溶けかけ。
2024-06-02 08:04:33
2090文字
Public ほぼ日刊
 

猫だと思ったら龍だった

和風ファンタジーのヌフです。
村の守護龍ヌヴィレットと村八分のフリーナのお話。

「おい、あれ……

「ああ、厄災の子だな……

「見てよ、あの白い髪……恐ろしいわ……

 人々が僕を見ては口々に罵る。悪口ならせめてもう少し小さな声にしてくれないかな。

 僕の家は古くから続く名家だ。とはいえ、僕は亡くなった母がどこぞで作ってきた子らしい。早くに亡くなった母は姉夫婦に僕を託した。まあ、僕は赤ん坊だったからよく知らないんだけど。黒髪、黒目が当たり前の国で僕だけが違う色彩を持っている。それが人々から遠巻きにされ、あまつさえ厄災の子と呼ばれる原因になっている。

「はあ……まったく。今日も散々な目に会った」

 くうくうと鳴るお腹を押さえながら僕は蹲る。張られた頰はまだじくじくと痛みを持っていた。僕の伯父伯母も従姉妹も不機嫌なことがあるとすぐに僕に八つ当たりをするのだ。最近は、それを察して彼らの前に姿を現さないようにしていたのだが――

「まさか、探し出してまで殴りにくるとは思わないよなぁ……

 痛む頬を泉の水で冷やす。年中同じ温度の湧き水は腫れた頬を癒してくれる。

「ふふ、久しぶり……心配してくれるのかい?大丈夫だよ」

「にゃあ……

 灰色の毛並みで朝焼け色の目をした猫が僕に近づく。友達がいない僕の唯一無二の親友だ。首輪はしていないけれど、こんなにふわふわなんだ、飼い猫なんだろう。
 
「にゃあ」

「キミは優しいね……でも大丈夫。もうすぐこの村を出るから」

「にゃあ!?」

「言ってなかったかい?お嬢様……僕の従姉妹が『水龍の花嫁』になるんだけどね。従姉妹が水龍のお嫁さんになったら伯父さんと伯母さんと暮らさなくてはいけなくなるだろう?あの人たち、僕のことを見世物小屋かうんと歳の差がある人に売り飛ばす気でいるみたいだからさ。こっそり稼いだお金も目標額になったし、僕はこの見た目だろう?だから、定住はこの国では無理だし、旅でもしながら定住先が見つかればいいなあと思っていてね」

「にゃあ」

「キミも一緒にどうだい?……なんて、キミには帰るべき家があるのにね」

 フリーナはそう言いながら猫を地面に下ろした。着物ではこの泉までの道はかなりの悪路である。暗くならないうちに帰らなくては。

「またね。キミも早く帰るんだよ」

 猫を置いて速やかに下山する。頬はもう痛まなかった。





 今日は水龍様が降臨される日。彼を祀っている神社には四家と呼ばれる名家の女性が集まっていた。異能を持つ四家の中でも僕の家系は治癒に秀でていた。水龍様も水を操ることから治癒に長けていると言われている。

「来たわ!水龍様よ!!」

 人々が歓声を上げる。白い龍は人々の前に降り立つと人の姿をとった。従姉妹を見れば、自身が選ばれるのが当然だと言わんばかりに胸を張っている。水龍様って誰か一人を選んだこと、ないんじゃなかったっけ?考える僕の手を誰かが掴んだ。

「フリーナ殿」

 ひんやりした手が心地良い。思わず呼ばれた方を振り向けば朝焼け色と目が合った。人々の喧騒が遠ざかる。

「キミは……あの猫かい?」

「そうだ。私はずっと君を見守っていた」

 なんであの子が、という声が聞こえてくる。驚いて声も出せない僕の元に僕の従姉妹と伯父伯母がやってきた。

「すいません!水龍様!見窄らしいものをお見せしてしまい!これには後で言って聞かせますので!!」

「そんなのより、私にいたしませんこと!?私、こう見えて治癒の異能持ちで……

「黙れ」

 彼がひと睨みするだけで人々は静まり返る。それは当然だ。この村は水龍様の保護下にある。そして掟の中には『水龍様の機嫌を損ねてはいけない』というものがあるのだから。

「フリーナ殿。私の花嫁になっては貰えないだろうか?……フリーナ殿?」

 彼は僕を拐かし同然で花嫁にすることだって出来たはずだ。それを花嫁選定の時期まで待ち、こうしてわざわざ人間と同じように結婚の同意を得ようとしている誠実さに可笑しくなった。

「ふふ……キミって律儀だね。僕を攫ったって誰も文句なんて言わないだろうに」

「それでは、君を金で買おうとしている者たちと変わらない……私は君を対等な存在として見ているのだから」

 彼が伯父と伯母に目を向ければ、図星を突かれた彼らの肩がビクリと跳ねた。

「君の返事を聞かせてくれ……本来なら考える時間を与えたかったのだがそうもいかないのでな」

 薄桃色の瞳が僕を覗き込む。眉を下げて不安げな様子の彼はやっぱり、ずっと一緒にいた猫の彼のままで。

……僕のことを大切にしてくれるならいいよ」

「約束しよう。君は私の花嫁なのだから」

 彼が僕を抱き上げる。人々のざわめきが大きくなるが、もう怖くはなかった。

「そう言えば、キミの名前を聞かなかったね」

「ああ、私はヌヴィレットという」

「僕と同じ海の向こうの国の名前なんだね」

 恐る恐る、彼に抱きつけば彼も抱き締め返してくれる。この温もりがずっと続きますように、と願いを込めて。