花を贈ろうと思う。
あなたに似た優しい花を。
*****
秋の穏やかな午前、空は晴れ。
ハルルの花は季節を過ぎて、随分落ち着いた色合いになっていた。
春の頃は淡紅色で
――この地を好むエステリーゼの髪色に、よく似ている。
元気だろうか。土産を懐に確かめて、樹のある丘へ足を向けた。
世界の変革から一年と少し。騎士団とギルドの折衝で帝都とダングレストを行き来する俺は、度々この街に寄っていた。
別に花見だサボりだというわけではない。エステリーゼがいるからだ。
……いやそうじゃない。そうじゃなくて。
エステリーゼは当初は城で、今は小さな家をハルルにも構え、帝都と行き来して政務を行っている。故に、どうせ二人とも往復するのだから、と時々ヨーデル陛下に護衛代わりに使われているのだ。
もっともまだハルルに戻れることの方が少なく、大半は今まで通り帝都で暮らしているのだが。
「
――出かけた?」
「うん」
思わずオウム返しに反芻すると、目の前の子供たちはてんでバラバラに頷く。
丘の上にエステリーゼはいなかった。家を訪ねてみてもいなかった。
再び丘の上まで戻って、遊んでいる数人の子供たちに訊いた結果がこれだ。
どうでもいいいが、「あ、おじさんだ」「時々お姉ちゃんと一緒に来るおじさん」「おっちゃん、お姉ちゃんに会いに来たの?」と口々に言われ、微妙に傷心な俺様である。
おかしい、おっさん言うのも言われるのも慣れてる筈だが、幼い子供たちに何気なく言われる「おじさん」の響きが、何故にこうも突き刺さるのか。
それは一旦横にやり、頭を掻きつつ独り言ちる。
「ここでお前さんらと遊んでんだと思ったんだがなあ」
「今日は来てないよー」
エステリーゼは大抵、ここで子供たちと絵本を読み、遊び相手にもなりながら休みを過ごしている。もちろんそうでないこともあるだろうが
――今日は、約束があった。
つい昨日、一人でハルルに戻るエステリーゼに、俺がダングレストへ戻るのは次の日だと話したら、
『じゃあ明日、待ってますね』
と笑顔で言われた。
うんまたねと何気なく答えて、
……ちょっと待て、これは約束と言えるのか?
そうだ、よく考えれば、はっきり『会おう』と言葉にはしていない。時間も下手をすれば場所さえ不明瞭なまま。
通るなら顔を見せてくださいね、とか。その程度の軽い社交辞令であって、積極的に会おうという意図でなかったのかもしれない。
けれど、だ。仮にも『待ってる』と口にしたことを、他ならぬ彼女が違えるだろうか。
エステリーゼは、何かを隠すことはあっても無意味な嘘は吐かない。
少なくとも今日、俺がハルルを通ることは間違いないのだ。それを分かっていて、待っていると言ってなお、どこかに行くだろうか。行くとしたら
――それは、何か緊急の事態なのではないか。
数秒の間に思考する。まさか。
「嬢ちゃん
……エステル嬢ちゃんからどこに行くとか聞いてないかい?」
問う声が少し掠れる。
「おれ、知らない」
「ここ来たらもうお姉ちゃん居なかったよ」
子供たちは顔を見合わせ、確認する。その中で十になろうかという少女が、あたし聞いたよ、と口を開いた。
「えっとね、あさ、お姉ちゃんがお出かけする時に会ったの。エフミドの丘に行くって言ってた」
エフミドの丘は、景色以外に何もない。その景観もヘラクレスに撃たれて以降、時折崖崩れも起こる。
通り道にするのではなく、エフミドの丘そのものに?
聞けば朝も朝、早朝だったらしい。今は昼に差し掛かろうという所。まだ、戻らない。普段、俺が寄る時間よりは確かに早いが
――……。
「何の用で?」
「わかんない」
「そーか。あんがとね」
軽く少女の頭を撫でてやると、傍らの少年が首を傾げた。
「おじさん、なんも聞いてないの?」
「ああ」
「なんで?」
「ん?」
何でとはそりゃまた何で。
「会う約束してんだろ?」
「そりゃあ」
そうだと言い切れず、語尾を濁す。
「おっさんがふらっと立ち寄っただけかもしれないのに、よく断言できるなあ少年」
「だってお姉ちゃんと一緒に来るか、約束したかの時以外、おじさん来ないじゃん」
思わず少年を凝視してしまう。
言葉の出ない俺に構わず、なあそうだよな、と少年は周りの子供たちに同意を求める。
「うん」
「おじさん、遊びに来たことはないよね?」
「そうかも」
「だろ。で、お姉ちゃんが今日用事あんなら、それ約束してるおじさんに言わないわけないと思うんだけど」
――なんで?
少年は純粋な疑問を浮かべて、俺を見上げている。
子供というやつは、時々こうして大人の意識しない部分を突いてくる。
エステリーゼは約束を軽く破ったりしない。だから事前に用事があるのがわかっていれば、それを伝えた筈、という推測はごく当たり前だ。
「まあ
……昨日の今日、だからなあ。時々、そういうこともあんのさ」
「ふうん?」
適当にごまかせば、分かったような分からないような、微妙なそぶりで頷かれた。
「まあ、ともかくありがとさん。もしおっさんより先にお姉ちゃんが帰って来たら、待ってるように伝えてくんない?」
「いいよー」
「分かった」
最初に問うた時のように、子供たちはばらばらに応える。
軽く手を振って、二往復目の坂道を下ることにした。
歩きながら、小さくため息をつく。
……子供というのは本当に厄介だ。
エステリーゼがいなければハルルには来ない。護衛があるから、ハルルに来る。約束があるから
――エステリーゼに会いに行ってもいいのだと、そう、理由をつけている。
こんな言い訳を見抜いたわけではなかろうが、見事に、無自覚に、ざっくり刺してくれたものだ。
逃げるように空を見上げれば、真上に日が差し掛かる。
エステリーゼが出掛けたのは朝。今はもう昼になる。
エフミドの丘で何をしているのか。何か、起こって帰れなくなっているのか。もし何かあったら。
ああ、だめだ。どくどくと嫌な音がする。
急かす鼓動のままに、自然と足は走り出していた。
エフミドの丘に着いた時には、すっかり息が上がっていた。それでも足を緩める気にはなれず、細い山道を見回しながら登る。
どこだ。
流石に息が持たず、一度立ち止まって大きく吸う。
「っはあ」
吐き出して汗を拭い、顔を上げると、白いものが目の端を掠める。もしやとそちらへ足を向けた。
道から少し外れると、一気に視界が開けた。木々が切れ、ちょっとした広場になっている。
その中心に、白い裾をふわりと広げた後姿。淡紅色の髪は動くこともなく、何かを一心に見つめていた。
「嬢ちゃん」
「え?」
さほど大きな声ではなかった。けれどエステリーゼは、振り返った。
俺を認めるや、ぱっと笑顔になる。
「レイヴン!」
立ち上がって、そのまま俺の方へ真っ直ぐ駆けてくる。
怪我はないようだ、いや、その前にその手のものは、
「嬢ちゃ
――」
勢いよく飛び込んでくるエステリーゼに、反射的に手を伸ばした。そしてまた反射的にその手を止めて、だがエステリーゼは止まらない。
「はい、レイヴン」
差し出されたそれは
――紫の、釣鐘型の花を結わった花束だ。
http://privatter.net/i/1042976
何故ここに、と問うはずだった。
怪我はないか、何かあったのか。ひとりで危ないだろう。
そのどれもが形にならず、ただエステリーゼと花束を見つめた。
エステリーゼは、嬉しそうに、とても嬉しそうに笑っている。
随分経ってから、中途半端に伸ばした手をゆるゆると落とした。
「
……嬢ちゃん」
「はい?」
ようやく絞り出せた声に、エステリーゼは首を傾げる。
「なに、してるの?」
「花を摘んでました」
うん、それは、分かった。
「なんで」
今日、会うつもりはなかったのだろうか。
「レイヴンにこれをあげたくて」
「え」
目が丸くなる。
数本まとめられた紫の花。きちんと白い紙でくるまれて、大きなリボンで束ねられている。
しっかり準備をしてここに来たのは明白だった。
「俺に?」
「はい。受け取ってくれますか?」
朝から出掛けたのも、用意をしたのも、俺のために。
落とした手をまた、ゆっくりと持ち上げる。
「
……そりゃ、もちろん」
「よかった」
花束を受け取ると、エステリーゼは満足げに頷く。
「嬢ちゃん、今日さ、待ってるって言ってたよね」
「はい。
……あ、ごめんなさい、待たせてしまいましたか」
「や、まあ、
……心配したよ」
「ごめんなさい
……もっと早くに戻るつもりだったんですけど」
「いや、おっさんが早く着いちまったからさ」
一転、しゅんと俯くエステリーゼに慌てて首を振る。
無事ならいい。
ようやく落ち着いた心臓に、言わない言葉を落とす。
そこはかとない居心地わるさを誤魔化すように、花びらを指でいじる。
「でも、なんでおっさんに花を」
正直、似合うようなもんでもない。そもそも贈られる理由が分からない。
「あげたかったからです」
「ええ、いやそれ理由になってないっしょ。別に特別な日でもないし」
「なってますよ。わたしが贈りたいと思ったから、以外に理由はありませんし」
つまるところ、気まぐれ、なのだろうか。
この様子ではこれ以上問うた所で、はっきりした答えは返ってきそうにない。
「レイヴン、この花のこと、知ってます?」
「ん? いや」
たまに見かける花だが、特に気にしたことはない。花言葉なども知らない。唯一知る花は、赤いあの花だけ。
「これ、日が当たらないと咲かない花なんです。天気がよくて、開けた所じゃないと」
「へえ」
「一本一本、真っ直ぐに咲くんですよ」
エステリーゼが、柔らかく微笑んだ。
どくりと、心臓がまた音を立てる。
「レイヴンに、この花を贈りたかったんです」
それは、偶然見つけたから摘んだのではなく。
偶然俺がいたからでもなく。
「
……おれに」
俺のためにと、選んだ花。
「はい」
淡紅の髪が風に揺れる。
花束を抱えなおすと、懐の土産に当たってかさりと音がした。
「
……ありがとう、嬢ちゃん」
不意に胸の奥から熱いものが込み上げる。
花を贈ろう。
花のような優しいきみに。
そうだ、白い花がいい。赤でも紫でも淡紅でもない、その色を。
きっときみによく似合う。
深く、強く、そう思った。
*****
花を贈ろうと思った。
あなたに似た優しい花を。
きっとあなたはこの花の名前も知らないでしょう。
だからどうか、込めた想いだけ、花束と一緒に受け取って欲しい。
優しく笑ってくれたあなたに、わたしもまた笑い返した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
リンドウ
――あなたの悲しみに寄り添う
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.