アヤ
2022-12-11 10:28:01
1869文字
Public レントキ
 

雁字搦め

20221211

※ セフレ



「よく、……眠れなかったのですか」
 鼓膜を揺らす掠れた声にレンは顔を上げた。
 シーツの海のうえ、普段の彼からは想像も付かないような気だるげなさまで、頬杖をついて上半身だけ持ち上げるトキヤは嘆息混じりに言葉を落とす。服の類をひとつも身に纏っていないせいか、普段の彼より幾分も幼い印象を受けた。――薄く膜を張る瞳、透き通る白い肌、夜の海を思わせる濃紺の髪。なにもかもがじぶんとは対照的で、そのことがいっとう眩しくレンの視界に映り込む。
 ベッドに腰掛ける体勢のまま反対の手をシーツのうえにつく。そうしてゆっくりと身を屈めたレンは、形のととのったトキヤのくちびるに自身のものをぴたりと重ね合わせた。食むようにやわく動かし、開いた隙間に戯れの意味を込めてそろりと舌を差し込む。
 ……逃げるだろうな。そう思っていたのだけれど、レンの予想に反して、砂糖菓子みたいな口付けを彼は存外素直に享受した。
「おはよう、イッチー」
……おはようございます」
「目覚めのキスの味はいかが?」
 からからと機嫌の良い笑い声を零すと、案の定トキヤは嫌そうにくしゃりと表情を歪ませる。何度身体を重ねても、それ以外の時間での甘い戯れを彼はあまり良しとしない。……セックス中はあれだけ可愛くよがっているのに、なんて。まあそれは口にしない方が懸命だろう。
 重ねたくちびるの余韻をそのままに、トキヤは不機嫌を隠そうともせずぽつりとつぶやいた。
……私の質問に答えてください、レン」
「うん?」
……だから、……眠れなかったのですか?」
 彼の質問の意図が汲み取れず、レンはちいさく首を傾ける。それを咎めるようにじいっとこちらを見つめる二粒のアメジストは、窓から差し込む朝日を弾いて(はじいて)ちかちかとまたたいている。
……朝が弱いと、口にしていたでしょう」
 なのに、私といるときはいつも貴方の方が先に起きているから。
 ああ、とレンは納得したように頷いた。そういえばなにかの拍子にそのようなことをぽろりと零した記憶がある。深い意図を含まない会話のほんの一端を律儀に拾い上げ、放っておけば良いのに、そうやって丁寧に扱おうとするものだから、参ったなとレンは苦笑するしかない。同時に、そこが彼の良いところだなとも思うけれど。
 ふわりとくちびるの端を持ち上げ、わかりやすく人好きのする笑顔を浮かべる。そうして「大丈夫だよ」とレンは歌うように口にした。
……なにが」
「眠るのが勿体なくてね。美しい寝顔を堪能しないわけにはいかないだろ」
……
 ね? と片目をつむってみせたけれど、残念ながら対レディのように簡単にいくはずもないのだ。案の定、ますます嫌そうに眉間にシワを寄せたトキヤは「もう良いです」と視線をそらしてしまった。せっかく持ち上げていた身体をふたたびシーツに預け、拒絶の意志を示すみたいにこちらに背を向ける。
「あはは、怒らないでよ、イッチー」
 ――今の返答が彼の機嫌をいっそう悪くさせると、レンはもちろんわかっていた。けれど、そうだとして、正しい答えを探す行為になんの意味があると言うのだろう。
 白く美しい彼の背中に、まっすぐな背骨がぼんやりと浮かぶ。そのさまを眺めながらレンはちいさく息を吐いた。――触れたら最後、均整の取れた造形は簡単に崩れてしまいそうで。

 彼の隣でうまく眠れなくなった。孤独を思い知る一人寝の苦しさとは違う、……心臓が細い糸で締めあげられるようにギシギシと痛み、呼吸すらままならなくなる。頭のゆるいひとびとは口々に「それは恋だ」と笑うのだろう。けれど、自身のなかで育ち始めている彼に対する感情が、そんな甘い響きを含んでいるわけがないと、レン自身がいちばん理解している。
 感情を伴わない、快楽を求めるだけの甘ったるいセックスをして、余韻の滲むなまぬるいベッドでふたりで一緒に眠りについて、……魔法の解けた朝、レンの知らぬ間に彼が消えていたら? そういう関係でいることを選んでいるのは互い自身だけれど、それでもきっとレンは耐えられない。一人で眠りにつくより、たくさんのレディたちが自身のもとを去るより、ずっと。
 執着? 依存? そういうありきたりな名前を与えることさえ、正しいことには思えなかった。ドロドロと重たい色を伴い、美しい造形を簡単に塗りあげてしまう。
 だから――
……だから、お前は知らなくて良いよ)
 オレのなかに潜む、そういう独占欲じみたつまらない感情なんて、なにひとつ。