかけます。
しかし、やはりぬいぐるみですから。
きみはどこからきたの?
と聞こうにも、もちろん返事はありませんでした。
それでも、バジルはとても嬉しかったです。
特別な友人のオモリによく似たぬいぐるみを、
この旅の道連れにできることは、
おおいに喜ばしい事でした。
とても嬉しい事でした。
一緒にいればきっとこの子も、見つけてもらえます。
ですからそれまでは、一緒にいることにしました。
とてもとても嬉しいことでした。
ふたりは……、いえ。
ひとりとひとつは、一緒に歩きはじめました。
あざやかな世界に、一人分の足跡をつけながら。
森を抜けて、ハシゴの上のイセカイへ。
キャンプ場、再び森を抜け、
大きなお城の舞台から……失われた図書館へ。
ずいぶん長いこと、歩いた気がします。
そろそろ家が恋しくなる頃です。
大切な花畑が恋しくなる頃でした。
お友達にも、あいたいです。
いつも一緒にいるぬいぐるみは、何も言わないまま。
ずっと真っ黒な目でバジルを見ているのでした。
バジルがそろそろ家に帰ろうと、
森の奥への帰り道を歩いておりますと、
なぜかとても静かな場所にたどりつきました。
家までの道を歩いていたつもりですが……
木は枯れ果てていて、ここがどこだかわかりません。
その道の先にあったのは、おそらくたぶん、教会です。
静かで、なにもありません。
ここはとても……
さみしい場所だと思いました。
はたと気づくとオモリにそっくりのぬいぐるみが、
いつのまにか消え失せておりました。
どこにもいなくなっておりました。
ここは、とても寒い場所です。
誰かの泣き声までもが聞こえてきそうな、
雪の降りしきる、さむくて暗くて、
さみしい場所です。
そういえば本当は。
バジルもずっとずっとさみしかったのですが……
この世界では、そうではないことになっておりましたから。
そうではない、と思っておりました。
あたりを見回しますが、どこにも、なにもありません。なにもおりません。
バジルはひとりでした。
それはずいぶんとかなしく、
身を裂かれるようなつらさでした。
つらくて、つらくて、
壊れてしまいそうでした。
砕けてしまいそうでした。
バジルは思わず手で顔を覆います。
でも、大丈夫です。
大丈夫です。
きっと大丈夫です。
きっと彼が。
彼が……
そうしてバジルの目からなにかが出てくるということも、ありませんでした。
しばらくのち、バジルは顔から手を離しました。
目を開けて、次に見えたバジルの手は真っ黒でした。
ずいぶんと、真っ黒になっておりました。
その黒はバジルの指から、手から、
どんどん身体に広がっているようでした。
暗い暗いここには、太陽がありませんでした。
思い返せば、バジルのいた鮮やかで楽しいはずの世界にも、太陽はありませんでした。
太陽はいませんでした。
太陽はおりません。
太陽がここに来ることは、無いようです。
昔はいつもバジルの傍にいたはずでしたが……
約束を、したはずでしたが……
太陽は、いなくなってしまいました。
ようやく、思いだしてしまいました。
それでもずいぶんと長い間。
バジルはずっとずっと彼にあいたい、
と思っておりました。
……思い出しました。
バジルの大切な太陽が、岩戸に隠れてしまってからも。
バジルはいつかまた彼が、出てきたくなるまで待っていよう、と考えておりましたから。
ずっと信じて、待っていたのでした。
バジルは彼にまた……あいたかったのです。
とてもとても、あいたかったのですが……
彼にあえる事はありませんでした。
ついぞ、会う事はありませんでした。
彼が会いに来てくれることは、ありませんでした。
迎えに来てくれる事は、ありませんでした。
気づくと、バジルの身体はもう真っ黒でした。
真っ黒になっておりました。
それはそれは、真っ黒で。
まるで、太陽に焦がされたような、
まるで、太いペンの墨をぶちまけられたような、
黒でした。
真っ黒になったバジルの身体の中で、
瞳だけが白く、煌々と光っているようでした。
それを自覚してからあとは、落ちていくだけでした。
もっと黒くて、暗い世界に落ちていくだけでした。
世界の底の底の、打ち捨てられた場所に落ちていくだけでした。
あざやかな色彩ばかりの、たのしいあの世界に、
他の黒くて、白いものはありません。
必要ありません。
完璧な彼以外には、白黒のものなど、あるはずがありません。
許されないから。
あったはずが、ないのです。

でも本当はずっと、わかっていたのでした。
彼が、自分が。何をしたのかも。
あのとき見えた、なにかのことも。
どうして、こうなってしまったのかも。
…………
それでも、こんな自分を。
許して。
彼はまた、迎えに来てくれるだろうか。
最期までそんな夢を見ることが、やめられそうにありませんでした。

二つに分たれた、こんなに黒くて白い自分には、
もう先がないということを、わかっているのに。

目を閉じて、バジルの視界は、暗転しました。
____
D. C.









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*支部20231123(みちづれ)
改変加工版20240606
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