溶けかけ。
2024-06-01 23:31:28
1728文字
Public ほぼ日刊
 

君のいた景色

フ特製の宝の地図を手に旅をするヌのお話。
※フは既に故人です。
文字数の関係で最後の場面だけです。

 翹英荘を一望できる小山の上、ヌヴィレットは地図を片手に立っていた。

 「久方ぶりだが、相変わらず良いところだ」

 吹き抜ける風が長い銀糸を揺らす。時折、強い風が吹いては眼下に見える茶畑を騒めかせた。目を閉じれば風の唸り声と共に『もう、髪がぐっちゃぐちゃだよ!』という明るい声が聞こえてくる気がした。

「おっと……鑑賞に浸っている場合ではなかったな」

 地図に視線を落とし、バツ印の書いてあるところまで進むと小さなスコップを取り出した。

 「まったく……フリーナ殿は私を小さい子どもかなにかだと思っているのだろうか」

 ザクザクと掘り進めれば、古びた菓子の缶が出てきた。取り上げて、水元素の力で洗い流せば多少は見られるようになった。
 缶の蓋を開ければ数枚の写真と何かの種が詰められた袋がいくつか出てきた。中を空けていくと、底には一通の手紙が入っていた。

「これは……エピクレス歌劇場の住所ではないか」

 ご丁寧に、帰り方まで書かれた手紙も同封されている。断じて、私は方向音痴ではない、と心の中で今は亡き彼女に言っておく。
 立ち上がって膝に付いた土を払って立ち上がる。最後にもう一度だけ丘を振り返れば、『脚本どうすればいいんだー!……ほら、ヌヴィレットもやってみなよ。今のキミは最高審判官なんかじゃない、ただのヌヴィレットなんだからさ』と笑いかけてくる君の姿があった。






 「やはり、君たちだったのか」

 歌劇場の舞台の上、諭示機を見上げている人影がふたつ。

 「おかえり、ヌヴィレット」

 「いい旅だったか?」

 人影――旅人とパイモンが振り返り、笑顔を見せた。

 「ああ、ただいま戻った……いい旅であった、とても」

 ヌヴィレットの顔は穏やかで、法廷に立つ彼と同一人物とは思えないほどである。とはいえ、現在のフォンテーヌに住む人のほとんどは彼が法廷に立っていた頃のことは知らないだろうが。

 「して、君たちなのだろう?宝物の整備をしていたのは」

 旅人が頷く。
 
 「正解。フリーナに頼まれたんだ……もちろん、何が入っていたかは知らない。中は見ないって約束だったから」

 ヌヴィレットの横を二人が通り過ぎていく。すれ違いざまに旅人がポツリと一言。

 「『最後の宝は僕らの始まり。僕ともうひとりの僕が用意した特別なキミへの特等席』……だって」

 それだけ言うとふたりは舞台を降りていった。小さく手を振る旅人と大きく手を振るパイモン。

 「気を遣われたようだ」

 ホールを出て、長い階段を上る。ほぼ全ての者が知らない特別な階段。
 最後の段に立ち、もう使うことはないと思っていた鍵を取り出す。この国の紋章が描かれた鍵は、確かに二人が用意してくれた物だ。
 鍵を差し込んでドアノブを捻れば、蝶番の軋む音がしていとも容易く扉が開いた。

 突き出た円形のバルコニーには椅子がひとつ。ヌヴィレットはそれにゆっくりと腰掛けて遥か高みに位置する神座を見上げた。
 ガコンという無機質な音が響き、上からきらりと何かが落ちてきた。

 「 ? ……っぐ!?」
 
 見上げるヌヴィレットの顔面に硬く冷たい物が激突し、痛みに蹲る。カラフルな菓子缶が落ちた衝撃で派手な音をホールに響かせた。

 「~~~~っ!あいつ!」

 お菓子缶を拾い上げ、散らばってしまった中身を拾い集める。ふと、違和感を覚えた。今までの宝物には絶対に入っていた手紙がないのだ。ヌヴィレットが辺りを探せば、椅子の裏にあった手紙はすぐに見つかった。

 「?」

 紙数枚にしてはやけに重い封筒を開ける。中から出てきたのは、彼女の葬儀の時に一緒に入れたはずの神の目だった。手紙を開く。

『返すね!』

 短く書かれた手紙がなんだか彼女らしくて思わず笑ってしまう。これは君への賛辞であったのに。
 ジャボに付いた宝石を外し、灰色になった神の目を付けた。
 最初に付けていた宝石を懐にしまおうとして、その手を止めた。


 ――これは、彼女の墓にでも供えておこう。きっと、私の帰りを首を長くして待っているだろうから。