「1、2、3、1、2、3」
三拍子を刻みながら、ステップを踏む。
「前、左、左、後ろ
……どわっ!」
拍子に合わせて呟いていたマッキ先輩がたたらを踏んだ。
「うう
……すまない、イェルシィくん、足を踏まなかったか?」
「だいじょーぶですよー」
そう答えるが、マッキ先輩は手を離し、長いため息を零しながらその場にしゃがみ込んだ。その周りをトトがくるくる回る。マッキ先輩には見えてないけど。
「やはり、ダンスは僕には
……」
「えー、この前は踊れてたじゃないですか」
「あれはオルタンス嬢が上手いからであって、僕の実力ではない」
ちょっぴり、む。
あたしとのダンスじゃダメですか、と、らしくもないネガティブな言葉が出かけて引っ込む。
「うーん。でもマッキ先輩、これまでだって上手な人と踊ったことありますよね? 舞踏会に限らなくても、ダンスの先生だって上手な人ってことになるでしょ?」
「それは
……」
空を仰ぎ、考え込み始めたマッキ先輩をじっと見つめる。
マッキ先輩のダンスは決して下手じゃない。あの日の舞踏会は勿論、今の練習の間だって、基本は全部覚えているのに体が硬くなって動きが悪くなっているように見える。
だから。
「ダンスをする時の気持ちの違いじゃないかなって、あたし思うんですよね。周りの人のことを気にしてるか、目の前の人のことを気にしてるかっていう感じの」
悪い意味で緊張するような時だったり、張り切り過ぎて空回りしたり。多分そういうことのように思える。
あの舞踏会では、きっと周りなんて関係なかった。ただ、目の前の人に一生懸命で。他のことなんて入り込む余地もなかったから、上手く嚙み合って本来の実力が出せたんだろう。
「
……そう、か。僕の気持ちか」
マッキ先輩の目があたしに向いた。爽やかな色だなあ、と思う。
「アセルマン家の者でありながら、ダンスの一つも出来ないと思われるのは恥だと
……周りを気にしているというのは、確かにキミの指摘通りかもしれない」
ゆっくりと立ち上がったマッキ先輩の顔には、自嘲めいた笑みが浮かんでいる。
「
……じゃあ、あれですね! 今ここにはあたしとトトしか居ないし、緊張することないですよっ」
「あれってどれ? じゃなくて、いや緊張するからね!」
あれってどれ、はあたしも思ったけど。
それより、マッキ先輩にとってあたしは“緊張する相手”なのか。そか。失敗を咎めるような、マッキ先輩を緊張させる誰かと同じなのか。
……ああ、さっきのネガティブ。あたしはそれが、何だかちょっぴり悔しくて悲しかったのか。
「あたしはほら、こんなゆるゆる~ですから! マッキ先輩もゆるゆる~でだいじょーぶですって!」
「緊張しないわけないだろう!」
明るくいつもの調子で言ったのに、マッキ先輩は強く断言した。広げた手が固まる。
せめて顔には出さないように、と踏ん張ったことは幸いにして気付かれなかったようで、マッキ先輩は帽子を目深に下ろした。トトがマッキ先輩とあたしを交互に見ている。
「
……大事な後輩の前だ、格好良くいたいと思うのは当然じゃないか」
ぽつり、と。マッキ先輩の小さな声に目を丸くする。
「あの舞踏会の日、キミとリュシアンが羨ましかった。すぐに馴染んで社交し、見事に役目を果たしていた。それに比べて僕は、と落ち込んだものさ。今日だって折角付き合ってくれているのに格好の悪い所ばかりだ」
そんなことない。マッキ先輩はいつだって一生懸命なのに。
マッキ先輩は俯いて、何か言いたいのに上手く言えるか分からなくて、でも、それでも言いたくて。
口を開こうとした時、マッキ先輩は顔を上げた。ふ、と苦笑する。
「すまない。後輩にこんな愚痴を聞かせるなど
……忘れてくれ」
「そんなことない!!」
「ひょえ!?」
あたしの咄嗟の大声にマッキ先輩は飛び上がった。トトも飛び上がった。
「マッキ先輩はね、かっこいいんです!」
「え、ちょ、キミ、僕の話聞いてた?」
「自分の弱点
……と思ってること、かな。そういうの見せてくれるのって勇気のいることだし。あたしは見せてくれるのが嬉しいし! それに、マッキ先輩はいっつも立ち向かうし、あたしやトトのこと助けてくれるじゃないですか!」
マッキ先輩のことを凄いなと思うのは、そういう所だ。何があっても立ち向かう。足を止めたように見えてもまた顔を上げる。トトのことを半信半疑に思ってた時でも、否定はしなかった。マスコットを失くした時、ずっと最後まで探してくれた。
他にもいっぱい、いっぱいあるのに、溢れ出たほんの一部しか言葉に出来ない。
ぽかん、と目と口を開いていたマッキ先輩は、やがてほんのりと顔を赤く染めた。
「き、キミねえ!」
「なんですか!!?」
「何でもないです!! いや何でもなくないよ!!」
はあ、と吐き出した息が二つ。
うん。あたしもマッキ先輩も落ち着いた。とりあえず。
「
……えっと、じゃ、練習続けます?」
「続ける?」
「あ、うん、そうだね
……」
トトが嬉しそうにあたし達の靴にかわいい手をタッチした。あたしとマッキ先輩の背を高く見せてくれるかっこかわいい靴。
「お揃いですね」
「ん? 何が?」
「靴。あたしもかっこよくなりたいから、お揃い」
に、と笑って見せる。マッキ先輩はむぐぐ、と唸った。なりたい自分っていうのは、どうしてこう遠いのかなあ。
手を取り合って、再び三拍子を刻む。ゆっくりとステップを踏む。さっきよりマッキ先輩の手は温かい。
「イェルシィくん」
優しい声色で名前を呼ばれる。
「僕の方こそ、キミに助けられているよ。今日のことも、オルタンス嬢の駆け落ちの時も
……いや、改めて考えてみると、キミが入学した時からずっとだな。先輩としては情けないことこの上ないが
……共に戦う仲間としては、とても心強い」
今日の空のようなマッキ先輩の瞳が、あたしを見て微笑んだ。
「ありがとう、イェルシィくん」
透き通って青い。そこに映るあたしは、何だかまあるく見えて。
「おはよう、マッキ先輩」
「何で今!? もう昼が近いし最初に挨拶したよね!?」
「おはよ、マッキ!」
「トトくんまで!?」
トトは三拍子に合わせてくるりくるりと回って舞う。
あたし達は笑いながらワルツを踊る。
だって、何だか、はっと目が覚めたような気がしたから。マッキ先輩の瞳に映るあたしは、おひさまのように見えたから。
……なんて、烏滸がましいけれど。マッキ先輩にもそう見えてたらいいなって、思ったのだ。
18.ザクースカ【靴】【ワルツ】【おはよう】
杳(ハル)さんからイェルシィとマッキ先輩
画像版
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