冬灯夜
2024-02-14 20:08:42
3067文字
Public ルミナリア
 

欲しいものはいつだって

ルミナリア ガスリゼ
・バレンタイン
・18期生入学の2~3年前くらい

 騎士学校の教官室で、リゼットは書類をやっつけている。
 俺は逆向きに椅子に座り、背もたれに腕と顎を乗せてそれを眺めている。
「なぁなぁリゼットさんや」
「うるさいぞガスパル」
 幼馴染みはこちらを一顧だにせず仕事を続けている。無情。
 まあとっくに慣れたものなので、気にせず質問を続けた。
「今日、何の日か知ってる?」
「お前が騎士学校の風紀を乱す日だ」
「乱してないけど!?」
「いい大人が生徒達にチョコをせびるな、見苦しい」
 言われて、そっと目線を外した。
 そこらの女子生徒にアピールしたり、若干真面目な相談に乗ったりしていた所、通報されたのかリゼットが現れて教官室まで連行されたが為に今ここにいる。
 そう、今日はバレンタイン。
 わざわざ今日この日に、どこか浮足立った騎士学校までやって来たのは何の為だと思っているのか。
「つまり、大人に言うならいいんだよな? な?」
 リゼットは答えない。
「かわいらしいよなぁ、学生達は。手作り? 買って来る? なーんて話しちゃったり、そわそわ身形みなり気にしてみたり、わざと教室に残ってみたり」
 言いながらゆっくりと椅子ごとリゼットに近寄っていく。一気に詰めれば間違いなく蹴り飛ばされるので、慎重に、じりじりと。
「と、いうわけで。普段から何かと苦労して頑張ってるガスパルさんに労いと愛のチョコレートくれてもバチは当たらないと思うんですけど如何ですかね」
 そこそこの距離まで近付いて主張してみれば、リゼットはようやくこちらに目を向けた。
「勝手に書類を見るな」
 いや見てるのは書類じゃなくてリゼットだけど!
「ってかここに俺を連れてきたのお前だろ!」
「お前を野放しにする害を防いだまでだ」
 離れろ、と手で示される。どうせ見られて困る書類は扱ってないくせに。
 俺は動かずリゼットの顔を見つめ続ける。諦めるにはまだ早い。
 暫しの後、リゼットは短くため息を吐いた。そしてこちらに鋭い視線を投げかける。悲しいかな、咄嗟に椅子ごと一歩分退いてしまった。
「休憩する。ホットミルクを貰って来い」
「ホットミルク? だけ?」
「そうだ」
 珍しい。コーヒーや紅茶でなくホットミルク。リゼットは、胃でもやられてるのかと首を傾げる俺からとっくに視線を外していて、書類を分類しながらまとめている。
 ……仕方ない。
「じゃあちょっくら食堂行ってくる」
「ああ。……生徒達に妙な声を掛けるなよ」
「はいはい」
 労いどころかパシられて挙句釘を刺される。バレンタインとは一体……
 思わず遠くを見てしまったが、ともあれ食堂に向かう。
 いやまあな? 別にそこまで期待してたわけじゃあない。
 幼い頃はチョコに限らず手作りの菓子やパンを、アニエスと二人でくれたりしていた。まあバレンタインの意味そのものより、単純に誰かに何かを渡すイベントの一環だったような気がするが。
 軍に入ってからは止んだ。それどころじゃなかったというのと、バレンタインの意味付けがシルヴェーアの方がより「恋する乙女」的な側面を強調するイベントだった、というのも多分にある。それでも何となく幼い頃を引き摺って、バレンタインだとは言わずにパンを寄越してくることはあった。
 それから俺がマイシュに行って。リゼットが騎士学校の教官になって。
 こちらに戻ってから何年かは全くナシ。俺が居ないだとか、リゼットにその気配がないだとか。
 色々あった。ありすぎた。日常の隙間をすくい上げる余裕なんて失くすくらいには。
 けれど教官として年数が経って、こうして毎年浮かれた空気に接する内に、リゼットの態度も多少は軟化して。
 だから少しだけ、欲を出してみた。
 お前もさ、軽い気持ちでイベントに乗って、楽しんでもいいじゃないか。俺だって、あの頃お前達に貰ったものがどれだけ甘くて美味かったか、未だに覚えてる。
 ……なんて、ちっとも伝えられちゃいないけど。
 己の臆病さに、ため息混じりの自嘲が零れた。


 言いつけ通り誰にも声を掛けず、ポットにホットミルクを調達して教官室に戻る。リゼットはカップと小瓶を二つずつ用意して待っていた。書類は綺麗に片付けられている。
 仕事机ではなく、来客用に備えられた小さなテーブルとソファに座るよう指示され、大人しく座る。リゼットは上品な佇まいの白い小瓶を開け、中から焦げ茶色の粉をカップに入れた。そこにミルクが少しずつ注がれて、ほんのりと香ばしい香りが立つ。
「ココアじゃん」
 甘いもの、そりゃリゼットも嫌いじゃないだろうが自分で用意するほど好きかというと。つまりこれは、リゼットがわざわざ――
「貰い物だ。お裾分けしてやる」
「お、おう」
 わざわざ、ではなかった。いや待てじゃあ誰から貰ったやつだよこれ。バレンタインのこの時期に? というか俺がお裾分けされていいやつなのか?
……貰い物って誰から?」
 くるくるとココアとミルクを混ぜているリゼットに、小さな緊張を悟られないように問う。
 俺の前にカップとスプーンを置いて、リゼットは答えた。
「パトリシア校長だ」
「あー……ああ、そりゃありがたく頂くしかねえな……
 あの人結構甘いもの好きなんだよな。思わず肩から力が抜ける。
 肩透かしを食らったような、パトリシア校長からなら実際それはそれで貴重なような。
「感謝しておけ」
「帰る前に校長室寄るわ」
 何となく気が抜けてソファに深く背を預ける。自分の分も作り終えたリゼットが、飾り気のない透明な小瓶とスプーンをテーブルの中央に置いた。
「砂糖は自分で勝手に入れろ」
 言いながらリゼットは自分のカップにさっさと砂糖を投入している。その量を目安に、俺も自分のカップに砂糖を混ぜた。リゼットと共に一口。
……お上品な味がするな」
「もう少しマシな語彙はないのか」
 実際、そこそこいいお値段のやつじゃなかろうか。白く滑らかな陶器の小瓶には、蔦のような模様が描かれている。
 もう少し甘味を入れようと手に取った砂糖の小瓶とは大違いだ。こっちはそこらの空き瓶に適当に詰め替えただけ、のように見える。
……あー」
 思わず手を止めて、まじまじと砂糖の瓶を眺めてしまった。そうか。
 つまり、用意してきたのだ。わざわざ、この部屋に、リゼットが。
 台所など備えられていない教官室での飲み物は、食堂から持って来る一択だ。手を加えるのも食堂で行う。ココアだって、持ち込んだ上で砂糖は食堂のものを利用すればいいのだ、自分だけで飲むのなら。
 そこまで考えて、勝手に口の端が持ち上がる。
「何だ」
 じとりとリゼットがこちらを睨めつける。
 砂糖を追加して瓶を置いた。
「いや。……甘くて美味いな」
……そうか」
 ならいい、とリゼットは自然に目を逸らして、カップを傾けた。
 持ち上げたカップを両手で包むと、じんわりと温かい。微かな湯気の向こうには、何でもない顔をしたリゼットがいる。
「ありがとな」
 リゼットは眉を一度跳ねさせて、だが何も言わずに再びココアを啜った。
 さり気なく、がいいんだろうけれど。今年のホワイトデーは張り切ってしまう気しかしない。
 あったかくて、甘くて美味い。
 湧き上がる笑みを悟られないよう、カップで隠しながらココアを味わうことにした。



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