Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
溶けかけ。
2024-06-03 23:11:22
1895文字
Public
ほぼ日刊
Clear cache
小さな勇気に喝采を!
ヌヴィレットが来たばかりのフォンテーヌ。
カロレの件で喪失を恐れてメリュジーヌたちを危険から遠ざけようとするヌヴィレットと危険から遠ざけることだけが正解じゃないと教える水神フリーナの守り方の違いのお話です。
「すまないが、それは許可できない」
通りがかりにヌヴィレットの沈んだ声が聞こえた。
「そうですか
……
ヌヴィレット様がそう仰るのでしたら仕方ないですね
……
」
帰ろう、と言って数人のメリュジーヌが執務室を出ていく。その肩は可哀想なくらい下がっていた。
「
……
いくらなんでも酷すぎるんじゃないか?」
メリュジーヌたちが出ていった執務室に入って、仕事をするヌヴィレットの前に立つ。
「フリーナ殿。君は先日あったカロレの件を忘れたとでも?」
「無論、忘れてはいないさ。けれど、それとこれとは話が別だ。彼女たちの主張も碌に聞かずに否定するなんて、君らしくもない」
「人間と関わることで彼女たちが危険に晒されるのなら私は彼女たちを傷つけることになろうとも否定する」
「それが彼女たちの為だとでも?」
「
…………
そうだ。人の醜さを知り、絶望させるくらいなら私は人と関わらせないことを選ぶ」
「
……
キミの主張は分かったよ、ヌヴィレット。キミがとんでもない臆病者だってこともね」
ヌヴィレットが初めて顔を上げた。あまりの剣幕にフリーナは息を呑む。
――
怖い。怖くてたまらない。けれど、僕の役目は神様なのだから、こんなことで挫けていられない。
震えそうになる足に力を込めてしっかりと地面を踏みしめる。彼に悟られないように余裕の笑みを浮かべる。
「キミは一体、何をそんなに恐れているんだい?」
パレ・メルモニアを出て、メリュジーヌたちの姿を探す。まだ、それほど時間は経っていないはずだ。きっと近くにいるだろう。
きょろきょろと辺りを見回して、身を寄せ合ってベンチに座る彼女たちに声をかける。
「キミたち、ちょっといいかい?」
「フ、フリーナ様!?す、すみません、今退きます!」
フリーナの姿を認め、慌ててベンチから降りようとするメリュジーヌたちを制止する。
「いや、席は必要ない。僕はキミたちに少し聞きたいことがあるんだ」
「ヌヴィレットと何があったか教えてくれないかな?」
彼女たちは困ったように顔を見合わせた。
ヌヴィレットを尊重して話すことを躊躇していた彼女たちを時間をかけて説得した。それから、躊躇いがちにぽつりぽつりと経緯を話してくれた。
フォンテーヌ廷に来たときに聞いた音楽に魅了されたこと。
自分たちで楽器を作り練習を始めたこと。
そして、ゆくゆくは楽団を作りたいこと。
話し終わったメリュジーヌたちは可愛らしい耳をへにゃんと垂れさせた。
「ヌヴィレット様の言うこともよく分かります。カロレのことは私たちも残念に思っていますし
……
」
「ヌヴィレット様に従おうと思います。私たちの我儘でヌヴィレット様にこれ以上、心労をおかけしたくないんです」
フリーナは拳を握りしめる。なんだ、それは。彼女たちには自由に過ごして欲しいと言いながら、自由を奪っているのはヌヴィレットじゃないか、と腸が煮えくり返る気がした。
「待ちたまえ、キミたち
――――
諦めるのは時期尚早じゃないかい?」
キミが悲劇を恐れているのなら、僕が最高の幕引きってやつを見せてやろうじゃないか。
「なんだ、これは?」
ヌヴィレットはフリーナが今しがた叩きつけたチケットを胡乱げに見遣った。
「何って、挑戦状さ。彼女たちの芸術の尊さを分からない愚か者へのね」
「近頃、彼女たちを集めて何やらしていると思っていたが
……
なるほど。どうやら水神殿はもう一度、悲劇を上演したいと見える」
悲劇?何を言っているのだこの男は。
「ハハハッ
……
悲劇?僕たちがこれから演じるのは希望に満ちた歌劇さ。閉塞した歌劇場に新たな息吹を巻き起こすような演目を約束しよう」
一歩後退り、ターンをしてお辞儀をひとつ。
「最前列中央にて、ご来場をお待ちしております
――
天下の最高審判官様が敵前逃亡なんてしないよね?」
メリュジーヌの指揮者が最後の礼をする。静まり返った歌劇場にパチパチという拍手の音が響いた。隣を見れば、フリーナが慈愛に満ちた表情で拍手を送っていた。見様見真似でそれに倣う。二人だけだった拍手の音は一つ増え、二つ増え、やがて、歌劇場を震わせるほどの豪雨になった。口笛の音が響き渡り、人々が立ち上がる。
徐々に明るくなっていくホールで隣に座したフリーナが悪戯が成功した子どものような顔をして言葉を紡いだ。拍手の音で聞こえないはずのその声は、なぜだかはっきりとこの耳に届いた。
どうだい、僕の言った通りだっただろう?
広告非表示プランのご案内