「よう、リゼット」
学内の廊下で手を上げる。が、リゼットは眉を顰めたきり、何も言わない。
いつもなら「またか」だの「何の用だ」だの、酷い時には「暇なのか」だの、とにかく何かしら返事はしてくれるというのに。
「
……おーい? リゼットさーん?」
目の前でひらひらと手を振ってみても、眉間のシワが深くなるばかり。
何だよ、何かしたか?
最近の記憶を探ってみても心当たりがない。というかここ最近は鬼畜上司に仕事を振られまくって騎士学校に来たのも久々だ。
……任務でニアミスはあったけど。いやだからって悪い結果にはなってない。筈だ。
などと考え込んでいる内に、リゼットは長いため息を吐いた。
「来い」
襟を掴まれ、容赦なく引っ張られる。そのままリゼットは歩き出したので体勢が崩れた。
「うわ、ちょ、おい、何だよ!」
「お前がいると騎士学校の風紀が乱れる」
「今日は誰にも声掛けてないんだけど! っつかどこに向かって
……おい、リゼット、リゼットー!?」
黙れと一喝されて連れて来られた先はリゼットの部屋だった。
隠れ家以外に拠点を持たない俺にとっては、随分馴染んだ場所でもある。
「一応確認するが、どうしても、どうしても緊急でやらなければならないことはないな? ないから来たんだな?」
「お、おう
……」
睨めつけられながら問われれば、頷くより他になく。
そうか、と呟いたリゼットは掴みっぱなしの襟に一層力を込め
――脚を掛けられて投げ飛ばされた。
「おわぁ!?」
咄嗟に受け身は取れたものの、見事にベッドの上に転がされてしまう。
「おま、何す
――」
ぼふん、と顔面にブランケットが被さって、起き上がろうとしていた身体が止まる。
ブランケットの中から顔を出すのと、リゼットがベッドの端に座ったのは同時だった。
「何だよ、これどういう状況?」
「寝ろ」
「だからどういう」
「うるさい、いかにも寝てませんという顔をしておいて」
……。
そんな顔してたつもりはないのに。
「
……一応、お仕事あんだけど」
「緊急のものはないんだろうが」
「お前、言質取るようなやり方しやがって」
「大体、こういう状態になったのにお前が妙な茶化しをして来ない時点で限界が来てる」
いやそれは、俺だって常に「きゃーリゼットさんたら情熱的ー」なんて茶化しをするわけじゃないっていうか。そもそも廊下で会っただけで判断しただろお前。
…………何でバレちまうかなあ。
思わずため息を吐くと、再びブランケットが顔に被された。
「あの、俺もしかして窒息させられようとしてる?」
「さっさと寝ろ」
目にブランケットの上から的確に手の平が当てられた。
ブランケット越しの薄っすらとした光も遮られ、リゼットの手の平の温度だけが伝わってくる。
お前の仕事は、なんて問う前に、ぐんと身体が重くなる。とろりと瞼が落ちて、急速に眠気が全身を支配していった。自分の呼吸がゆっくりと、深くなっていく。
少ししてブランケットがそっと動かされたが、閉じた瞼を開ける程の光には感じなかった。
その光がふと暗くなった。額にほど近い髪に、柔らかな何かが押し当てられる。
「おやすみ、ガスパル」
その正体を考える前に、静かなリゼットの声がして。そのまま導かれるように、あたたかな眠りの中に落ちていった。
画像版
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.