アヤ
2023-04-19 06:54:44
1522文字
Public レントキ
 

だって好きでしょ

20230419

※ ワードパレット『だって好きでしょ』首を傾げる/色付く/愛嬌



「あ、イッチーだ」
 きぐうだね、どうしたの?
 ふわふわと舌足らずな口調でそう続けたレンにトキヤはちいさく苦笑を零した。こちらを見つめる淡いサファイアの瞳は、アルコールの熱に浮かされどことなく覚束ない。……彼にしてはめずらしく、きちんと酔いがまわっているようだった。薄暗い店内照明でも見分けがついてしまうくらい、目元と頬のあたりが赤く色付いている。
「レン、帰りますよ」
「んー……? そうなの?」
「ええ、そうです。ほら、ちゃんとじぶんで荷物を持ってください」
「ふふ、……うん。――じゃあね、ランちゃん」
「おー」
 気ィつけて帰れよ。
 ぶっきらぼうなふうに放られた彼の言葉がやわい心地でトキヤの鼓膜を震わせる。
……すみません、黒崎さん」
 カウンターに頬杖をつく蘭丸はくつりと笑みを零し、空いている方の手をひらひらと動かしてみせた。


 だって好きでしょ


 街灯に照らされたアスファルトの道を、レンは鼻歌交じりに進んでいく。後ろを歩くこちらのことなど気にも留めぬ様子のくせに、すらりと細く長い彼の指はトキヤの手首を掴んで離そうとしない。
 いやに彼の機嫌が良いのは、意図せずトキヤと出会えたからだろう。――奇遇、だなんて。そんなことあるはずないとすこし考えればわかるだろうに。思考のゆるんだ的外れな彼の言葉を反芻し、トキヤはふたたび苦笑を零した。
 ――レンが変な酔い方をしてる。迎えに来てやってくれ。
 めずらしい相手から唐突に送られてきた簡潔なメッセージは、レンとトキヤふたりの関係が『友人以上』のものであると勘付いているからこその言い回しだったのだろうなと、今更のように思う。
 積極的に隠しているわけではないけれど、あえて公言する理由も見つからない。そもそも、言葉を尽くして他人に説明するようなものでもないだろう。――互いの胸に秘めた感情など、互いが理解しているだけで十分だ。
「イッチー」
 脈絡もなく振り返ったレンがいつくしむみたいにトキヤの名前を呼ぶ。……たったそれだけのことで心臓が疼いて仕方なくなるのだった。正しく『初めて』という言葉が冠されるふたりの恋は、アルコールに浮かされたくらいの方がちょうど良い温度を保つのかもしれない。普段はあまり見られぬ蕩けた愛嬌たっぷりのレンの表情を見つめながら、トキヤは大真面目にそんなことを思う。

 手首を掴んでいたはずの彼の指は、気付かぬ間にトキヤの指ひとつひとつに綺麗に絡められていた。普段であれば「外だから」と窘めるのだけれど、酔っぱらい相手にそれが通用するとは思えない。辺りは暗く、誰もトキヤたちを気に留めないだろう。……だから、今日くらいは。
 甘ったるい思考に満たされたトキヤの顔を掬い上げるようにレンが下から覗き込む。
「何処へ帰ろうか」
……何処、とは?」
「オレの家か、お前の家か。明日はオフだっただろ」
 あえてホテルでも良いかも。
 妙にはっきりとした物言いに違和感を覚えて顔を上げる。ひょっとせずとも、もしかして。トキヤの頭を過ぎった嫌な予感は、――彼の表情を見て確信に変わるのだった。
……レン、意地が悪いですよ」
「そう? ただ酔いが覚めただけだよ」
……
 可愛こぶるような声を出して、彼はちいさく首を傾げてみせる。トキヤが許してくれるとわかっているからだ。『惚れた弱み』? ……そこはお互い様だと思うけれど。
 随分と、甘いおとこになったよなあと思う。まっすぐ他人に身を委ねるすべを覚えた彼は、くちびるの端を持ち上げ、「お迎え、ありがとう」と微笑んだ。