ニュートが次期吸血鬼の長と正式に(!)婚約してからというもの、お城の雰囲気はだんだんと変化しつつある。規律にずいぶんうるさくなった。適当に配置されていたランタンはきっちりと等間隔になり、掃除が行き届いている。その分、例えば階段の影なんか、闇が深くなったような気がする。
(マーメルンも、ジャンタンもいっちゃったし……人がいなくなったのに、狭くなった気がするなー)
ウルハムは窮屈そうにしながら、廊下でニュートの姿をみとめる。
「あ、ニュート様……」
次期魔界王……いや、現魔界王はものものしい吸血鬼の一団に伴われつつ、すたすたと歩いていた。
ニュートはたいして変わらない。
ウルハムが手を振ってみると、魔界王もこっそりとマントの隙間から手を振り返してくれた。……まではいいが、そのまま盛大に扉にぶつかった。
「……あっ!」
あいにくとガラス扉だったものだから、そのままの勢いでガラスが割れた。吸血鬼が怒鳴り散らしていて、誰かを呼んで来い、いや、呼ぶなと言い争っていた。ニュート様はひっくり返ったまま手のひらを頬にやり、小さく悲鳴を上げる。
騒ぎが大きくなりはじめている……。
赤い目がいっせいにこちらを向く前に、ウルハムはそそくさ逃げた。
ああ、僕のせいだ。あとでお見舞いにいかないと……。
誰か罰せられるかな……。
***
「ニュート様。大丈夫ですか?」
ほっぺにガーゼをくっつけた魔界王は、なんてこともなさそうだった。ウルハムはほっとしたのだった。しかしなんだか元気というか覇気がなく、ウルハムがケガをしたのとは逆の頬をペロッとしてもちょっと顔をしかめただけで、ニュートはされるがままなのだった。むむ……これは……と思って気の向くままぺろぺろしていると、がしっと肩を掴まれた。
「こら、ウルハムさんっ」
「あっ、フラン! ごめんなさい。つい……お詫びのつもりで」
「もう! よしてくださいな。人様の伴侶に……」
「あはは……」
ケガはたいしたことないから気にしないでね、と頭をポンポンされた。
なんだかぐうっとお腹が鳴る。
お休みをもらったらしいニュートはベッドで寝そべってごろごろしている。
「魔界王になって、疲れているのかなあ。なんだかぼうっとして。なれない生活に、疲れてるのかなあ」
「……。そうですわねぇ……」
フランコールは肯定とも否定ともつかない返事を返した。
「やっぱり、吸血鬼一族にあとから加わるのはたいへんなんじゃなのかな。周りも知らない魔物ばっかりで……。やっぱり、僕、もうちょっと顔を出したほうがいいんじゃないかと思うんですけれど……」
「ニュート、ケガしたって!?」
「あ、2世」
うとうとしていたニュートは、声に反応してぱっと身体を起こす。
「なんだ、たいしたことないんじゃないか? ケガをしたというから、心配して飛んできたんだぞー! 歩いてたら扉にぶつかったって?」
ベーケス2世はウルハムをひと睨みしたが、無視してつらつら喋っている。ウルハムはあまり面白くはなかったが、だからといってどうすることもできない。
「おい、どうした……。ニュート。頬っぺたが濡れてないか? まさか泣いてたのか?」
なんだかまずい気がしたので、ウルハムは慌ててその場を後にした。
***
「ニュート様、お食事ですよ」
ニュートの眼前を、ひとりでにスプーンが飛んでいる。
「……」
念力をじょうずに操っている……かのように見える。実際は、指を振っているのはベーケス2世なのだった。ニュートは黙ってスープを飲むと、もっと寄越せと言う顔でベーケス2世を見た。
「美味しいかーニュート。スープはまだあるぞ~♪」
フランコールがそっと目をそらしている。
「なんだ、フランコール、なにか言いたそうだな」
「言っておりませんが……」
「俺が、ニュートを甘やかしすぎてるって?」
「ニュート様ったら、扉の開け方も忘れてしまったのではないかと思うほどです。開けてもらうのが当然という態度で」
「ニュートは魔界王だぞ。魔界の石炭さえ増やしてりゃあ、べつに自分の世話なんかできなくても生きてられるんだから、構わないだろ?」
「ずっとそうというわけにもいかないでしょうに……このままではニュート様はお一人では何もできなくなってしまいますわ」
「どうしていけない?」
「……」
スプーンが今までとは明らかに違う軌道を描いた。拙い勢いでチョコレートプティングが変形する。
「あ、こら。食べる順番があるんだぞ。デザートは最後だ。ちゃんと全部食べてから! こら!」
フランコールはため息をついた。
***
お世話してもらってばかりだったニュートはいたってピンピンしていたものだが、ベーケス2世はソファーに崩れ落ちていた。次期吸血鬼の長の仕事とあいまってすっかり過労である。
奔放さから城下町に遊びに出かけていったニュートを見送った後、どさっとソファーに落ちて、虚空に向かってつぶやいた。
「疲れたなあ……」
「だから申し上げましたのに……」
「魔界王になってから。わがまま放題だ。これでは幼児とかわらんではないか! あれが食べたいだのこれは要らないだの食べさせろだの。食べさせないと食べないし。ああ、気が狂いそうだ……」
「それがお望みだったのではなくて?」
「だいたい、きみが毎日子守歌なんて歌ってやってたから、ニュートが甘ったれて、俺には毎日歌ってくれとせがむんだ」
「あら」
「歌ってくれないと寝れないって……。フランコールは歌ってくれたって。伴侶なのに歌ってくれないのかって……。……なんだ……。その顔は……」
「……」
「……歌ってない? 歌ってないな? ニュートの大ウソつきー!」
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