冬灯夜
2024-02-11 22:41:55
2907文字
Public ルミナリア
 

解かず結び

ルミナリア リュシヴァネ
・リボンを贈る話

 じっ、と視線を感じる。
 任務の合間、火を熾して休憩がてら食事を摂っているのだが、副官殿の視線が何故か突き刺さり、リュシアンは目を遣った。
……どうかしましたか?」
「あ。も、申し訳ありません、不躾に」
 ばちりと目が合って、ヴァネッサは慌てて頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、何か仰りたいことがあるのかと思いまして……
 責めるつもりは毛頭なく、柔らかく聞こえるように意識して問う。
 ヴァネッサは一瞬言い淀んだ後、口を開いた。
「その……髪を、気にされているようでしたので、つい」
「髪……ああ」
 今まさに、無意識に髪へ伸ばしていた手を止める。
「暫く任務が続いて整えるのが疎かになっていましたね。お見苦しくて申し訳ありません」
「いえ、そんなことは! ただ、食事はしにくいのではないかと」
 慌てて、だが気遣わしげに言い添えるヴァネッサに苦笑する。
「まあ、支障が出るほどではありませんが、多少は煩わしいかもしれませんね」
 手をやっていることに気付かない程度には問題がないが、無意識にそうしていた程度には気に障っているということだ。
「ですが、騎士学校に戻るのも髪を切るのももう少し先になりそうです」
 共に任務を遂行した後だが、ヴァネッサは騎士学校に帰還し、リュシアンは別の任務に就く予定だ。
「そうですね……私が整えて差し上げれればよいのですが……正直、自信はありません……
 不甲斐ない、と言いたげにヴァネッサは顔を伏せる。
 ヴァネッサは、自身は不器用でセンスにも自信がない、と思っているように見える。リュシアンはそう卑下するものではないと思っているのだが。
 褒めてもイェルシィのおかげですだとか、マクシムがよい店を教えてくれましてだとか、この間のリュシアンを参考にしてみましただとか。一応、照れながらも言葉自体は受け取ってくれるので、ひとまずはそれで呑み込んでいる。
「まあ、ハサミも時間もありませんから。本当に邪魔になる前には帰還できるようにします」
 いざとなれば自分で切る時間くらいは捻出しよう。無論、自分で整えられるようにするのも迅速に任務を達成して帰還するのも、どちらも出来るに越したことはない。
「そう、ですか……
「ええ。ご心配ありがとうございます」
「いえ」
 今回は狩った獣の肉とハーブを合わせて焼き、糧食用に硬く焼いたパンと共に食している。小型の獣だったので十分に食べ切れそうだ。帰ったら温かい紅茶を飲みたい。
「そうだ、リュシアン」
 黙々と食べ進めていたヴァネッサが、はっと気付いたかのように声を上げた。
 小さなポーチの中から何かを取り出し、リュシアンに見せる。手の平の上にあるのは、一本の明るい緑色のリボンだった。
「これは如何でしょう。食事の間だけでもまとめておけば楽なのではないかと」
「よろしいのですか? ヴァネッサさんの私物でしょう?」
「はい。お役に立つのでしたら」
 ヴァネッサとリボンを見比べる。
「では、お言葉に甘えてお借りします」
 受け取ろうと手を出す――その前に、ヴァネッサは立ち上がってリュシアンの後ろへ回った。
……ヴァネッサさんが、手ずから結んで下さるんですか?」
「そ、それくらいなら私でも出来るかと。人にするのはあまり経験がありませんが……
 失礼します、との断りの後、そっと髪に指が触れた。恐る恐るといった手つきが何とも微笑ましくて、温かい。
 軽く全体を梳いてから顔の横に垂れている髪をすくい、後ろに流し、リボンでまとまる。髪が引っ張られ縛られている感覚は心地よかった。
「どうでしょうか……?」
「ええ、随分と気にならなくなりました。ありがとうございます」
「でしたら何よりです」
 安堵の息を吐いてヴァネッサは座る。大仕事を終えたかのような、すっきりとした顔だ。
……ところで、どうでしょう。似合いますか?」
 問いかけると、ヴァネッサは目を瞬かせた。
「ええと……形はともかく、リュシアンの眩い金色に鮮やかな緑が馴染んで、よくお似合いだと思います」
「そうですか」
 思わず笑みが零れる。
 恐らくこれは、イェルシィが選んだのではないかと思う。二人はよく買い物にも連れ立っているし、装飾品や日用品の色を選ぶ時、髪や瞳と合わせるのも定石の一つだ。きっと自分でそうしたのではなく、友たる彼女が色を選んだのだろうと想像がついた。
「それでは解くのは惜しいですね。せっかくヴァネッサさんが結んで下さって、似合ってると仰ってもらえたのですから」
「えっ。い、いえ、そんなに長くもたないと思いますし、任務中に解けてはかえって邪魔になりますから!」
 ヴァネッサは慌ててパンを取り落としそうになる。それをしっかり受け止めて、ぶんぶんと手を振っている。
「ふふ。大丈夫ですよ、落としたりせずにちゃんとお返ししますから」
「そういうことではなく……
 ヴァネッサは眉根を寄せつつ、手に持ったパンを口に押し込む。困りながらも食事はきちんと摂る、真面目な副官殿だ。それに倣ってリュシアンも残りの食事を口にした。食べる者こそが戦える。
 二人共に食べ終わり、火の始末をして別れ道まで進む。その間、もの言いたげな視線を感じたが、リュシアンは涼やかに笑うだけに留めた。
「あの、リュシアン、そのリボンですが」
「ああそうそう、ヴァネッサさん」
「はい」
 さり気なく遮って声を掛けると、やはり真面目な顔でヴァネッサは返事をした。
「この色、似合うと仰ってくれましたね。他の色はどうでしょう? 例えば、黒は」
「黒、ですか……そうですね、黒ならリュシアンの髪がよく映えると思います。あなたの色とは真逆ですから、互いに引き立てるのではないかと」
「そうですか。嬉しいですね」
「あの、想像ですので、本当に合うかは他の者に見てもらった方がいいと思いますが……
 リュシアンの深めた笑みに、ヴァネッサは自信のない声で言う。
「いえ、私もきっと似合って……似合うといいな、と思います」
 笑ったまま答えると、ヴァネッサはひとまず頷いた。
「では」
「お気を付けて。ご武運を」
「ありがとうございます。ヴァネッサさんもお気を付けて」
「はい」
 真っ直ぐに自分を見つめる緑の瞳に、リュシアンは目を眇めた。
「今度お礼をしますから、どうかお楽しみに」
「そんな、お気になさらず」
「私がしたいのです。よろしいですか?」
……あなたがそう仰るのであれば」
 帰還後の約束を取り付け、ヴァネッサと別れて歩き出す。
 お礼は勿論したい。だって、お守りをもらったような心持ちなのだ。
 いつも自分を真っ直ぐに見つめてくれる、背筋を伸ばしてくれるあの瞳が、こうして今も自身の傍にあるのだから。
 無様など見せれるわけがないし、怪我も以ての外。
 疲れなどすっかり吹き飛んで、リュシアンはしっかりとした足取りで歩を進めるのだった。



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