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アヤ
2023-04-29 22:42:59
1973文字
Public
レントキ
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幸せな生き方
20230429
※ ワードパレット『幸せな生き方』抱きしめる/ステップ/自愛
運命の赤い糸などと。随分と初々しく可愛らしい思考だとじぶんでも思う。
きっかけなど、あってなかったようなものだ。
――
それらしい理由を無理矢理見繕うとするならば、長いあいだ恋焦がれていた愛しい彼と、晴れて恋人同士になったことであろうか。それでも、時期がぴたりと重なるわけではないのだけれど。
カフェのカウンター席に腰掛けながら街ゆくひとびとをぼんやりと眺めるレンは、彼らの小指から伸びる『赤い糸』をみとめ、頬杖をつくままちいさくため息を吐く。
――
運命に抗うことはやはり難しいものであると、赤い糸が見えるようになったレンは何度も思い知らされる。
仲睦まじく並んで歩くひとびとの多くは、互いの小指を繋ぐように赤い糸で結ばれている。『運命の相手』はこの世に生まれ落ちた瞬間から決まっているようで、『そうではない』相手を自らの意思で選んだはずのふたりが、結局最後には互いの前から立ち去っていくさまをレンは何度も目の当たりにしてきたのだった。
――
視線を落とし、自身の左手を見る。
例に漏れず、レンの小指にも赤い糸が乱雑に絡みついている。
――
まるで、運命から目をそらすなと咎められているみたい。
「
……
」
待ち人が到着するのに、それほど時間は要さないだろう。
レンの糸の先に存在する相手から「すこし遅れる」という旨の連絡を受け取ったのは三十分ほど前のことだ。新しく主演を務めるドラマの顔合わせだったようだが、相手役である女優のスケジュールの兼ね合いで幾らか時間が押したらしい。
ちょうど、コーヒーを飲み終わる頃合になるだろうか。追加の注文をするような時間はなさそうだ。そんなことをぼんやりと思っていると、
「レン」
頭のうえの方から優しい声音で名前を落とされる。
顔を上げたレンは「お疲れ様」と口元をほころばせた。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫だよ。顔合わせは順調に進んだかい?」
「ええ。撮影がますます楽しみになりました」
そう言って微笑むトキヤは、自然な仕草でレンの隣の椅子を引いた。このあとの予定をとくには決めていないのだけれど、たしかにこのままカフェで時間を過ごすのも悪くないだろう。
「あなたも、なにか頼みますか?」
「
……
うん」
ちらと。メニューを持つ彼の左手へ視線を向ける。小指に絡まる赤い糸
――
彼の指から糸を辿りすこし進んだ先に団子状のちいさな塊が見える。それをみとめたレンはうっとりと目を細め、ちいさく口角を持ち上げる。
「
――
イッチーと同じものにしようかな」
+++
運命の赤い糸。いっそ不快に思うほど、何度も何度もその存在を意識する。
隣ですうすうと寝息を立てるトキヤは、そういうレンの視線に一欠片だって気付かない。
――
当然だろう。彼には何も見えていないのだから。
昼間はたしかに繋がっていた『ふたつの』赤い糸は、今では元通り解けてしまっている。糸の繋がる先、それぞれに対する『本来の運命の相手』など、レンには知る由もなく、
――
興味もない。
互いではない誰かと繋がっているふたりの小指に絡まる忌々しい糸たちを、一緒くたに自身の右手の人差し指と中指に巻き付けたレンは、両手の指でそこから先の糸を挟み、ぐっと力を込める。
運命は案外脆いものだ。何度もくりかえした作業のなかで、レンはその事実を確信している。
ぶちり。呆気ないほど簡単に切れた二本の糸を慣れた手付きで固結びにする。はじめのうちは可愛らしく蝶蝶結びをこさえていたのだけれど、
……
あまりに簡単に解けるので、背に腹はかえられぬと見目は気にしないことにしたのだった。
同じ箇所で何度も何度も固結びをくりかえし、
――
塊になった赤い糸を見てレンはようやく安堵した。これで、またしばらくは大丈夫。
「
……
レン?」
「っ、
……
ごめん、起こしちゃった?」
もぞ、と隣の彼が身じろぎ、いつもより幾分も甘えたふうで名前を呼んだ。そうして寝惚けたさまを隠そうともせず、むにゃむにゃなにかを口にするトキヤはレンの身体の方へ自ら擦り寄るのだ。
……
糸を結びなおした直後、彼の言動がよりいっそう『恋人らしく』なることに、レンはもちろん気が付いている。
――
それを嬉しく思うべきか否かまでは、レンには判別がつかないのだけれど。
「まだ、眠っていて良いよ」
じぶんでも笑ってしまうくらい、幼い子どもをあやすような声色だった。
互いが互いにとって慈しむべき相手ではないとわかっていながら、くだらぬと一蹴されるべき感情を抱き続けてしまう。それを叶えたいと願ってしまう。
――
そのためならば、脆いはずの運命を『正しい』箇所へ結びなおすことくらい、レンにとっては造作もないことだ。
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