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アヤ
2023-06-05 21:03:52
1376文字
Public
レントキ
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キスを拒む
当てっこ大会|20230602
ソファに腰掛け、目を伏せるトキヤは静かに読書を続けている。オフの日を正しく過ごす彼の姿だった。
ふたりきりの空間は海底のような静寂に包まれる。時折、本のページを捲る乾いた紙の音が聞こえるくらい。
すっかり冷めてしまったコーヒーを所在なげに飲んでいたレンは、まだ液体の残るマグカップをダイニングテーブルの上へ置いた。集中するトキヤを邪魔せぬようそろそろと移動すると、そのまま彼の足元で身体を丸めて体育座りをする。
彼の隣は酷く心地が好い。いつからそう感じるようになったのか、正確な時期をレン自身も思い出すことはできないけれど、
……
薄いはずの雪がすっかりアスファルトを覆いつくしたみたいに、レンのうちに存在するトキヤへの感情は質量のあるものへと育まれていったのだった。
口を閉じたまま、静謐を絵にかいたような彼を見上げる。本来、静かな空間を好むおとこだ。プライベートの時間、自室にあるときは尚更。
ちらりともこちらを見ない彼に、すこしで良いから触れたいと思った。前に進むことを拒み続けているじぶんに、それが許されるのかはわからないけれど。
好きだと、そのたった数文字を口にすることがこんなにも恐ろしい。それでも内側をのたうちまわる感情は言葉にせずとも彼にはきっと伝わっていて、けれど、彼が手に入る喜びと彼と紡いだすべてを失う恐怖を天秤に掛け、皿は後者に大きく傾いている。
――
気持ちに向き合おうとすると、酸素がすくなくなって息が苦しくなる。正しい呼吸法を忘れてしまったみたいだ。
腕を伸ばす。トキヤは気付かない。あるいは、気付いたうえで素知らぬ振りをしているのかもしれない、彼らしくもなく。「
……
イッチー、意地悪しないで」
――
喉から零れ落ちる声は、じぶんで思う以上に拗ねた子どものそれと似た音をしている。
悪戯っぽく目元をゆるませて、彼は手に持つ文庫本から視線を持ち上げた。そうして「なあに」と言い慣れぬ口調で言葉を落とすのだった。やはり、意地が悪いなと思う。どうせ返事をするのなら、レンの意図をちゃんと汲み取ってくれれば良いのに。
持ち上げた腕が手持ち無沙汰だった。ゆらゆら、こっちへおいでのふうに左手を動かすと、すこしの間だけ考える素振りを見せた彼はようやく身をかがめてレンの方へ顔を寄せる。気が変わらぬうちにとレンは彼の丸い後頭部をつかまえた。そのままぐいと自身の方へ引き寄せる。
――
息が、
「
……
ダメ」
「んむ、」
――
息ができない。だから、形の良い彼のくちびるから延命措置を模した甘いキスを受け取ろうとしたのだけれど、
――
残念ながらすんでのところでおあずけをくらってしまった。すらりと長い指がレンのくちびるを押しとどめる。
「施しを求むなら、ちゃんと素直になってください」
「
……
やっぱり、意地悪だよ。お前」
「なんとでも」
ふふと笑う彼は、この状況を誰よりも楽しんでいるに違いなかった。そうやって目元をゆるませる彼がいっとう美しい存在としてレンの網膜に像を結ぶ。
呼吸がままならず、意識が朦朧とする。心臓がいつ止まってもおかしくない。そういうレンに対して
……
正しい要領で酸素を与えるも、気道を確保せず鼻を摘み、措置する振りをして止めを刺すも、すべてはトキヤ次第だった。長い間ずうっと、レンはそういう恋をしている。
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