光の幻惑を纏う。服を羽織るように。
体格に顔、服、声さえも少々空気を捻じ曲げてやれば十分に違うものになる。
主霊石があればより容易い。
『メネック』を脱ぎ捨て、『レナの使用人』を経て、執務室に入る。
中では『
領将ガナベルト』が筆を執っていた。
「戻った」
「おかえりなさいませ」
私に気付いた『領将』はすぐに立ち上がり、慇懃に礼をした。幻惑を解きながら、その空いた椅子に座る。
「変わりは」
「特にございません。ご報告すべきことはこちらにまとめてございます」
代役から報告書を受け取る。言の通り、大過なくシスロディアは回っている。
「ご苦労だったな。暫く休暇を取らせよう」
「は。しかし、ガナベルト様のご休息をお先に」
「案ずるな、休息は十分に取る。貴様も同じことが必要というだけだ。次の予定はいつも通りの手筈で知らせる」
「は」
重ねて言うと、代役は粛々と頭を下げ、退室した。
通信機に暗号で合図を送る。もう一人だけ、私が影武者を立てていることを知っている者だ。いつも通り、彼奴の変装を解き次の予定を組む準備を行っているだろう。
彼奴に使っている幻惑は顔つきを誤魔化す程度のもので、私に似せた体格や振る舞いは全て彼奴自身が身に着けたもの。
実に忠誠心の強い男だ。さもなくば影武者など務まりはしない。
だからこそ選んだのであるが。
もう一人の秘密を共有する者も同様に忠誠心に篤い。
領戦王争による利益ではなく、私個人に対する忠誠心の高さを基準とした。結託することを防ぐ意味でも重要なことなのだ。
一人だけでは増長する危険がある。二人ならば結託する可能性がある。だが三人以上ならば秘密を持つ者が多すぎる。故に、私個人に対する忠誠を持つ者を二人、が相応しい。そして私に対する忠誠と信頼を保つ術は、私の得意とするところだ。
「
……無論、報いは十分にするとも」
報告書を確認しながら、呟いた。
そうでなくば意味がない。私の目的は、レナの民を幸せにすることにあるのだから。
その為にこそ、このダナへの移住を〈王〉となって成し遂げてみせるのだ。
手早く残りの書類も確認し、文官を呼びつけ渡した。文官と入れ替わりにやってきた使用人からは、温かな紅茶を受け取る。
これで今日の『私』の予定は終了となる。ゆっくりと息を吐き出した。
この椅子にも随分と馴染んだものだ。レネギスではあまり見かけない、木製の椅子と机。
木を栽培する地区は限られているし、ある種の嗜好品ではあった。もっとも木製以外の椅子の出来は無論よいものであるから、特段木製を求める意味もなかったが。
それでもこの椅子に座った時には、帰って来た、と感じるようになったのだから、侮れない。
何より、ダナに移住をすれば、幾らでもこのような椅子を作れるのだ。誰でも、望めばこのような椅子に座ることが出来る。
レネギスの階級は絶対だ。
だが、それが資源の少なさを補う為という面は否定出来ない。レナの為に選ばれし者が多くを使い、他の者に還元する。
ダナの資源を使えば、もっともっと多くの還元が可能なのだ。星舟で運ぶのではない。木でも食料でも、目の前の紅茶でも、様々な研究の為の素材も、ダナで育てればよい。ダナへの移住を成し遂げてこそ、我らの悲願が叶うのだ。
「そう、我ら流浪の民の
――」
――――。
……、ふと、瞬きをした。
目の前には使用人の淹れた紅茶がある。湯気は既に立っていない。
……何か。自身の発した言の葉が、何だったか。
まるで、指を鳴らしたかの如く。合図を送ったかの如く。自身の口から出た筈の言葉が、断絶している。
そのまま紅茶を口に運ぶ。
まだ温い液体を飲み込むと、不可解に思っていた何かはすっかりと解けて消えていた。
なるほど、確かに疲れているのかもしれない。
だらしなく机に頬杖を突く。
メネックを装うようになってから、それらしく見えるよう取り入れた仕草だ。
机の肌触りだけは、実のところ気に入っていると言える。微かな香りも。色も。
この感触も、茶も、光のマナも、ダナにしかない。
光など無論レネギスにもレナにも溢れているのに。ダナにも夜があり、塔の外には闇があるのに。
「
……だからこそ」
だからこそ。
レナの為に。レネギスの為に。レナの民の為に。
私は頬杖を突いたのと逆の手で光の粒を遊ばせる。指先で転がる光を天へ弾くと、微かな帯を引いて集光器へと導かれていった。
その残像を目の奥に、静かに瞼を下ろす。
おやすみ、と。
記憶の中で囁く声は、家族のものだっただろうか。
――赤い、残像の、幻声だっただろうか。
19.ラブルム【頬杖】【合図】【おやすみ】
くまさんからガナベルト
画像版
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