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あさかわ
2024-05-31 23:41:34
7609文字
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粉砕鬼水シリーズ
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急募、会社潰し(粉砕鬼水3)
連れ合いの鬼水と痴話喧嘩と不幸なねずみ男
「勘弁してください」
平身低頭、ねずみ男はコンクリートの床に身を伏して情けを乞うていた。対する相手は勝手に持ってきたパイプ椅子に座って朗らかに返す。
「嫌だな。センセイと俺の仲じゃないか。ビジネスとやらに一枚噛ませて欲しいだけだよ」
水木はチノパンに半そでのワイシャツ姿で倉庫の中を見回す。山積の段ボールの中はすべて衣類だ。
「兄さんを巻き込んだと知れたら、俺が鬼太郎に三枚おろしにされちまう。この件からは手を引くから許してくれよぉ!」
鬼太郎という言葉にぴりっと気配が変わる。おそるおそるねずみ男が顔を上げると、愛想よく笑う水木の姿。その背後から立ち昇る怒気にひっと息を飲む。
「そう
……
その鬼太郎だよ」
ざっと血の気が引き、無意識に手がぶるぶると震えた。理由は知らないが、水木はとてつもなく怒っているのだ。
鬼太郎。お前、自分の伴侶に何をしたんだ。ねずみ男の声にならない叫びは鬼太郎には届かない。
「この頃、ちっと躾がなってなくてなぁ
……
センセイのお力をお借りしたい訳だ」
まったく、親の顔が見てみたい。ああ、俺か。わざとらしい笑い声が響く倉庫から、どうにか抜け出せないか頭を働かせる。
「いや。あはははは、ボクなんかが水木サンのお役に立てるかどうか」
「立てるさ」
絞ってでも蹴っ飛ばしても使い物にして見せるという宣言だった。
もはや、手遅れ。我が身はこれまで。断頭台に首つっこんだ方が遥かにマシな気持ちのまま、やけっぱちのねずみ男が両手を揉んで水木を見上げる。
「で、ボクは何をすればいいんで?」
「いつも通り会社を作ってくれよ」
真っ当な金儲けで遊ぼうぜ。おおよそ真っ当とかけ離れた態度の水木に向かって、ねずみ男が声を張り上げる。
「はいっ! 喜んでぇ!!」
こうして、ねずみ男は火中に飛び込んだ。
さて、ねずみ男がきいきい泣きながら働いている最中。ところ変わってゲゲゲの森では、鬼太郎が家の中で茶碗に湯を注ぎ、目玉が風呂につかっていた。
「鬼太郎、ねずみ男から手紙よ」
ねこ娘が鬼太郎に手紙を差し出す。ポストに入っていた紙はくしゃくしゃ。何かの伝票に裏に書きつけているようだ。
「ねずみ男? そう言えば最近見ていないな」
しばらく森に顔を出していない。元々人間社会に身を置くことも多い男なのであまり気にかけていなかった。鬼太郎はねずみ男よりも気になることがあった。
連れ合いの水木が忙しいと会ってくれないのだ。カラスを使いにやっても会えないの一言だけで戻ってくる。半月も会えないと流石に寂しい。
「どうせまた何かやらかして、助けが欲しいんでしょう。本当に懲りないんだから」
ちゃぶ台の前に座ったねこ娘は頬杖を付く。いつものように目玉が茶碗風呂から鬼太郎を見あげた。
「それで、ねずみ男はなんと?」
「ええっと
……
助けてください。びびびエコ商社を潰してください。住所はこちら
……
なんだか変な手紙だ」
会社を手伝えなら分かるが、潰してくれとはこれいかに。ねこ娘がスマホと取り出し、人差し指で操作する。
「びびびエコ商社ねえ。
……
売れ残りの衣類のリサイクル会社みたい。衣類を解いてハンドメイド用の糸やボタンとして販売しているんですって。売ってる商品は真っ当な値段だし、ねずみ男にしては普通の会社ね。誰かに脅されているのかしら?」
ねずみ男が鬼太郎に助けを求めるのは二種類ある。一つは用心棒代わり、もう一つは協力者に脅されて収拾がつかなくなった時だ。本気で泣きついてくるのは後者である。ねこ娘がびびびエコ商社のニュースページを鬼太郎に見せた。ハンドメイドマーケットに出店したという写真が何枚か掲載されている。
「あ
……
っ!」
「鬼太郎? どうしたのよ」
思わず声が出た。たとえ後姿だけでも見間違うことはない。鬼太郎はスマートフォンにかじりつくようにして、写真を確認した。出店風景の写真にいるTシャツ姿の男。ねずみ男の後ろで段ボールを持つ男の左の耳に欠けがある。
「
……
水木?」
間違いなく水木だ。なぜ、どうして。二週間まったく会えていない連れ合いの背中にぐっと唇を噛みしめる。鬼太郎の声に反応して、目玉がびくりと肩を震わせたが、鬼太郎は写真に夢中で気が付かない。
「
……
ねずみ男のところに行ってくる」
「えっ。ちょっと今から?」
困惑するねこ娘を後ろに置いて、鬼太郎は駆けだした。
「急に何かしら」
「
……
ねこ娘。とばっちりを避けたければ、追いかけてはならんぞ」
「親父さんまでどうしたの?」
目玉が手拭いを絞り頭に乗せる。
「儂には分かる。
……
犬もねずみも食わぬ大嵐の予感じゃ」
目玉一つをきりりと引き締めた親父を見下ろして、ねこ娘は首を傾げた。
手紙に書かれた住所は年季の入った倉庫街だ。古びた倉庫の一角がびびびエコ商社らしい。
「ねずみ男!」
鬼太郎はノックもせずに、すりガラスが嵌ったドアを開けた。中は薄暗く、棚に段ボールがいくつかおいてある。パーテンションで仕切られた一角だけ蛍光灯が付いていて明るい。鬼太郎の声に段ボールを抱えたねずみ男が走り寄ってきた。
「鬼太郎ちゃぁぁん! 俺を助けてくれよぉ!」
「どういうことだ。お前、水木を巻き込んでよからぬことを、」
鬼太郎がねずみ男に詰め寄ろうし、ねずみ男が鬼太郎に縋りつこうとする。そこに、しばらく聞けなかった伴侶の声が割り込んだ。
「アポなしとは感心しないな、鬼太郎」
パーテンションの向こうから水木が顔を出した。
「
……
水木、こんなところで何をしているんだ。やっぱり、ねずみ男に騙されて」
「俺が兄さんを騙せる訳ねえだろ! 逆だよ逆っ! 俺が兄さんに取っ捕まって馬車馬の如く働かされているんだよぉ」
ねずみ男が両手を握り締めて涙をこぼし始める。一方、水木はバインダーをペンで叩いて楽しそうに笑っている。
「完全週休二日、手当あり、残業代あり。源泉税、社会保険料なしのホワイト労働の何に文句があるんだよ」
「おや、水木さん。お客さんかい。お茶でも出そうかね」
台車に荷物を載せた老婆がやってくる。ねずみ男は悲鳴じみた声で抗議した。
「糸繰り婆、お茶の準備なんてしなくていいって。お前も真面目に働きすぎだ」
「おお、鬼太郎か。お前の連れ合いには世話になっているよ」
久しぶりに見る顔に鬼太郎は驚いた。
「糸繰り婆?」
糸繰り婆は木の上で糸を紡ぐ妖怪だ。人間の魂や生気を奪うこともない温厚な性格をしている。彼女は台車を置くとこちらに歩いてくる。
「実は水木さんが私を雇ってくれたんだよ。最近は人間の世界で糸にする材料探すのにも難儀していたからねえ。使わない衣類を解いて糸を紡げるとあっちゃあ糸繰り冥利に尽きるよ。おかげで生活に張りが出た」
泣きつくねずみ男、困惑する鬼太郎、にこにこ笑顔の水木と糸繰り婆。混迷を極めた倉庫の一角で鬼太郎が声を上げる。
「つまりこの会社は、水木が困っていた妖怪を助けるために始めたのか
……
?」
「そうじゃなかったんだ! 本当は衣類の在庫をあの手この手で売りさばく予定だった。そこへ兄さんが割り込んできて、サスティナビリティを守りたい法人とハンドメイドブームの合いの子で程よく稼げる会社にされちまった! 斜陽経営の天才ねずみ男様をもってしても会社を潰せねえ! 鬼太郎ぉ、俺を助けてくれ」
このままでは一生法令遵守の優良労働で使い倒される、とねずみ男が泣き縋る。
「水木、取りあえず詳しく説明してくれないか」
「やだね。何をしようが俺の勝手だろ」
水木が顔をそむけた。二週間一度も会えず、予想外の所で再会したらなぜか連れない。ねずみ男に頼み込まれて会社を手伝っている訳でもない。何も言われなかったら心配でたまらないのに、水木は頑なだ。
「僕に断りなく妖怪がらみの案件に首を突っ込まないでくれ。こんなところにいないで帰ろう」
鬼太郎が水木に手を伸ばす。ぱしん、と軽い音を立てて水木が鬼太郎の手を弾いた。
「み、水木
……
?」
人間に手を弾かれた程度、鬼太郎は何てことはない。しかし、それが愛しい連れ合いからの仕打ちとあっては三貫の砂袋で叩かれるよりも辛い。加えて水木は冷ややかな目で鬼太郎を見下ろしていた。真冬の氷よりも鋭く厳しく、その奥で痛みを堪えるようなそんな顔。
そこでようやく、鬼太郎は自分が置かれた状況が途方もなく悪いのだと気が付いた。
「お前、妖怪病院に入院してたって?」
「
……
そ、それは
……
はい」
言い淀む鬼太郎が視線をさ迷わせる。ねずみ男は両手で顔を覆った。妖怪病院の世話になったということは、相当な危ない目にあったのだろう。連れ合いに一言も連絡もなし黙って入院とはあんまりだ。
「あげく俺にバレないように皆に黙ってくれと頼みこんだそうじゃないか。俺が目玉に吐かせなければ隠し通せると思ったんだろう」
ねずみ男の知らない所で目玉の親父も災難にあっていたようだ。説教くさい目玉だが、今回ばかりは同情する。鬼太郎は唇を噛みしめて水木を見上げた。
「ごめんなさい。あなたに心配させたくなくて黙っていたことは謝ります。でも、ねずみ男の会社は駄目だ。お願いだから辞めてください」
「俺はお前に危ないからやめてくれと頼む機会すらなかった。危ない目にあったと教えても貰えなかった」
「う
……
」
水木がバインダーをテーブルに放り、鬼太郎を見下ろしている。ねずみ男は四つん這いで這うように二人から距離を取った。
「鬼太郎、ちょっとそこに座りなさい」
「
……
はい」
水木が床を指さす。鬼太郎は下駄を脱いでコンクリートの上に正座をした。
「墓場に通い始めた頃から散々言っているが、自分をないがしろにするなと何度言ったら分かるんだ。大体お前は
――
」
長い長い説教が始まった。鬼太郎は正座をして、水木の言葉に時折頷いている。
「なんじゃ、痴話喧嘩か。犬も食わんというが。まあ、若いのう」
糸繰り婆は楽しそうにしているが、この状態はまずい。ねずみ男はどうしたものかと頭を抱えた。
「痴話喧嘩にもなっちゃいねえ。こりゃ説教だ。ダメだ
……
完全に親父と息子に戻っちまってる」
時計の長針が半分ほど回ったところで鬼太郎は解放された。
「水木さん、皆さん。お仕事中、大変失礼しました
……
」
しょんぼり濡れネズミのようになった鬼太郎がふらふらと帰っていく。
「鬼太郎。まーけっとで買ったクッキーがあるが持って行かんかね」
「ありがとう、糸繰り婆。また今度来た時にいただくよ。じゃあ
……
」
鬼太郎がドアを開けて出て行く。水木は鬼太郎に背を向けて在庫管理に戻ろうとする。
「なぁ、兄さん。確かにアイツが悪いんだろうけどよ。ちったぁ手心をさ」
「ここで俺が手を緩めたら、鬼太郎はまた無茶をする。許してたまるか」
一理どころか十理はある。ねずみ男は口を閉ざし、ドアの方を眺めた。
「なァ、センセイ。なんでここにいるんだ? 大切な仕事があるんじゃないのか」
水木がドアを顎でしゃくる。ねずみ男は察しの良い方だったので、水木の意図をしっかり理解してしまった。
自分は鬼太郎を許すことは出来ない。だからお前がうまいこと言って何とかしろ。まあ、そういうことである。
「ハイハイ、分かりましたよ。行けばいいんでしょ! 外回りに行ってきまぁす!」
ねずみ男はやけっぱちに腕を振り上げ外に出た。
まだ遠くには行っていないはずだ。ねずみ男は周囲を見回し、しょんぼり小さくなった背中を見つけた。バタバタ走って右手で思い切り鬼太郎の背中を叩く。
「鬼太郎っ! この馬鹿! 唐変木! 口下手のあんぽんたん!!」
平素なら乱暴は良くないとたしなめる鬼太郎が、ぼんやりと振り返った。
「ああ
……
ねずみ男。すまなかったな、アポなしで来社して。次からはきちんとカラスを飛ばして」
「そっちじゃねえよ! オイオイ、三行半叩きつけられて捨てられるかもしれない危機に悠長なこと言ってる場合じゃねえだろ。ガバっと抱きついてアンタに惚れてんだっ!とでも言って押し通せよ」
「勢いでなんとかしようなんて
……
不実だろ」
不実。不実と来たか。鬼太郎はどうにも自分を律し過ぎる癖がある。今回はそれが裏目に出て拗れているのだ。ねずみ男は腹に力を込めて叫ぶ。
「勢いでなんとかする水木大権現様相手に何言ってんだ! ああもう、ちょっと面を貸せ!」
ねずみ男は鬼太郎を近くの喫茶店に引っ張りこんだ。座った席の隣は不労収入がどうこう盛りあがっていて、反対側は離婚の慰謝料の額で揉めている。喫茶店の店主は居心地悪そうに伝票を束ねていた。
ねずみ男は不幸なことに鬼太郎にコーヒーをおごってやるだけの金があり、不本意ながら払ってやっても良い気分だった。アメリカンを二つ頼んで早々に、鬼太郎に指を突きつけて詰る。
「鬼太郎ちゃんよ。お前が兄さんに差し出せるものなんざ、惚れて惚れて惚れ抜いた真心一つきりじゃねえか。お前さんが妖怪の大将になろうが、総理大臣になろうが、金積もうが兄さんは靡かねえ。連れ合いの頑なを解きほぐすなら、本気の心をぶつけろっ!」
ねずみ男は詳細を知らぬが、鬼太郎はそうやって水木を撃ち落としたのだろう。ある程度頭が回れば結論は見えてしまう。
「別れたくねえんだろ! 傷つけたまま終わらせたくねえんだろ! いいのかよ、帰っちまって」
鬼太郎が膝の上に乗せた拳をぎゅっと握ったのが見えた。これだけ発破をかけたのだ、頼むから頑張ってくれよと祈るように見つめる。コーヒーが届いた頃に鬼太郎がようやく口を開いた。
「そうだな
……
僕が水木に渡せるものなんて、それくらいしか」
鬼太郎の言い方が気に食わなかったので、ねずみ男はアメリカンの二杯を自分の方に引き寄せた。奢る気分はすっかり消え失せた。
「その一つきりが、兄さんが心底欲しいもんだろうが! この大馬鹿野郎っ」
鬼太郎がはっと息を飲む。こいつは時々どうしようもなく阿呆なのだ。ねずみ男はべらべら喋って渇いた喉にコーヒーを流し込む。淹れたてのコーヒーでしっかり舌を火傷した。
「ここの会計は俺が持つから、兄さんに土下座でも何でもして喰らいついていけ」
「
……
ありがとう、ねずみ男」
鬼太郎が立ち上がって店を出て行った。残ったねずみ男はため息をついて、湯気を立てるコーヒーに息を吹きかけた。
ねずみ男は三十分ほど時間を潰してから退社時間を過ぎてから会社に戻った。出来れば誰もいないでくれよ、と祈りながらドアを開ける。
「あっちゃあ
……
」
意図せずため息が漏れてしまった。そっぽを向いたまま書き物をする水木とじっと見つめる鬼太郎。まさか三十分この状態だったのだろうか。
「水木
……
」
鬼太郎が掠れた声で連れ合いを呼ぶ。呼ばれた水木がペンを止めた。その変化に気が付いた鬼太郎が深々と頭を下げた。
「本当にすまなかった。心配させまいと意地を張った僕が愚かだった。許してくれとは言わない。それでも、それでもっ」
小学生くらいの小さな背中。そこに溢れんばかりの覚悟を乗せて、大人に届かぬ大きさの手で愛を握りしめて、変声期前の声にひたすらに好きだと込めて鬼太郎が言う。
「僕を
……
僕を水木のそばにおいてはくれないか」
ねずみ男は眉を寄せた。やっぱり鬼太郎は阿呆だ。別れないでくれと泣きつけばいいのに、できない大馬鹿者だ。
縋れば許しを乞うことになる。そうすれば、水木を親子の情で引き戻してしまうだろう、恐ろしくて悔しくてできないのだ。溢れんばかりの思いがあるのに、自分を雁字搦めにしてバタバタもがく愚かな有様。
ねずみ男は壁に凭れかかり成り行きを見守る。
「鬼太郎
……
お前なあ」
水木が振り返った。頭を下げた鬼太郎のつむじを眺め、ねずみ男に軽く目を向ける。目元を緩めて、鬼太郎の髪の毛をそっと撫でる。水木が子供の失態をたしなめる親の姿をしていないと鬼太郎が気付くのはいつの日か。
「ったく。相変わらず不器用だな」
水木が鬼太郎の腕を引いた。引き寄せた身体を両腕で包み込んで、優しく背中を叩く。
「水木っ
……
」
声を震わせる鬼太郎の耳元に水木が唇を寄せて囁いた。
「センセイの入れ知恵だな」
鬼太郎の身体がぴしりと固まる。うんと唸ってから脱力してすぐに白状した。
「
……
はい」
ねずみ男は眉間に寄った皺を揉む。そこはどうにか誤魔化して欲しかった。
「まあ、いい。知恵を絞ったのはセンセイだろうが、お前の本心に変わりはないからな。今回はこれくらいで勘弁してやる」
水木は鬼太郎を離すと帳簿を机に放り出す。
「じゃあ俺は抜けるから。センセイ、あとはよろしく頼むよ」
「あいよ。そうだ、糸繰り婆には何て言ってやれば」
きっかり定時退勤している妖怪の名前を挙げる。
「近くの手芸店で端切れを貰う約束をしておいた。倉庫の在庫も渡してやってくれ。普段の糸繰りには足りるだろう」
「あら、そう。手を回すのが早うござんすな」
いつ頃片付くか計算しておいたのだろう。水木は片手で軽く謝ってくる。
「色々無理を頼んだから、金庫の金はセンセイの好きにしてくれ」
週末出店したマーケットではそれなりの額を稼いだはずだ。金のことを考えればへこんだ気持ちも持ち直す。
「さすが兄さん。じゃあな、鬼太郎。もう二度とするんじゃないぞ」
鬼太郎は何か言いたそうに口を開いたが、水木に手を握られて黙った。
ねずみ男は元さやになった連れ合いを見送り、うんと伸びをした。
「はぁ
……
本当に酷い目にあった。しかし、この前のマーケットでの売り上げは中々のもんだ。慰謝料代わりに貰っておかねえとなっと」
金庫を開けると、現金用バックが一つ入っている。ねずみ男は札と小銭の重さを想像しながら鼻歌まじりにひっくり返した。
「
……
あれ?」
随分軽い。出てきたのはメモ書きと封筒が一つ。メモを手に取ると綺麗な文字が並んでいる。
『商店街のツケは払っておいた』
ねずみ男は商店街の色々な店でツケを溜めていた。そろそろ店主共にどやしつけられる頃合いだったのだ。
「へっ
……
へへへへ! まいど、どうも。兄さん、気が利くなあ。お二人とも末永くお幸せにって
……
ああ、クソ」
へなへなと床に座りこみ、封筒の中に残っている万札を数える。ひい、ふう、みい。丁度十人ぴったりの肖像画を眺めて、懐に突っ込んだ。散々振り回されて、これっぽっち。しかし許せなくもない額ぴったり。
「っ畜生!!」
こうして、びびびエコ商社は無事に潰れた。
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