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よつもり
2024-06-02 10:23:53
2474文字
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映画・本のはなし
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映画 北野武監督作品『キッズ・リターン』感想
2024年5月27日に観た映画の感想です。
☆2024年6月4日追記
高校生のマサルとシンジは悪ガキで、いつも二人で遊び歩いている。
授業には出ないし、カツアゲはするし、高校生だけれども煙草も吸うしビールのも飲む。
学校の教師らにはすでに見放されていて、「他の生徒の勉強の邪魔をしなければ好きにしていていい」というような放任をされていて、それでも厄介なので退学させてしまおうという話まで出ている。
シンジはマサルを「マーちゃん」と呼び、マーちゃんと呼びながら敬語で話しかけている。けれども気安い様子でもある。
クラスが一緒なので同級生だと思うのですが、もしかしてマーちゃんは留年などしていて、年上なのかもなあ。その辺りの事情は詳しく語られなかったので実際どういう関係なのかは分かりませんが、
シンジはマーちゃんとニコイチで、マーちゃんのことがとても好きで、マーちゃんと一緒だったらなんでも楽しい。
二人はそうやって学校にも行かず毎日カツアゲなどをしながらフラフラ過ごしているのですが、
ある日カツアゲの報復にやって来たボクサーにマーちゃんが一発で沈められ、
マーちゃんはその仕返しをするために、シンジを誘ってボクシングジムに入会。
しかしマーちゃんよりもシンジの方がボクシングの才能があると分かり、
マーちゃんはボクシングを辞め、極道の道に入っていく。
高校生の頃は二人で面白おかしく過ごしていたのに、
この辺りからマーちゃんとシンジの道は分たれていってしまう。
シンジはトレーニングを重ねどんどんと強くなっていき、
マーちゃんは極道の世界で成り上がっていく。
けれどもシンジは悪い先輩の誘いを断らずにいくうちに落ちぶれていき、
マーちゃんもある事件をきっかけにコテンパンに打ちのめされてしまう。
そして挫折をした二人がまたふと再開し、高校生の頃のように自転車で二人乗りをする。
シンジは「マーちゃん、俺たちもう終わっちゃったのかな?」と尋ね、マーちゃんは「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねぇよ」と答える。
☆ ☆ ☆
というお話。
悪ガキ二人が悪ガキなりに社会に出てみて、それなりに才能があったりそれなりにやる気があったりするものの、
根の部分があんまり強くない二人なので簡単に誘惑に乗ってしまったりその場の雰囲気に流されてイキがってしまって、
痛い目に遭うという、ただそれだけのお話かもしれません。
ただ、なんだかやるせない。そのやるせなさというのは、この二人が過ごした二人で悪ふざけをした高校時代が彼らにとって楽しいもので、
けれどもその楽しかった時間は過ぎ去ってしまって、彼らにとって社会は怖かったり理不尽なものだとわかってしまった。
少年らしい無邪気さであるとか、楽しさというものは大人の社会にはなくて、通用しなくて、面白くなくて、
自分たちがこれまで好きだったものがこの先の人生にはないのかもしれないと分かってしまう。彼らが直面するのはそういう挫折なのかなと思います。
☆ ☆ ☆
この物語の最大の謎というのは、「なぜシンジはそんなにマーちゃんのことが好きなのか」という点だと思うのです。
だってマーちゃん、どうもそんなに強くない。喧嘩も半端に強いだけだし、落ち込むと家から出てこないし、ボクシングも続かなかった。
ヤクザになったはいいものの、そのヤクザの世界の中でもうまくやれずに締められてボロボロになってしまう。
意気がっているだけであんまり強くもないし何かが秀でているわけでもない。そんなマーちゃんを、シンジはどうしてそんなにも好きなのだろうと。
という答えがわかるのが、ラストシーンだと思うんです。
この作中、シンジはずっと何を考えているかわからない少年であるように思います。
マーちゃんの後ろを金魚のフンよろしくついて歩き、マーちゃんと一緒だと楽しそうだけれども、
一人でいるときはなんだか空っぽに見える。
ボクシングの才能があって、トレーニングも真面目に取り組んでいるものの、
ボクシングが好きかというと、多分そんなに好きではない。
悪い先輩のハヤシにそそのかされて飲食して、けれどもそういう堕落も好んで受け入れていっているように見える。
で、こういうシンジはどういう人物かと思ったときに、多分彼はきっと何も考えていない。
好きなものもないし、楽しいことを自分で見つけることもできない。
というようなシンジにとって、マーちゃんは指針だったんだろうなということが、最後にわかる。
シンジなりに頑張って、でも頑張りきれなかったボクシング。俺ってこんなもんなのかな。俺の人生ここで頭打ちなのかな。というようなことを、きっと思っただろうと思うんです。
だから「マーちゃん、俺たちもう終わっちゃったのかな?」という問いかけになる。
それにマーちゃんは「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねぇよ」と答えるのが素晴らしい。
あっ、なるほど、シンジにとってマーちゃんはそういうふうに、未来の希望であるとか、可能性であるとか、期待とか、そういうものを見せてくれる人だったんだなということが分かるわけです。
だからシンジはマーちゃんが好きで、マーちゃんと一緒にいるのが楽しくて、二人は最強だったんだなと。
そういったささやかな謎が作中で提示されて、そして最後のセリフで謎が解けるという。
やるせなさがありつつも、爽やかで、儚いけれども希望が見える。そういう絶妙なニュアンスの後味が、とてもいい映画なのでした。
☆ ☆ ☆
追記
シンジはマーちゃんに救われていたけれども、マーちゃんもきっとシンジに救われていたのではないか?と思うんですよね。
実は繊細なマーちゃんは、シンジの前でなら大きいことを言える。シンジならマーちゃんの言うことを真面目に聞いてくれるという信頼があったのではないかと思うんですよね。
この二人はお互いをきっと美しく見ることができていて、そういうふうに美しさを見出してくれる相手がいるからこそ自分が立っていられる、みたいな関係だったのではないかと思います。
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