Momosei808
2024-06-04 23:25:54
3660文字
Public SD(リョ花)
 

兄のヒミツのコイビト

湘北に入学したアンナちゃん(高校一年)から見た兄と、その恋人についての話。
※リョーちんとアンナちゃんの歳の差2歳差設定です

「宮城さん、これ、お兄さんに渡して! お願い!!」

昇降口で上履きからローファーに履き替えたところで、宮城アンナは声をかけられた。
目の前には、見覚えの無い女子生徒と、彼女の付き添いのようにしている女子がもう一人いる。
入学してから2か月ほど経って、今ではだいぶ見慣れた湘北高校の制服を纏っているのは、アンナと同じだった。

アンナの前に佇む少女は、顔を真っ赤にしたまま、何かを差し出していた。
少女が両手で差し出していたそれ──可愛らしい封筒に包まれた手紙に目を向ける。
赤と白のチェック柄の封筒は、ご丁寧にラメ付きのピンクのハートのシールで留められていた。
それを見て、アンナは俄かに口を開いた。
……あーーーー、えっと、これ、リョーちゃんに?」
この高校の中で、自分にとっての『兄』は一人しか居ない。
分かり切った問いに、少女は頬を染めて頷いた。
「宮城さんのお兄さん、三年の、宮城先輩だよね……? バスケ部キャプテンの。お願い、先輩に渡してもらえるだけで良いの!!」
真っ赤な顔で言い募る少女を、アンナは改めてまじまじと見た。
真新しく見える制服は、恐らく自分と同じ一年だろう。
色白の肌に、唇に塗ったピンクのリップグロスがよく映える。
長い髪をハーフアップに結い上げている彼女は、同年代のアンナから見ても可愛らしく見えた。
そして、こうも思った。

(リョーちゃんの好きなタイプとは、ちょーーっとズレてるなぁ)

アンナが知る限り、兄の好みのタイプは、目力が強く気も強い、姉御肌だ。
高校に入ってから兄が告白してきた女子たち全ての顔を知っているワケではないが、少なくとも彼が同じバスケ部のマネージャーである女子に思いを寄せていたのは知っている。
ウェービーな長い髪のよく似合う、大人っぽい、とびきりの美人だった。
マネージャーのその人とは、アンナは既に面識がある。
アンナが中学生の頃に母と一緒に兄の練習試合を観に行って、試合終了後に挨拶をした。
その時の兄は、大層照れ臭い顔をしていた。
ぶっきらぼうに見えてその実、兄はかなり面倒見が良い。
その面倒見の良さを遺憾なく発揮してキャプテンとしている様子に、アンナ自身も面映ゆく眺めていた。

そして、分け隔てなく部員たちを鼓舞する兄の。

視線の、行く先。

その先に居た、赤い髪の──。

「宮城さん……?」

呆けたように物思いに耽っていたアンナに、目の前の少女が再び声をかける。
はっとしたように自失から返り、アンナは慌ただしく手足を動かした。
「あっ、あーーー!! そう、そうだよね!! リョーちゃんに、この手紙、渡せば良いんだよね???」
「う、うん」
「りょーかいっ! リョーちゃんにちゃんと渡しとくから!!」
そう言うと、アンナは少女の手からその手紙──兄宛のラブレターを受け取った。
その様子を見て、目の前の少女はほっと胸を撫で下ろし、傍らの付き添いの少女も、労わるように彼女の肩を叩いた。

やがて二人は足取りも軽やかに、自分たちの教室へと戻って行った。
アンナは彼女らの背中を眺めた後、手紙を大切に自分の鞄に仕舞った。

……言えなかったなぁ」

ぽつり、と呟きながら、ローファーの踵をとんとんと鳴らす。

言えない。

だって。

兄にはきっと、秘密の相手がいる、だなんて。


*******


「リョーちゃーーーーん!! 居る!?」
タァン!、と軽やかに、アンナは部屋の扉である襖を開ける。
すると、中には予想通り、今ではたった一人になった、自分の兄──リョータが居た。
彼は、狭い自室で一人、ダンベルを左右それぞれの手に持って、筋トレに励んでいた。
数か月前の卒業式に、当時三年生だった先輩から、予備のダンベルを譲り受けたらしい。
彼は最近とみに、自らの筋力アップと持久力アップ、更にはシュートの確率を上げるために、朝に夜に、部活に励んでいた。

リョータは、ノックも無しに無遠慮に入って来た妹を、じとりと見遣った。
「アンナ、入る時にはノックしろ、って、何べん言えばわかんだよ?」
ふーーー、と息を吐き出しながら、ダンベルを畳の上に置く。チャリ、と金属音が鳴って、ずしりとした重さが床に乗った。
こうして見ると、身長こそそれ程変わっていないものの、数か月前より身体が一回りほど大きくなった気がする。
そんなことを思いながら、アンナは後ろ手に隠し持っていたものを、兄に差し出した。
「はい、これ」
差し出されたそれ──可愛らしい手紙を見るなり、リョータは眉を歪めた。
………
無言のまま、妹が持って来た手紙を受け取る。
何とも言えないその表情に、アンナは声をあげた。
「なぁに、その顔~。せっかくラブレター配達してあげたのに」
「うっせーな」
兄が悪態を吐くのはいつものことだ。アンナは言葉を重ねた。
「最近、リョーちゃんモテてるじゃん。今年、ラブレター何通目? 妹さんにお願い!って言われたの、結構な回数行ってると思うんだけど」
「黙秘するわ」
「モテ期到来したんだよ? 喜ばないの??」
「別に、顔も名前もよく知らねーヤツから告られても、嬉しいとかねーだろ」
……その言葉、ブーメランにならない?」
兄のリョータは高校一年の頃、恐らくよく知らない女子にたびたび無謀なアタックをして、そのたびに撃沈してきたことは、アンナも把握している。
「うっせ!」
痛いところを突かれたリョータはそのまま、わしわしとアンナの髪を掻き混ぜた。
きゃー、と兄の攻撃から逃れるように、アンナは兄の勉強机の椅子に腰かけた。
だんだん暑くなってきたとは言え、夜は風が涼しい。
窓を開けて網戸だけ閉めた状態で、微かな夜風に当たりながら、アンナは本棚の上に乱雑に置かれた兄の小物に目を向けた。
幾つもの小物に並ぶように、写真立てが幾つか置かれている。
インターハイで、最強・山王工業との試合の後に撮られたものや、兄がバスケ部キャプテンに就任した後、ウィンターカップの直前に撮られたものもある。

それらの中で特によく目立つのは、大柄な体格が揃ったバスケ部の中でも、一、二を争うほどに大きい、その姿。

真っ赤な髪で、短髪の男だ。

カメラに喧嘩を売るような強い瞳が、こちらを見つめ返す。

写真に写ったその男を見遣りながら、アンナは口を開いた。
「リョーちゃん」
「んー?」
生返事をした兄に、アンナは重ねて問いかける。
「今日の告白の返事、どーするの?」
「告白、って決まったワケじゃねーし。……まぁ、いつもどーりなら、校舎裏とかに呼び出しとかで、そこでちゃんと相手の子に言ってやるよ」
「どんな風に?」
「どんな、って……。そんなん、お前に言う必要ねーだろ」
「『付き合えない、ごめん』って?」
「あー、そうかもな」

「『オレ、付き合ってるヤツ、居るから』って?」

何気ない会話のやり取りの果てに、ぽん、と妹から言われた言葉に。
リョータは、目を見開いた。
言葉を失った顔をして、椅子に座ったままの妹を見つめる。

妹のアンナは、茶化している雰囲気ではなく──ある意味、兄のその言葉に確信を得たような顔をしていた。
「リョーちゃんさ、付き合ってるひと、居るでしょ? それで、その人は、『アヤちゃん』じゃない」
……アンナ」
力無い兄の声に、アンナは口元を緩めた。
責める心算なんて毛頭ない。ただ、安心して欲しかった。
「別に、誰にも言うつもり、無いからさ。秘密に、してるんでしょ? 私から誰かに言ったことないから、安心して」
椅子に座ったまま、手持無沙汰に脚をぷらぷらとさせる。
「おかーさんも、知らないよ」

そう、誰にも、言う心算は無い。

……だから、花道くん、また家に連れて来なよ。コソコソしなくて良いからさ」

兄のコイビトが、同じ部の、後輩だって、いうことを。
同じ、オトコノヒトだってことを。



そのことを言った途端。
リョータは、部屋の天井を仰いだ。
低い天井を見上げて、暫く黙った後、漸く妹の方を向いた。

「──うん、分かった。ありがとな」

それから、先ほどとは比べ物にならないほど優しい手つきで、アンナの頭を撫でてくれた。


*******

オトコノヒト同士、付き合うのは結構タイヘンだ。
そのことは、当事者でないアンナにも、何となく分かる。
そういう秘密を抱えて、それでも兄とその恋人は、一緒に居る、という選択をしたのだ。

宮城家の、決して広いとは言えない家の中。
まだ自分の部屋は無く、母のカオルと共同で使っている寝室に戻り、アンナは布団を敷いてごろりと横になった。
部屋の天井から吊り下がった蛍光灯を、無為に眺める。

(リョーちゃんが後ろめたく思ってても、そう思って欲しくないな)

心で呟きながら、アンナは目を閉じた。

瞼の裏には、蛍光灯の明かりがまだ強く残っていた。


<終>