sew_tatibana
2021-06-07 14:01:14
9089文字
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星の見せた夜

同人活動や創作活動に明るい、湊きよひろ先生に占っていただいた時の体験を、私小説風にしてみました。
やり取りそのまま、ではありませんが、雰囲気が伝われば。そして、何かの参考になりましたら幸いです。
先生はとても優しく、とても話しやすい方でした。
本当にありがとうございました!!

 定時きっかりに会社を飛び出して、東京のはずれから都心に向かう電車に乗り込む。自宅と会社の距離が近いのは通勤には便利でも、こういう時は少し不利だ。環状線は帰路につく人を、ただただ淡々と運び、人々もまた淡々と運ばれている。その有象無象の一人として、電車に揺られている女は、創作を趣味にしている、どこにでもいるようなOLだった。
 その、趣味であるはずの創作が、なんだかうまくできない。いっそ自分は、何かを生み出すことに固執しない方が幸せなのではないかと思いつつ、自分でその道を閉ざすことも出来ずにいる。ただの趣味なのだから楽しむだけでいいはずだと、そう思っているのに。きっぱりと線を引けたならどれほど気持ちが休まるだろう。
 その占い師の存在を知ったのは、そんなくさくさした気持ちが募ってしまった、つい先月のことだ。なんでもその占い師の先生自身が創作活動をしているらしく、そういった活動に即した診断をしてくれるという。 
 先に体験した人たちのレポートには、自身の内面が見透かされるような体験談ばかりが目に入った。とはいえ、提示された文言自体が広義の意味を持ち、オタク特有の解釈がそれを補って、まるで自分のことをまるごと理解されているような錯覚に陥っているだけなんじゃないだろうか。スランプで視野の狭くなった女には、そんな捻くれた考えも少なからずあった。
 それでも、第三者からの言葉を欲していた女は、藁にも縋る思いで予約をした。期待と不安を抱えた女を乗せた電車は、大きなターミナル駅に滑り込む。
 改札から地続きのファッションビルの一角にその占いスタンドはある。予約時間の十分前に到着したところ、まだ前の予約枠のお客さんが診断を受けているところだった。一度その場から離れ、二分前に再び様子を伺うと、すぐに占い師の先生と目が合った。柔らかい声色で話しかけられ、慌てて予約した名前を伝える。
「どうぞお掛けください。さっきも来てくださってましたよね」
「あっ、すみません。ちょっと早く着いてしまって……
「いえいえ、お待たせしてすみません」
 挨拶もそこそこに、診断希望時間(最長五十分で、女は迷わず最長を選択した)を聞かれたあと、受付シートに必要事項を記入していく。住所と連絡先、氏名と生年月日と生まれた時間、それから相談したい内容。仕事や恋愛などの大項目が並び、創作はその他の項目になるという。女は仕事とその他の文字を丸く囲んだ。
「これ見て下さい~」
 不意に明るい声で話しかけられ顔を上げると、キャンバス地のポーチを手にした先生が笑っていた。茄子紺と芥子色の背景に、二匹の猫が描かれたそれを見て女は答える。
「いい色ですね。かわいい」
「でしょう?これね、狙ってたんですよ。さっきとうとう買ってしまいました。おそろいのストールもあったんですが、それは売り切れでした」
「あぁ〜、それは残念でしたね」
 うきうきとした様子を隠しもせず、先生はそのポーチを飾るように机の端に置いて笑顔を湛えている。可愛らしい人だな、と女は思った。
「それじゃあ、どんなこと占いましょうか?まずはお仕事から?」
「あっ、ハイ」
 いよいよその時になって初めて、女は自分の身体がこわばっていたことを認識した。先生はそんな女の状態に気付いて、肩の力を抜くような会話をしてくれたのかもしれない。マスクの下でほっと小さく息を吐いてから、女はとつとつと話し始める。
「十数年勤めていた会社から、二年前に今の会社に転職しました。残業などの就業環境自体は改善したんですが……どうも、人、というか会社の色というか、それが、あまり居心地が良くなくて……そんな理由でまた、転職してもいいものかどうか迷っているんですが」
……うーん」
 先生は適度に相槌を打ちつつ、ipadの画面を見つめながら女の話を真剣に聞き、最後に唸った。一度はほどけた女の緊張の糸も、再びピンと張る。
「二年前、二年前ですよね……実は、二年前、あんまり良いタイミングじゃなかったかもしれません」
「あっ、そうなんですね……
「でも実は、今年から来年、特に来年の二月頃が転換期なので、アクションを起こすのはいいと思います。手に職とか、スキルを活かせるとか、そういう方向が出てますね……でも、定時で帰れるとか、決まった仕事って部分を気にしてますよね」
 女は思わず先生の顔を伺って、静かに息を呑んだ。
……ハイ」
 まだ何も話していないはずだ。
「ですよね、やっぱり創作の時間を作りやすくないと嫌になっちゃう」
……ハイ……
 仕事に対するスタンスで、とくに譲りたくない部分をあっさりと言い当てられ、開いてしまいそうな口を引き結ぶしかない。
「人についてはねぇ、正直今のところでもやっていけちゃいます。スルースキルがあるから。なんだかんだかわせちゃう。けど、陰で何かを言われたり、されたりしているようなら辞めた方がいいです」
「陰で……
 実害があるわけではないけれど、思い当たる事柄が女の脳裏をかすめていった。
「とにかく、今年は思わぬところから手を差し伸べられたり、みたいなことが起こりやすいので、それとなくそういう話を周囲に振っておくのは案外いいかもしれません。年末くらいに話が出て、年明けに話が固まっていく、とかそういう感じです。 職にせよ、異動にせよ、環境が順調になるって出てます。そこから先は長く安定する周期になるようなので、長く勤められるんじゃないかと思います。狙うならヘッドハンティングとか、エージェントとか頼ってください」
 必死にメモを取りながら、不思議とそうなるような気がしてくるのだから現金なものだ。結局、アクションを起こしたことに対しての反応でしかないのかもしれない。けれど、『よくなっていく』と言われることの力強さを感じずにはいられなかった。
「他に聞きたいことありますか?」
「とりあえず大丈夫です」

「よかった!では、次に創作に関してですが……
「はい」
 一呼吸を置いて、女は再び話し始める。
「実は、少し前まで本当に全然書けなくなってしまって、もともと自分には創作する力が無かったんじゃないかとか、作ることを辞めた方が幸せなんじゃないかと思ってしまって」
 こんなことを誰かに話すのは、もちろんはじめてのことだ。こんな弱気で、自分本位な考えなど、誰かに聞かせるようなものでは無い。
「自分が楽しめればそれでいいと言いながら、すごい作品は世に溢れてて、自分はその中で評価するに値しないものしか生み出せてないなと思ってしまいます。それでもどうにか作品を完成させれば、その時はすごく満たされた気持ちになれるんですが、気にしなければいいものを、どうしても数字に現れるものを追いかけてしまって、それで勝手に悔しくなってを繰り返して、アップダウンの激しい自分にも嫌気が差してしまってて……創作すること自体が向いてないんでしょうか?」
 劣等感に押しつぶされそうになりながら、自らを奮い立たせてようやく生み出す、自分の欲に塗れたもの。その行為に本当に意味があるのか。その癖、自分ではその生き方にピリオドを打てずにいる。話せば話すほど情けなさが募る。
「そうねぇ〜……うん、つらいよね……!」
 支離滅裂になった女の言い分を最後までしっかりと聞いてから、先生はひとことそう言った。
「でもこれはねぇ、書くしかない」
「書くしかない……
 ほんの少しだけ、女は絶望した。もちろん決めるのは、選択するのは、最後には自分次第だとわかってもいる。
「まずね、すごく内面と向き合って作品を作る人なんです。だからつらくもなる」
「そう、なんでしょうか……自分は筆も遅くて、それで余計書けなくなったりもしてて」
「うーん、そう、そうねぇ……でもそれは、本当にそれを求めているかってことだよね」
……速さを、ってことですか?」
「そう。向上心があって、ただ楽しむだけじゃいけない!っていう使命感があるのよね。だからこそ他と比べてしまう面もあるのだけど、だからこそ書くしかない。いい意味でも悪い意味でもすごく素直な人なんです。ものすごく影響を受けやすい人。何か作品を読めば純粋に感動するし、同時に悔しさも感じてる」
 普段の自分を見ているかのような言葉の羅列に、少し居たたまれない気持ちになりながら、その通りだなと女は思う。
「キャラクターに対する愛情が深い人ですよね。だから、本当に速さを求めているのかなって……深く掘りたい人なんじゃないかなと思います」
「そう、言われると……確かに、好きになった二人のことを、自分で納得できるところまで掘り下げないと、書いている途中に矛盾を感じて手が止まったりします」
「うん、それでいいんじゃないでしょうか。無理に周囲の流れに合わせる必要はないと思いますよ。それで、書いて自分で満たしていく」
「なるほど……
 最初に言われた時よりも、『書くしかない』という言葉がスッと胸に落ちる心地がした。これもまた影響を受けやすいということなのだろうか。それだけではない、と思いたいが。
「まぁ、それでも競争心は出てきちゃう人だけどね」
「ウッ……そこまでして、何で書こうとしちゃうんですかね……
 自分のことが自分で一番わからない。
「それはもう、プライドですよ!」
「プライド……
 最近そのプライドは某プリズムスタァのように真っ二つに斬られて、粉々になったりもしているけれど。
「調べるのが好きなんですよね、深堀してこそ活きる、というか」
 先生の言葉に女は再び息を飲んだ。
「調べるのすごく好きです……正直、調べてるときが一番楽しいかもしれません。調べるだけで満足しちゃうときもあって……
「いや、それはないでしょう!」
 一刀両断だった。
「調べるだけじゃ満足できないと思いますよ。だから、書くしかないんです。遅くてもいいんだって心掛けることです」
「心掛ける……それは、そうしたいなと思います」
「自分のペースでいいんですよ。体調崩してまでやらなくてもいい」
「でも、イベントとかで新刊が無いときに、人権がないと言われたことがあって……冗談だとは思うんですが、そういう些細なことが、ちょっと引っかかってしまって……
「新刊無いけど、既刊とペーパーで許して!ってスタンスでいきましょう!」
「それ、常套手段です……
 自分のいつものやり方を思い出して、女は自嘲した。
「年に二冊新刊出せたら十分凄いですよ!」
「あぁ、そうか……そう、ですよね……!」
 先生の熱い言葉に女のテンションも上がってきた。人に言ってもらえて、初めて後ろめたさから解放されたような気持ちになる。
「常にどこか足りないと思ってしまう人だから、自分で自分を納得させないと。不安が募るばっかりになっちゃう」
「そうかもしれません……調べるのが好きなのもありますが、ずっと調べ続けるだけになりがちで」
「これだけ調べた!OK!って引き際を決めないとですね。延々と調べちゃうから」
「書いてる途中に調べたりするのは?」
「それはもちろん大丈夫です。けど、必要最低限で。一冊の本を作るスケジュールを立てるなら、調べて自分用の資料を作る時間も含めて進行を決めるのがいいでしょう。パッと開ける自分用資料を作って、情報の整理をしていく。手が止まると読んじゃうから」
「あ、あぁ~……
 思い当たるあれこれを思い出して、女は呻く。
「原稿に向かうときは読む本にも気を付けたいですね。ほら、影響を受けやすいから。同じ調子で書き続けるためには、自分の本を読み返すのがいいでしょうね」
 影響を受けやすいことを強く自覚した今、女は先生の言葉に大きく頷いた。
 頷きながら、女はもう一つ、不安な気持ちを吐露した。基本的には原作に沿ってキャラクターを深堀していきたいと考えてはいるが、二次創作という時点で自分の好きな方向にねじ曲がった解釈が入ることだ。それは当たり前のことで、大いに矛盾した考えだとは思う。
「なんというか……自分で書いておきながら、こんなこと、この子は言わない、みたいな気持ちになったりもしちゃって……そうしてるのは自分なのに」
「あー……癖の話しちゃいます?」
 これまでの流れるような先生の言説に、一瞬混じったためらいを感じて、女は少し身構えた。
「あのねぇ……ちょっと歪んでる」
「アハハ……
 先生の言葉に、女は笑うしかなかった。思い当たることしかない。
「王道に、なんかしちゃう」
「なんかしちゃ……ってますねぇ……
 女は過去に出してきた自分の本を思い浮かべて、少し遠い目をした。今考えている話も、読み手を限りなく制限しそうだとは思っていた。
「基本的には明るい話が向いてます。ハッピーエンド」
「ハピエンにはしたいって思ってます!……それがメリバでも……
「そうなのよねー、なんか仄暗いの入れたくなっちゃうんだねぇ」
「アハハ……
「でもね、暗い話一辺倒にはならない。ちゃんとハッピーエンドに持ってく人です」
「そうですね、そこはわりと気にして書いています」
「あとは、意味とかメッセージとか込めて書く人」
「あ、ああぁ……
「さっきも言ったように、基本は原作主義者なんです。ちゃんと基づいて書きたい人。だからこそ自分の解釈と葛藤するんですよね。だから、自分が『これでいいんだ!』と思えるかどうかです」
「なるほど……
 その自信は持てたことがなかったかもしれない。いつもどこか後ろめたさが拭えずにいるけれど、正史ではない世界を創造している時点で、それ以上でも以下でもない。
「いい意味のパロディですよ」
「パロディ?」
「映画監督みたいな感じです」
「映画、監督……?」
「たとえば漫画原作の映画化の場合、その映画監督が見た原作世界の解釈ってことになるじゃないですか。その人の色を通した世界になる。そういう感じです」
「あぁ、なるほど!舞台なら演出家、みたいなことって意味ですよね?」
「そうそう。だからむしろ自分が、公式の解釈を超えてるところがあるんだ!みたいに思える感覚があるかどうかだと思います。今は何で活動されてるんです?」
「今は、エスケーエイトです」
「あぁ!すごい勢いのあるジャンルじゃないですか!」
「そうなんです。だから、毎日すごい作品がたくさん生まれてて、自分が書く意味はあるのか?って思ったりもして……
「それは、あなたの作品が好きな人は好きだから。と、そう思えるかどうかでしょうね」
「ですよね……
「うん、そうか、なるほど……今年は新しいものに出会うって話したじゃないですか。それが、ひとつはエスケーエイトだったんですねぇ」
「あぁ……放送は今年の初めでした」
「ハマると長い人だから、このジャンルも長くいそうですよ」
「そんなことまでわかるんですか……!?確かに今までのジャンルも一つのところに4〜5年はいる気がします」
「それだけちゃんと長く愛せる人なんです。だから足掻いて書く!私には書きたいものがある!そう思って、向き合って、ちゃんと書けるってことは凄いことですよ。自信を持って!」
……ハイ!」
 まっすぐな先生の激励に背中を押され、女は元気よく返事をした。

「他に、ありますか?」
「ええと……その、R-18方面は向いてるんでしょうか……
 ためらいつつも、この質問は是非してみたいと女は思っていた。SNSで読んだレポートでも、皆聞いている内容であったし、実際自分の向き不向きの方向性を知りたいと思う。
「向いてますよ!……結構、男性向けっぽいのとかもいけますよね?」
「うっ……ハイ」
 お籠り生活が長引き、BLCDを聴き漁っていた記憶が蘇り、CV.古〇慎のヤンキー受けの声が女の頭の中でリフレインした。
「好きに書きましょう!……あー、でも……うーん……
 しかしここで突然、先生のトーンが下がった。先程の癖の話の時よりも、明らかに先生の躊躇いの色が強い。
……って、……ですか?」
「えっ?えっ?な、なんですか?」
 このご時世、お互いマスク装備で、且つ机にはアクリル板が設置されている。先生の声のトーンが明らかに小さくなって、女はアクリル板に耳を付ける勢いで顔を寄せた。
「こんなこと言ってもいいのかわからないんですが……
「な、なんでしょう……
「複数プレイとか、好きですか?」
「ファッ⁉」
 これまでの声色よりも、3オクターブくらい高く短い悲鳴が女の口をついた。人は驚き過ぎると本当にこんな声が出るのだなぁと、どこか他人事のように女は思う。
「スミマセン、スキデス……
 受けが二人になったり、攻めが五人になったり、三つ巴乱戦してたりする過去の本が走馬灯のように女の頭を駆け巡っていく。
「それで、むっつり、ですよね」
「ヒェ……
 机に突っ伏す勢いで女の身体が崩れ落ちる。先生が見ているipadには何が書いてあるのか?知らない間に自分の脳が接続され、クラウドにアップされているのだろうか?
「ナンデ、ワカルンデスカ……
 上擦った声が戻らないまま、息も絶え絶えに女は答えた。
「真面目なのとエロで結構作風変わりますね。温度差が激しい」
…………
 女はもう何も言えなくなった。ただひたすら、先生の言葉を手帳にしたためる自動書記人形と化した。
「だから、シリアスを読んでる読者が、こっち(エロ)のテンションについていけるかというと……ちょっとむずかしいかもしれません」
 それはそう。女はガクガクと頭を振って頷く。
「だから、別名義で出せばいいんですよ!」
「!?」
「エロを全面に出せるキャラクターで生きるんです。多分その方が生きやすいし、跳ねますよ」
 女は雷に打たれたような衝撃を受けた。確かに装っていた部分は少なからずある。でもそれは、己の性癖を素直に表に出すメリットがひとつも思い付かないからだ。同じような性癖を持つ人と話したい欲もある。けれど暴露したところで、自らが自らの手で終わらせてしまう関係であることも十二分に考えられるし、実際離れていった人もいた。もちろん、それだけが原因ではないにせよ。
「なるほど……
 欲しかった答えはこれだったのかもしれない。それくらい、ストンと気持ちの真ん中に、『別名義』という生き方は落ち着いた。
「シリアスを書くときにエロを外せってわけじゃ無くて、書いても大丈夫です。ただその場合は、いわゆる王道の流れ程度にしておく。好きなように書くと濡場の温度差がエグくなっちゃうから」
「それはそう」
 YESマシーンと化した女は、赤べこよろしく頷き続ける。
「繰り返しますが、とても影響を受けやすい人。書く前に読んだもの見たものに影響を受けやすい。だから、どエロいの読んでから書くとどエロいの書けます。そのあたりはよく意識してね」
「あ、じゃあ音楽、BGMとかもですか?」
「すごく受けますね。本なら言葉とか文体とか、めちゃくちゃ影響されやすい。だから書く前に読むなら、調子を整えるためにも自分の本です。音楽もそう。アップテンポ、スローテンポ、全部文章に乗ってくる人」
「なるほど……
 執筆中にかけるなら、なるべくインストにしよう。女は自分のプレイリストを思い出しながら、強く決心した。
「とにかく、真面目に作品やキャラクターに向き合って書ける人です!自信持ってね」
「はいっ!」
 今日一番、心から前向きな返事をして女は笑った。
「ほかに、聞きたいことありますか?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「では最後にカードを一枚引いてください」
 言いながら、先生は背面の赤いカードをずらりと並べる。真ん中あたりの一枚を引いて、裏返す。
「双龍」
 赤と青の龍が絡み合うカード。
「『人を頼りなさい』です」
「人を頼る……
「あなたはついひとりで抱え込んでしまいがちなので、素直に人を頼ることもしてみてください。あなたの周りにはたくさんの仲間がいるはずです」
「仲間……
 何かを生み出そうとするとき、どうしても孤独を感じてしまうけれど、決してひとりぼっちなわけではない。いつもいいねをくれたりRTしてくれるフォロワーさんのアイコンが女の脳裏を流れていく。見守ってくれている人がいることに、改めて感謝する。今の今まで創作を続けてこれた理由の一つには、間違いなくそういう人たちの存在がある。
「今日は本当にありがとうございました。すごく前向きな気持ちになりました!」
「あ、前向きになったところで悪いんだけど……
「えっ」
 再び先生の声に神妙さが加わって、女はまた動揺する。けれど、最初ほどの恐怖は不思議と感じなかった。
「6/16〜8/1まではちょっと気をつけてください。この間は思うように書けなくなるかもしれない」
「うっ、結構長いですね……
「全く書けないわけじゃないです。前に向かって進むことはできる。成長はちゃんとできているので、うまく向き合ってください」
……はい!」
 決意と信念を込めて、女は再び答える。
 時間はちょうどビルの閉店時間となった。先生と共に、閉店準備に取り掛かる店舗を縫いながら、エスカレーターへと移動する。
「あっ、推しカプカラーのワンピ!」
 その道すがら、店頭に飾られていたワンピースに、女は声を上げた。大分調子が戻ってきた。
「そういう目で見ちゃいますよね〜」
 優しい先生は最後までオタクに優しかった。エスカレーター前でもう一度お礼を言って、先生と別れる。エスカレーターの途中にあった鏡に映る女の顔は、マスク越しでもニヤけているのがわかった。
 帰りの電車に揺られながら、女は思う。
 そもそも、自分本位で、人を選ぶと自覚している性癖をしたためて、それで万人に受けようと思うことが、最たる矛盾ではないか。
 当たり前過ぎることに気付きもせずに、なんだかんだと思い詰めていたことが、一気に色を変えていく。
 きっとまた何度も生み出す苦しさを味わうのだろうなと思いつつ、今までよりもいくらか向かい合えるような気がする。女はマスクの下で笑いながら、iライターズの新規ファイルを立ち上げた。