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2024-06-06 18:08:45
3650文字
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プランク↑↓

こんなことしててもデキてないししさめ


 美味い肉を愛する村雨だが、それなりの額の給与所得と雑所得があるにもかかわらず、今までふるさと納税で肉を買い込むことはなかった。
 理由はごくシンプルなもので、彼は自炊をしないからだ。せっかくどこぞの和牛肉を買い込んだところで、炭かゴミになってしまっては何の意味もない。逆に言えば、今年の村雨が大量にふるさと納税を申請したことについても、理由はごくシンプルに見当がつくのである。
 つまり――獅子神敬一の存在。
 獅子神は料理が得意で、自分が食べる予定のない料理を作るのも、そう嫌いではなかった。だから村雨が、食べ比べでもするかのようにふるさと納税でいい肉を取り寄せ始めたときも――そのうちそれらを獅子神の家に直送するようになったときも、多少の文句をつけながら、「こりゃいい肉だな」と褒めたうえで焼いてやるようにしていた。
 もちろん、獅子神のほうにメリットがまったくない、というわけでもない。
 日勤終わりとはいえ、前日の夜勤からそのまま働いていたときの村雨は、くたびれ果てて獅子神の家にたどり着く。そのうえで、大好きな肉で腹がくちたとなれば、そこから一歩も動きたくなくなるのは人のさがだ。だから彼は往々にして泊まっていくし、次の日が休暇や待機だったりするときには、そのまま獅子神の家でのんびりと過ごすこともあった。
 それがなぜ獅子神のメリットになるのかといえば――それはまったく無粋な問いである。つまり、獅子神と村雨は今のところ、集まって馬鹿騒ぎをする仲間たちと比べてそこまで特別な関係だというわけでもないが――少なくとも獅子神のほうでは、村雨に対してささやかな、ごくささやかな野心というか、直裁にいえば下心、とでも呼ぶべきものがなくもない、というところなのだ。
 とはいえ、大切なのはこの死神のような男が死神のような翼を広げてゆったりと降り立ち、獅子神の家という止まり木でその翼を休めてくつろぐ、という事実の方であって、獅子神としては、それを台無しにするリスクを負いたいわけではない。
 だから村雨が得意げな顔をして「あなたも何か好きなものを頼めばいい」と、ふるさと納税サイトのアカウントパスワードを書いて寄越せば、獅子神は「そりゃどうも」と真面目くさって受け取りもするし――獅子神は獅子神で充分すぎるほどの申告住民税があるのだが――、届いたものを開封する儀式を一緒に楽しむ程度で、今のところは満足しているのだった。


 とはいえステーキ用の肉ばかりが届くというのも何だというので、村雨もたまにはそれ以外の食材を、獅子神の家に送りつけた。その日は生牡蠣が届く日で、獅子神はレシピを見ながら鍋やグリルの準備をして、荷物の到着を待っていた。
 本来ならば、昼のうちに生牡蠣は届き、村雨の帰宅――ではなく「来訪」時には、牡蠣の酒蒸しとノドグロの干物で出迎えることができていたはずだった。しかしドライバーがトラックに荷物を積み忘れたとかで、時間通りに荷物が届かず――よたよたと帰ってきた村雨がシャワーを浴びている今も、生牡蠣は絶賛、運送の途上にあった。
 とはいえもうじき届くというので、干物のほうはキッチンに待機させ、汁物の出汁も昆布と鰹節でとったところだ。空いたこの時間、これらの食材をおいてわざわざ地下のジムに入るのもどうかと思えて――主の不在に村雨が冷蔵庫を襲撃するかもしれないし――、獅子神は暇つぶしに、自重トレーニングを始めたところだった。
 スウェットタイプのルームウェア姿でフローリングに肘をつき、ツイストプランクなどやっていると、スリッパのひそやかな足音が近づいてくる。
「牡蠣はまだだぞー」
「わかっている」
 やや不満げにそう言ったのは、獅子神と揃いのルームウェアに身を包み、髪を少々しなしなとさせた、湯上がりの村雨だ。
 普段の獅子神はこういったルームウェア姿で夕食をとったりなどはしないのだが、村雨がこの服を着るということで、なんとなく揃いにしたくなってしまった。獅子神の抱いている面はゆい気持ちなど何一つ感じてはいないらしく、村雨は空きっ腹を鳴らしながら、ぱたぱたとダイニングへやって来る。
「何をしている」
「時間つぶしのスパイダープランク。……お前はやめとけ」
 村雨が傍らにしゃがみ込んだのを見て、獅子神は先にそう言った。なぜだ、と村雨は口をへの字に曲げる。
「なぜって、無理だろ……普通のプランクにしとけよ。知ってるか? プランク」
「そのぐらい知っている。私は医者だぞ」
 それって関係あんのかな、と獅子神が思う合間にも、村雨は獅子神の隣に並んで身を伏せた。
「こうだろう」
「おお、そうだな」
 えらいえらい、と獅子神が褒めると、得意げな顔で本格的にプランクの体勢に入る。隣で片手片脚を上げるクロスアップをしながら獅子神は、いち、に、と数をかぞえはじめてやった。
「きゅう、じゅ……おい」
「何だ」
 十秒で充分だと思ったのか、それとも早くも飽きたのか――村雨はとっとと身体を起こしてしまう。
「せめて三十秒ぐらいはやれよ……ったく」
 そうぶつぶつと言いながらも獅子神は、何やらにじり寄るように近づく村雨を、改めて眺めやった。
 よいしょ、と獅子神の腿をまたいで、村雨はそのままかがみ込む。
「なにおま、……っと」
 のっしりと背面に重みがかかって、獅子神はぐらりと肘を突き直した。
 村雨の身体は獅子神の背面にべったりと、くっついて寝そべるようにしている。
「おい」
「降参するか?」
「なに?」
「降参。するか?」
 ピタリと身体をくっつけたまま、息と声音が獅子神の耳をくすぐった。
「しねえけど」
 甘えた悪戯に溜息をつくと、獅子神は重みを分散するように、手のひらを開いて床に押しつける。
「ただ、あんまり重てえと腕が疲れて、うまいこと料理ができなくなるかも」
……
 むぅ、と小さくうなる声ののち、村雨はのたのたと獅子神から降りた。やれやれ、と獅子神は腕を伸ばし、プッシュアップの体勢になる。隣でじぃ、とそれを見ていた村雨は、不意にぺたりと身を低くした。
 また十秒プランクでもするのか、と獅子神が体勢を変えずに見守っていると、ずり、ずり、と這って近寄り――そして獅子神の脇の下から、ぐいと身体をねじ込んでくる。
 あまりに意外で無言のまま見守っていると、痩せた薄い身体は、獅子神の胸板の下にずりずりと這い入って――そしてそこにうつ伏せのまま安住した。
……村雨先生?」
「何となく居心地がよさそうだった」
 少し身を丸めるようにして、村雨は本格的に、獅子神の身体の下に入り込む。獅子神の眼下には、わずかに頸椎の浮いた白い首が、ツートンカラーの髪の下に覗いていた。
「へえ……
 自分でも意識せぬうちに、声が漏れる。村雨の身体は動かない。
……よし」
 立てていた腕を崩し、獅子神はおもむろに――先ほど村雨本人がしていたように、村雨の背へとのしかかった。
 むぎゅ、とも、ふぎゃ、ともつかぬ声が、身体の下から漏れる。
 重い、重い、とのたうつ身体を、己の体重でさらに押しつけながら、獅子神は目の前の、薄い耳朶に向けて囁いた。
「じゃあプランクも終わったし……先生にエッチなことしちゃおうかな」
 密着した身体。
 重たく伝わる互いの熱。
 ひくり、と村雨の身体が動き――
 象牙色の耳朶に、じわり、と血色が上る。

 そして村雨は肩越しにこちらをチロリと睨んで、
……マヌケ」
 と小さな声で言った。

 自分が何秒間固まってたのか――我に返ったのは、スマートフォンが通知音を鳴らしたからだった。
 がばりと身を起こした獅子神を、さらに突き放すようにその胸板を押して、村雨の細い身体は猫のようにするりと抜け出す。
「あっ、おい、……ああ、クソ」
 通知はスマートフォンと連携させたインターホンからのもので、画面には宅配業者の制服が映っている。慌てて「今出るから」と言い置いてから、獅子神は完全に上体を起こした。
 パタパタとスリッパの音をさせて、獅子神とお揃いの――ただしサイズは下の――ルームウェアが出ていく。
「な、なぁ」
「できあがったら呼べ」
 つまりそれは、夕飯の時間まで呼ぶな、ということなのか、それとも、あんな不埒なことを言ったあなただが声は掛けてきてもいいよ、ということなのか――もたつく獅子神を置いて、姿は完全に消えてしまう。
「お、オレはなんであんなことを……
 今さら顔が茹で上がるような心地で、獅子神は立ち上がり、よろよろと階下へと――玄関へと向かう。

 頭をかきむしるような思いで、それでも見事に和食の膳を作り上げた獅子神が、さらに頭をかきむしる羽目になったのは――二階じゅうを探し回ってようやく見つけた村雨の姿が、彼の、そう、獅子神の主寝室のベッドの中で、すやすや寝息を立てていたからであった。