連休後半の都心なんて、普段は猫くらいしか通らないような裏路地にだって人波が押し寄せて、というのはちょっと盛り過ぎたかもしれない。けれど、それくらいどこもかしこも混雑しているのが想像に容易いから、たとえ休みがあったとしても端からどこかに出掛けようなんて考えは毛頭無かった。誕生日、だという事実は脳裏に浮かんではいたが、今さらそこに拘るような奴でもない。いつも通り、適当に。そこいら辺りで踊るくらいで丁度いい。
そう、思っていたのに。
誕生日前日の早朝5時。目覚まし時計よろしく飛び起きたカヅキは、溌剌とした声色で「出掛けるぞ」と言った。
そもそも、お互い休みが取れたのと、それが重なったことが奇跡みたいなもんだ。寝癖が残った頭のまま連れ出され、駅前のコーヒースタンドでデカいカフェラテとスコーンを買う。今日の営業を始めて間もない駅のホームには、雲ひとつない空から容赦のない日差しが差し込んで、まだ完全に開けられない俺の瞼の上からでも今日の暑さを予想させた。都心とは逆方向の各駅停車に乗って、降りたのは四つ先。こいつの好きにさせていた方が面白いと思っていたが、この、特筆すべきことのなさそうなベッドタウンに一体何があるというのか。ましてやまだ街は微睡の中だ。
目の前で揺れる銀髪の先が、朝の陽の光に透ける。
「こっち」
振り向いて、かけていた伊達眼鏡の、細い銀丸フレームのテンプルが陽の光を反射して、思わず目を眇めた。未だ夢見心地の頭は何かを錯覚しそうになって、気付かれないようにちいさく頭を振る。
住宅街を南北に結ぶ目抜き通りから、一本脇に逸れる。細い川に沿った遊歩道になっているらしいそこは、より一層静かだ。見下ろした川沿いは育ち過ぎた腰高の草木が生い茂っていて、そこに川があることさえ分かりにくいが、カヅキの後ろ毛は嬉しそうに弾んで見えた。
しばらく道なりに歩くと、急に視界が開けた。広大な原っぱは奥に進むにつれ少しずつ傾斜を付けて、その先に見える背の高い広葉樹の向こうにも丘は続いているようだ。
野に放たれた犬のように駆け出していったカヅキは、あっという間に豆粒みたいに小さくなって、草むらの緑の中に取り込まれてしまった。いつものことなので気にも留めず、カフェラテに口を付けながらゆっくりとカヅキの軌跡を辿る。朝の光を受ける公園の緑はどこか青白い空気を纏って、歩を進める足元は朝露を含んだ芝でしっとりと濡れていた。
「何してる」
ようやく追い付いた時には、しゃがみこんで何かに勤しんでいた。背後から声を掛けると無言で手招かれる。覗き込むように腰を屈めると、頭に何やら載せられる。
「おまえの髪、みどりだから映えるな」
面食らう程の笑顔でそう言われ、勝手に頭に載せられたものを手に取ってみて、思わずため息が出た。
「……てめぇ、こんなもん載せてんじゃねぇよ」
「えーなんで、かわいいじゃん」
「馬鹿にしてるだろ」
「してねぇよー」
言い合いながらも嬉しそうに笑う。つられて自分の口元が綻んでいることはわかっている。それでもいいかと、思えるだけの月日は経った。当たり前のように隣に居て、こいつの強さと、そして弱さを知った。
シロツメクサの花冠なんて似合う訳がない。ただ、今日くらいは、存外頑固で素直じゃない、こいつの好きにさせてやろうかと思う。
(おしまい)
<あとがき>
シロツメクサ(クローバー)の花言葉は「私を思って」「約束」だそうです。とはいえ、おそらくこのカヅキくんはそんなこと露とも知らないでしょう。わりと乙女心がわかるのはアレクサンダーくんの方じゃないかなぁと思います。だからこそ恋をして、強くなれるのはきっとアレクサンダーくんだと信じて疑わないんですが、カヅキくんはどうやって自分のなかで恋を消化していくのか、二年追いかけてなお分からない……。それがカヅキくんの魅力でもありますが。
恋人っぽいというより、連れ添って熟練夫婦みたいな距離感の二人が好きです。阿吽というか、「あれ」「それ」「これ」で伝わる感じ。
取りとめのない話でしたが、なんとなく早朝の空気感が感じてもらえたら幸いです。
それではまた、どこかで。
※ちなみにタイトルは某バンドの楽曲から。歌詞になんとなくカヅキくんみを感じたので。
2018.5.4 立花そう
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