アヤ
2023-05-22 14:22:36
2175文字
Public レントキ
 

見とれてもいいよ

20230522

※ ワードパレット『見とれてもいいよ』逸らす/時間/引力



 宙を舞う足先をぎううと丸めて、トキヤは喘ぎを含む息を吐いた。――熱気のこもる部屋のなか、レンが目を覚ました時分から数えて何度目のセックスだろうか。だらだらと続く健全とは言い難い時間を享受しながら……それでも素直に心地好く思ってしまうくらいには、身も心も目前のおとこ――神宮寺レンに絆されているらしかった。
 茹だるような暑い日だ。最高気温は三十五度をゆうに超え、記録的な猛暑日だとニュースのお天気キャスターが苦々しい表情で告げていた。そもそも、いつの間にレンは冷房の電源を落としたのだろう。互いの身体を気遣ったうえでの行動なのか、……他に深い意図が存在するのか。
 トキヤを置いてベッドから立ち上がったレンは「なにか飲む?」と甘い顔で問う。トキヤは素直に首肯した。くりかえされた行為のせいで身体を動かすことがままならず、加えて、高い室温に蝕まれ、喉がカラカラに乾いている。トキヤの返事に対して嬉しそうに「OK」と微笑んだ彼は、ベッドルームをあとにした。
 去り際、彼は部屋の窓をすこしだけ開けておいてくれたらしい。生ぬるい風がそよそよと入り込む気配がする。
 窓越しに見える外の景色は、真夏の午後そのものだった。そもそも、今、何時なのだろうか。視線を動かし、ベッドサイドに置かれたデジタル時計の文字盤を見て……トキヤはちいさく息を吐いた。
……こういうのを、サルって言うんだったか)
 脳裏に浮かぶ表現から目を逸らしたくなる。――否、それをすこしだけ楽しく思っているじぶんから、だ。
「お待たせ」
 ベッドルームへ戻ってきたレンは、手に持つグラスを差し出した。緩慢な動作で上半身を起こして、トキヤはそれを受け取ろうとしたのだけれど、……思わずぴたりと動きを止める。彼の手にあるウイスキーグラスと、そのなかに埋まる大きい丸氷。注がれた液体はどう見ても――
……レン、さすがにこのタイミングでお酒は……
「ん? ああ、ごめんごめん。ちょうど普通の氷を切らしちゃってて。中身はただの麦茶だから安心して」
「麦茶、ですか」
 それはそれで、レンの口から出てくる言葉として不自然なようにも思えた。そもそも、ウイスキーグラスと丸氷に添えられるべきものではないだろうに。
 トキヤの抱える違和感をレンも正しく受け取っているようで、「次はちゃんとした氷を用意するから」と眉を下げてみせるのだった。
……いえ、そこは大した問題ではなく」
「そうなの? なら良いけど」
 からからと機嫌良く笑い、レンは自身のグラスに口を付ける。下だけ薄手のスウェットを身につけた格好だが、それでも彼の魅力は十二分に発揮されているように思う。美しい小麦色の肌は、真夏の青空に良く映えるだろう。それなのに、鋭い太陽光から逃れるように自室に引きこもり、貴重なオフの日を消費して汗だくになりながらセックスに興じるなど、アイドル『神宮寺レン』からは想像も付かぬ姿を、彼は思うがまま曝け出しているのだった。
 ふたつめの違和感を抱えながら、――それでも、じんわりと嬉しく思う。
 レンの愛で満たされた身体が何処から腐り落ちていくのかトキヤ自身にもわからなかった。自制の効かぬ恋など経験したことがなく、けれど、これがそうなることは必然な事象であるように思える。――一度、彼に引き寄せられたら、どれだけ強く望もうと離れることは叶わない。優しい彼はその事態を良く思わないだろうけれど、……これを『恋』にすると決めた時点で、もう手遅れだ。

 手のなかのグラスはすでに薄く汗をかいている。冷房の電源が落とされ、真夏の日差しに焦がされた空間は高い温度を保ち続けていた。
 トキヤの視線の先で、レンは同じようにグラスを傾けている。嚥下のタイミングで彼の喉の膨らみが上下するさまを、トキヤは静かに見つめていた。
……足りなかった?」
 視線に、……気付かれたらしい。秘するつもりがあったわけではないけれど、なんとなく、いたたまれない心地になる。目を逸らし、首を横に振る仕草とともに、トキヤは「いえ、」と言葉を落とした。
「まだ残っているので大丈夫です」
 トキヤの返答にくつりと喉の奥を鳴らし、レンはベッドサイドのテーブルにグラスを置く。それからまっすぐに視線を絡め取って、トキヤの居るベッドのうえに膝をついた。
「そっちじゃないよ」
「っ、」
 唐突に縮まった距離に驚いて息を飲む。――初心な生娘でもあるまいに。不意をつかれたがゆえの反応ではあるけれど、なんとも言い難い気分になるのだった。こと恋愛分野において、彼は一枚も二枚も上手であるので。
「期待してる?」
 額どうしがこつりとぶつかった。悪戯好きの幼い子どものような笑みを浮かべながら、彼はサファイアの瞳の奥に隠しきれない欲の色を滲ませている。……『期待』などと。
……それは、あなたの方では?」
 彼の双眸が細められる。
……知ってるくせに」
 言って、レンはトキヤの手からグラスを取り上げた。パキリと音を立てて大きな氷がひび割れる。それが合図みたいに、レンの形の良いくちびるがトキヤのものにぴたりと重ねられ、――ふたたび、ふたりの身体はシーツの海へと沈んでいく。