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Unシル
2024-06-02 21:30:47
9427文字
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NIRVANA
AC6のラスティ×621(♀)のCP長編
解放者√後の御話
のんびり更新
おすすめ:縦読み/文字小
(1)UP…6/1
夜明けの空、灼けた空に、赤く煌めくほうき星。
赤い光は、ACのブースター。
解放者レイヴンが空を渡る合図だ。
見かけたルビコニアンは皆、心を踊らせる。
惑星ルビコン3の自由の象徴、ルビコンの解放者。
独立傭兵Rb21、識別名レイヴンとは強化人間C4
―
621。
レイヴンは、この星で採掘されるコーラルという資源を狙ってやってくる企業等を排斥した。
ルビコニアンが生きるために必要な、燃料やミールワームの食糧になるコーラルは、技術推進を目的とした星外企業や惑星封鎖機構に占領されていたが、一羽のワタリガラスは、そんな状況を覆す先駆者となったのだ。
(1)
「
―――
エア
…
」
『コーラル管理デバイス起動
―――
』
621の頭の中で、メゾ・ソプラノ
――
女性の声が響いた。
身体中を駆け巡る、血液より熱いもの。
コーラル。
ソレは頭のてっぺんからつま先、身体の隅々に流れ、あらゆる感覚を冴え渡らせる。
少し前は不快感があったけれど、今はもうない。
『
――
戦闘モードへ移行します』
深呼吸をして、ぐっと操縦ハンドルを握りしめれば、頭の中は戦闘シミュレーションで埋め尽くされる。
(狩りの時間だ)
勢いよく射出すると、そこは大空のど真ん中。
レイヴン
―
強化人間C
―
621
―
は、拡張デバイス
―
AC
―
に搭乗し、ISB2262通称惑星ルビコン3の空を早駆けする。
621の眼下にはグリットが、重力を無視して空や大地に根を張り聳え立つ。現在は使われていない廃墟同然の、半世紀前に栄えた〝跡〟は、当時の技術力の高さを物語る。ルビコン3が、周辺の星々を巻き込んだ大災害〝アイビスの火〟によって荒廃する以前、コーラルという資源の恩恵を授り営まれた生活圏の残骸は、あちこちに点在する。
そんな風景を横目に、目標地点からやや逸れて滑空したのは、ルビコンの地表の中でも、未開拓地域である
――
自然の地形がとりわけ多く残る
――
渓谷付近。全長約10mほどのACが隠れられる岩場が乱立していて、不意打を狙うに相応しいスポットだ。
敵影を捉えるまで息を潜めていれば、索敵に幾つかの熱源反応が引っかかる。
『
…
敵AC及びMT部隊を捕捉。
――
解析完了
…
依頼内容通り、アーキバス・コーポレーションの密航部隊のようですね』
敵の
――
企業のお目当ては、この先にある、解放戦線が掘り当てた枯れかけの井戸。ただの水が湧き出るのではなく、活性化した微量のコーラルが検出された井戸だ。輸出用の密航船にコーラルが積まれ、星の外へ逃げられる前に阻止してくれ、が、今回の依頼内容だった。
(こりない人たちだ)
621は悲しい気持ちになる。
〝レイヴン〟のせいで散々な目にあったのに、未だ技術革新を求めて止まない企業。星の外で生活する人たちは、満足の上限がないのだ。
(コーラルがなくても、星の外で生きる人間は死なないのに)
現状、〝生きるため〟コーラルに頼らざるを得ないのはルビコニアンだ。食料問題が解決すれば、ミールワームの飼育に必要なコーラルもいずれ不要になる。
コーラルが絡むと死人が増えると嘆いた、亡ハンドラー・ウォルターを思い出す。
――
星外企業がコーラルを略奪するたびに、ルビコニアンの生活の営みが脅かされ。
――
資源として搾取されない、コーラルがヒトと共に歩める未来を願うエアを、悲しませる。
(やっつけよう)
エアのためにも、エアの〝同胞〟たちのためにも、621は敵MTへ照準をあわせた。
「了解、作戦開始」
待ち伏せ作戦が動きだした。
遠方から複数ロックで狙撃。数体のMTを屠る。
敵ACへ流れ弾の着弾、広範囲に誘爆する兵器で微弱ながらもダメージを蓄積させる。動きが鈍くなった頃、混乱に乗じてアサルトブーストで急接近し、キックでスタッガー状態へ、間合いを詰め最後にパイルを叩きこむのが621の仕留め方、常套手段だ。
淡々と着実に一手を決めて、依頼をこなしてゆく。
隊長機ACと四脚MTの操縦者の会話がコア内にながれる。
1人の独立傭兵の手により、ものの数十秒で壊滅状態となった部隊の通信は騒がしく、混乱した怒号が無線を飛びかっていた。
「識別パターン、レイヴンです!」
「
…
っ物陰から狙撃だと⁉︎ふざけるな!!」
敵ACの操縦者が怒鳴りつける。
「報告と違う
…
英雄らしかぬ、陰険な動きではないか!!」
英雄。
621は眉を寄せる。
(英雄は
…
数で負けている状況で、真正面から敵陣に飛び込むのだろうか)
以前の飼い主、ハンドラー・ウォルターならば、無茶な行動事体は好まないものの、任務上、ソレが最善案であれば実行するし、不意打ちして強襲する必要があれば、ソレが妥当な判断だとも言いきる。
二人きりになった621は、己の性格上、生き残る確率の下がる選択は絶対しない。
英雄という〝強者〟らしい立ち振る舞いをしないのが、それは理不尽なことなのか、と、首を傾げる。
(多数に挑むのなら、物陰に身を潜めて、確実に仕留めるべき)
命のやりとりに礼儀作法を後付けする〝捕食者〟について、621は理解できなかった。
『
…
言わせておきましょう、レイヴン』
エアの嘆息が、頭の中でこだまする。
『
――
彼等を、排斥しましょう』
岩肌を覆う雪のように。
硬く、冷たい声色に総毛立つ。
『同胞達を失わないためにも、見逃すわけにはいきません』
「
…
そうだね」
621は。
ACを操縦するために、コーラル管理デバイスを埋め込まれた強化人間だ。
コーラルは621の代わりに、AC操作の補助
―
膨大な情報量の処理の肩代わり
―
をしてくれる。
(ともだちたちも、必要犠牲)
であれば、やはり。
早く片付けよう。
(
…
わたしにも、あなたの同胞がながれている)
人であれ、コーラルであれ、命は軽んじない。
それは生きるため。自分の命の糧にする。
「
――
お前たちを殲滅する」
丁度、左手に備えたパイルバンカーはフルチャージを終えた。
「
…
いたいのは、いやでしょう」
人が、〝いたみ〟を嫌っていることを。
いたみながら死ぬのは〝こわいこと〟だと、621は知っている。
「だから」
この時、621の耳には降伏の通信は届いていない。
エアが、友を想って遮断していた。
「いっしゅんで、おしまいにする」
敵機のカメラに、火の粉が散る。
「慈悲はないのか
…
っ!!レイヴン!!」
「これがっ
…
害、獣
……
」
敵ACおよび四脚MTに。
――
絶望が。
約束された。
奇襲から数十分後。
けたたましい被弾音は止んでいた。
力加減が上手くできず、ボロボロに砕けてしまったレーションのようなACやMTを、いったん遠くに離れて観察する。万が一コアから逃げでたパイロットがいた場合、射殺する必要があるからだ。
(
……
気配、なし)
握ったハンドルを、ようやく手放す。
621の手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。
『
…
敵AC、MT部隊の殲滅を確認。出力正常
―
通常モードに移行します。お疲れ様でした』
オペレーターのお陰で、本日の任務も無事に終えることができた621は、安堵する。
「エア、今日もありがとう」
側から見れば独り言。
でも621は確かに、友へ向かって礼をする。
オペレーターを務める〝友〟は、621と同じ人間ではない。
Cパルス変異体。
ルビコン3で発見された、コーラルという万能生体物質が知的生命体となった姿。特別な〝ルビコニアン〟
―
エア
―
だ。
ハンドラー・ウォルターが集積コーラルを目指す道中、ウォッチポイントで621がコーラルの逆流に呑まれた際、エアと〝交信〟したことがきっかけで、共に行動するようになった。
ウォルターを見よう見まねで始めたオペレーター業は、今となってはしっかりと板についている。エアは死んだウォルターの代わりに、出撃時には必ず同行し、戦況の分析や索敵のサポートをこなす。
621は〝見えない友だち〟を誇りに思う。数多の死戦を共にくぐり抜けた〝戦友〟でもあったからだ。
――
でも、ほんの少しだけ。
淋しく思う、ときがある。
エアの存在は、621と
…
今際のウォルターしか知らないから。
『はい。力になれてよかったです』
「うん
…
あ。戦闘ログを回収しよう」
報酬に追加されそうな情報を、抜き取るのは忘れない。
そして、〝いつも〟の、二人の楽しみも忘れない。
『レイヴン。ログの回収を終えたら、〝アレ〟しませんか?』
「しよう!」
今日一番のはずんだ声で、621は賛同した。
任務後の〝散策〟は、二人にとってささいな冒険だった。
ある時はACサイズの氷柱をみつけ、ある時は砂漠で夜の散歩をして、またある時は廃墟同然の居住グリットでかくれんぼをしてみる。
其処彼処にお宝は眠っていて、二人に見つけられるのを待ち望んでいるかのよう。
時間の経過を忘れてしまうくらい、楽しいことは、誰でも夢中になる。
今晩も、の予感は的中。
「
…
もう、日が落ちる」
辺はとっぷりと日が暮れ、遠くの高山の頂に太陽がささっていた。
(
……
おいしそうだ)
ルビコンでは滅多にお目にかかれない、食用肉を串に刺して焼いた
…
621の頭の中に、映像記録が風景に重なって浮かび上がると。
ぐうっと、腹がなる。
『お腹が空きましたか?』
足元に収納されている非常用セットを覗いても、腹の膨れそうなものは入っていない。
(同じようなことが前にもあったなあ
…
そのとき、食べちゃったんだ)
非常食の補充洩れにがっかりして、さらに腹が大きく鳴る。
数刻前まで〝狩り〟が頭の大半を占めていたというのに、いまや621の思考は、空腹をどう乗り切るか
…
食料の確保のことで頭がいっぱいだった。
「ここらへんで食べられる施設は
…
」
『!では、解放戦線基地
…
西ベリウス地方の駐屯基地へ向かいましょう。あそこは停泊可能なキャンプ地でもありますから。食事も提供されるはずです』
腹が鳴って、返事になった。
そうと決まれば621の行動は早い。
「
…
いこう」
アサルトブーストを繰り返し、雪に覆われた山岳帯を滑るように目的地を目指す。
ブースト中の負荷は気にしない。
背中とおなかがくっつく前に、辿り着かねば。
強化人間C4
―
621。
Cはコーラル、4は第四世代、621は被験体の番号。コーラルを用いた第四世代型の強化人間施術者である。アルファベットと数字の羅列が、621の名前だ。自身がどこの何者で、施術を受けるまでなにをしていたのかは、コールドスリープ中のポットの中へ置いてきてしまった。ハンドラー・ウォルターに買われ、長い眠りから目醒めたとき、621には何もなかった。
ウォルターは提案する。集積コーラルを見つけようと。
「 お前のような、脳を焼かれた独立傭兵でも
人生を買い戻すだけの大金を得られるはずだ 」
二人はルビコン3へ密航した。
621はウォルターに飼われる〝猟犬〟となったのだ。
結論。
集積コーラルを掘り当てたが、大金は手に入らない。
ウォルターは死に、これまで仕事で稼いだ大金は、621の口座に振り込まれ手付かずのまま。
621は、ハンドラーがいない現在も、自分の意志で独立傭兵を続けるAC乗りだ。ウォルターの〝猟犬〟となりルビコン3へ密航したときも、〝解放者レイヴン〟として地表へ降り立ったときも、いち独立傭兵のやることに変わりない。届いた〝仕事〟を遂行し報酬を受け取って、糧と寝床を維持し、ACを調え次の仕事に備える。
(わたしは、かわりもの)
強化人間はACの消耗品だという。
特に、旧世代型
―
コーラルを利用した強化人間
―
の扱いはぞんざいだ。施術後の後遺症も発現率が高く、人間らしい扱いは保証されない。後遺症の主な症状は、感情の起伏が乏しいかったり、痛覚麻痺があったりする。それらは621の元来の思考回路と相まって〝ケモノらしさ〟に拍車がかかる。
ヒトでありながら、人ならざるものに近いとは、人間らしさの象徴たる〝感性〟が発達していない状態をいう。つまり、ACを操縦する機能以外が死んでいる、と揶揄される分類に621は当てはまるのだ。
AC乗り(独立傭兵)は人殺しで生計を立てる。
金をはたかれれば誰にでもつくこの職種に、621は罪悪感が芽生えなかった。遅かれ早かれ、人が死ぬのは当たり前だから。自然界で日夜繰り広げられる〝生きるため〟の命のやり取りは、人間界でも同様に行われていて、それは呼吸をするに等しい
…
と考えているためである。
まるで獣だ、と。ある男は害獣だとも言っていた。
そんな、普通の人間とはちがう〝ものさし〟で生きる621の世界はパッとしない灰色だったが。
(
…
ワクワクする)
闘いの中に身を置いて、闘いに生き甲斐を見出して、特別な友だちとルビコンを駆け回るうちに、視界が色づいてゆく。
(これが、〝楽しい〟)
――
硝煙の先。
見たことのない景色、知らない世界。
…
ウォルターには、再手術を受けて普通の人生を送れと願われたが振り払う。エアと離れ離れになると思うと、痛みを知らない心臓が、ギュッと締め付けられるようでこわいから。
(もっとこの星をしりたい
…
!)
621は人の心がわからない。
自分の心もわからないから、他人の心はもっとわからない。
人を知るよりも先に、エアのことを、ルビコンのことを知りたいと強く思う。人と居るよりも、エアと共にいることのほうが長かったからだろうか。初めてできた友だちと、きれいな星を失いたくない一心はひときわ輝き
――
621はいつの間にか、ルビコニアンの希望の光となっていた。
621はふと、真上に広がる夕焼け空の緋い緋い大海原を見上げ、アサルトブーストをキャンセルした。
「
―――
くる」
『
…
?索敵に引っかかる影はおりませんが
…
』
この星全体を覆うコーラルの燃え残りは、半世紀前にも関わらず、絶え間なく、汐風に波打つアーレア海のように揺らめいている。
その中に、オレンジ色の星が見えた。星はどんどん地表に接近する。
「
…
きれいだ」
――
頬に。
ナニか、熱いものが流れた気がした。
(ああ
…
この、アサルトブーストの
…
サイン波は)
眼を瞑る。しばらく耳にしていない
――
遠吠えだ。
621は、その声をよく憶えている。
声の主は、幾度となく〝レイヴン〟と背中を合わせ、戦地を駆けた〝狼〟。
『!識別名スティールヘイズ・オルトゥス、搭乗者ラスティから通信
…
回線、繋ぎます!』
――
ラスティは。
星外企業アーキバス・コーポレーションの強化人間AC部隊の番号付き。元ヴェスパー4
―
V.Ⅳ
―
は、口枷をはめた狼のエンブレムを掲げていた。解放戦線の、エージェントだ。
「やぁ戦友、君もこちらにきていたのか」
軽快な口調は相変わらず。
オレンジ色の流星は621のACの隣に舞い降りた。
『生体反応はロストしませんでしたが、今まで姿を見かけませんでしたからね
…
生きていたのですね、彼は』
621は喜んだ。ラスティなら、この空腹をどうにかしてくれるはずだから。
「
…
ラスティ。スティックタイプのレーションほしい」
声が震えた。
喉を抑える。上手く言葉を話せただろうか。
「!おっと
…
声帯の再手術を受けたんだな。君の声を聞けるのは願ったり叶ったり、だが
…
なんだ、〝また〟腹が空いているのか?」
「うん。
…
とても」
「はは!ワーム戦の際のブリーフィング後に、私のレーションを掠め取っていたのは半年前のことか
――
変わらないな、戦友」
並んだACを限界まで近寄らせて、ラスティはコアのハッチを開けた。手にはレーション3つ。まだ口にしていないのに、当時のことを思い出してヨダレが口の中を満たす。
――
口元が緩んだその時。
ズきり。
(
………
あ、れ)
621は胸部に痛みを感じた。
それは、ありえないコトだ。
(バイタルに、異常はない)
痛覚が死んでいるため、ウェアラブルを常に身につけているが、警告音もない。見覚えのない〝痛み〟は一瞬で無くなる。
思わず、胸を押える。
『レイヴン?』
戸惑った挙動にエアが心配する。
「
…
アナタも」
声は出るし、身体も動く。では、問題ない。
621もコアのハッチを開け、ラスティに近寄る。
音声は肉声に変わり、生身で向き合った。
「ウォルターのを直撃して、アーレア海にしずんだ。と、おもってた」
「
――
私も死を覚悟したが、この通り
…
」
フルフェイスのヘルメットの中から。
「生きている」
「
―――
…
」
記憶通りのラスティの顔に、右半分の目元から首にかけて火傷痕が這っている。
フライフェイスだ。
「
…
かっこいいね」
621は微笑んだ。
ラスティは目をパチクリさせる。
「
…
あ、あぁ。
…
ありがとう」
『格好が良い、ですか
…
。彼の顔の約半分は爛れているのに。破損している、と私は考えます。ヒトの美醜に疎いので、これ以上はわかりませんが
…
』
(傷、いたそう。でも
…
)
621の手は、差し出されたレーションを通り越してラスティの顔に触れた。火傷痕をやさしく撫でると、ラスティの肩がほんの一瞬だけ跳ねる。
「
……
さわっても、かっこいいと言えるか。戦友」
621は強く頷く。
「エンブレムみたい。これも、ラスティだね」
言葉の意味がわかったラスティは、目を見開いて固まった。
『
――
なるほど。オルトゥスに貼られた〝デカール〟
…
狼のエンブレムさながら、と言う意味でしたか』
「
…
君らしい、答えだ」
ラスティは照れ臭さを隠すように、触れられた621の手をとってレーションに誘導する。
2本を621に握らせて、残りの1本を口に咥えた。
(ラスティもおなかへってたんだ)
「見苦しい印象を与えるから、もう一度皮膚移植の手術を受けようかと考えていたが、
…
やめだ」
八重歯を見せつけてラスティは傷と共に笑った。
「〝解放者レイヴン〟の祝福だと自慢しよう」
(
…
ふしぎ)
ラスティの笑顔でお腹は膨れないのに、食べた後の満腹感が体を満たすので、621はお腹をさする。
…
腹の虫は健在だ。
「いただく、ます」
包装を剥きかけて気づく。
621はまだメットをかぶったままだ。今からレーションを食べるのに、この状態はよろしくないので、ヘルメットは脱いで小脇に抱える。
咀嚼音がいつもより一つ多くて、621はなんだかあたたかな気持ちなっていたが。
「
―――
戦友」
先ほどとは打って変わって、静かな重低音がお腹に響いて驚く。
(
…
おこっている
…
?)
ハッとしてラスティを見あげても、夕日の逆光で表情がよく見えない。
621は人の心に疎いので、人を観察する癖がある。
特に声色。それは人の感情が顔と同じくらいにものを言うシグナルだ。
何か、ラスティの機嫌を損ねてしまうことをしてしまったのだろうか。たべる前の挨拶や食べ方の品行補正は、生前のウォルターに教わって問題なかったはずだのに。
「
…
?おいしい、レーション。ありがとう
…
でも、今日のは少ししょっぱい、かも」
「そうか」
621にとって、エアがコーラルの戦友ならば、ラスティは人間の戦友だ。今後の仕事で共同する機会が巡ると考えられるため、できれば嫌われたくない。
(
…
わからない)
エアのことはわかりつつあるけれど、ラスティのことは
…
AC乗りの側面しかわからない。〝怒り〟が垣間見えた重低音と咀嚼音が妙に頭に残りそうで、急にこの場から離れたくなる。
「提案なんだが」
ラスティは、621の退路を断つように腰を抱き寄せて、西の空を指差した。
「今日はもう遅いだろう?帰投せず、ウチの基地で一泊したらどうだろうか」
「
…
西ベリウス地方の解放戦線基地?」
ラスティはウィンクする。
『レイヴン。彼のおかげで、この場で空腹は満たされますが
…
』
エアが賛同する。
『帰投距離がありますので、予定通り向かったほうがよろしいかと』
621の行き先は二人の意見の合致で決定した。
(
…
現状、その選択が妥当。わかる)
エアは情報収集もできる。
独立傭兵レイヴンには、多額の賞金がかけられているらしいことを最近教えてくれた。夜間、帰投中を狙われたら今の残弾数からして命に関わる。反撃するのも無駄弾使い損で面倒だ。
(あ
…
グッド、タイミング
…
?)
621は、目の前のチャーミングな人間に興味がある。
協働したあの日から。
ラスティはなぜ、自身を追いかけてくるのか知りたかったことを思い出した。
今がソレを聞けるチャンスじゃないか。
「
――
もともと、その予定。眠れて、おなかを満たせる場所に、向かっていた
…
」
最後の一口を放って、胃に収める。これでようやく、いっときの空腹は満たされた。
やっと、会話に集中できる。
空腹に成り代わった不思議な〝症状〟が、621の中からむくむくと芽生えた。
(ラスティといると、〝わからない〟がたくさんみつかるんだった)
〝わからないこと〟は自分ではどうしようもないから、考えないようにするのが常だった。しかし、今の621は違う。
アイスワームを倒し終えた後はバタバタして、結局聞けずじまいだったことが口からほろける。
「
…
ねえ、ラスティ」
「なんだ?」
「自分の糧を与えて、喜ぶのはなぜ」
一匹の狼は過去を懐かしむような目をした。
「
…
私の場合」
ラスティは621の口元についた食べかすをやさしく拭ってやる。同時に、目元と頬に残ったナニかの跡を撫でるように、人差し指で掬った。
621はくすぐったくて、身を捩る。
「
――
おいしいものは、分け与えられた記憶があるから
…
かな」
「
…
家族に?」
ラスティは頷く。
「兄がいて、弟の私を気にかけてくれた。
……
兄も、私の食べる様子を見て笑っていたんだ」
「ラスティは、わたしを気にかけて、笑うの?」
「そうさ。美味しそうに食べてくれると、あげてよかったなあ、と思える」
なるほど、ラスティは面倒見がいいのだ。
こうして食糧を分け与えてくれるのも、棲家へ招いてくれるのも、戦場で背中をあずけられたのも、困っているわたしを助けたくて動いているのだと。
621は納得する。
過去の経験を次に活かせるのは、流石ラスティ。
「だから、次も
…
君へあげられるように〝備えた〟」
ラスティはヘルメットを被り直すと自機へ戻るようだ。
「とりあえず、満足はいただけたかな」
それは、お腹の満腹度と質問に対する回答二つの意味だろうか。
だとしたら、どちらもイエスだと621は答える。
「うん」
「それは、よかった」
ラスティの愛機、スティールヘイズ=オルトゥスがブースタを唸らせる。
「私の後ろをついてきてくれ」
その夜。
猛吹雪を伴う寒波が西ベリウス地方を直撃したため、一泊では済まなくなった。
翌日から、621にめまぐるしい日々が訪れる。
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