溶けかけ。
2024-05-31 19:27:27
3110文字
Public ほぼ日刊
 

恋人を一歩ずつ

付き合いたてヌフとそれを見守る人たちのお話。
読んでいる人たちがじれったい、ちょっとやらしー雰囲気にしてくるわ!!と言いたくなるものを目指しました。

「ええっ!?まだ手を繋いだこともないの!?もう3ヶ月経つんでしょう!?」

 ナヴィアの声に店中の客が何事かとこちらを向く。

「しーっ!……声が大きいよ……

 ナヴィアは自身が注目の的になっているのを自覚するとフリーナにごめん、と詫びをいれ、そっと席に座り直した。

「彼は僕と一緒にいて嬉しそうだし、僕も同じ気持ちだ。彼がこれ以上を望まないのであれば、僕から何かアクションを起こすわけにはいかないよ。それこそ、強要罪で訴えられかねないし」

「あのねえ、フリーナ。相手はあのヌヴィレットさんよ?向こうから来るのを待ってたらおばあちゃんになっちゃうわ」

 ナヴィアの言葉にクロリンデも同意を示す。

「私もナヴィアと同意見です。ヌヴィレット様としてはフリーナ様の心情を慮ってはいるのだと思いますが、寿命の問題もありますし」

 寿命、と聞いてフリーナの心臓が嫌な音を立てた。分かっている、彼からしたら僕の命の時間は瞬きの間くらい一瞬ということは。けれど――

「それでも、彼の嫌がることはしたくないよ……何より、やっとなんの衒いもなく話せるようになったばかりなんだ……

 フリーナの言葉を最後に沈黙が訪れる。ナヴィアがクロリンデを見やれば眉を下げて困った顔をしていた。おそらく、自分も同じ顔になっているであろうことは想像に難くない。乾いた唇を紅茶で湿らせてから口を開く。

「そう……そうよね。二人は長い付き合いだけど、本音で話せてたことって案外少ないものね」
 
「うん……それに、今更、恋人なんてロマンチックな関係になってしまって困惑してるくらいなんだ……

 すっかり冷めた紅茶をフリーナが啜る。一切の隙もない優雅な動きはナヴィアも見慣れたものだ――カップを持つ手が小刻みに震えている以外は。

「フリーナはヌヴィレットさんが嫌い?」

 ナヴィアの疑問にフリーナが首を横に振った。

「嫌い……ではない、と思う。正直、パレ・メルモニアを出てから彼とは連絡を取っていなかったし、僕はずっと彼を騙してきただろ?……だから彼と会うのは気まずかったし、罪悪感しかなかった……告白されたのは意外だったし、罪滅しになるならって気持ちが強くて……

 フリーナの独白に二人は頭を抱えた。流石に自信がなさ過ぎるし、何よりヌヴィレットが可哀想だ。彼が中途半端な気持ちで彼女に告白したのではないと解っているからこそ余計に。

「フリーナ様。まず、罪滅しなどを除いて考えてみてください。……あなたはヌヴィレット様とキスなど一般的な恋人の営みが出来ますか?」

 クロリンデの質問にフリーナは考え込む姿を見せたあと、力強く頷いた。

「できる……と思う。だって、彼に対して嫌悪とかは感じたことがないからね」

 その言葉に二人はホッと胸を撫で下ろした。なるほど、相思相愛ではあるらしい。問題はフリーナの中にある罪悪感か。考えるクロリンデの隣でナヴィアは机をばん、と叩く。

「ええい、もう!まだるっこしいわね!当たって砕けろよ!難しいことを考えるのは止めて、デートのときにさっさと手でも繋いでみればいいわ!どうせ、このあと会うんでしょ?ここの支払いはいいからさっさと行きなさい!」

 ナヴィアに手を引かれてフリーナは半ば強制的に店を後にした。やがて戻ってきたナヴィアはどすん、とあえて音を立てて席へと座る。

「まったく、手のかかる二人ね!」

「ああ、まったくだ」

 強引なナヴィアの手法はどうかとも思うが、世の中にはショック療法というものもある。あの二人には案外、いい薬になるかもしれない、とクロリンデはナヴィアとともに笑い合うのだった。






「フリーナ殿、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、ヌヴィレット……と、取り敢えず食事でも行くかい……?」

 ルキナの泉の前、仕事の終わったヌヴィレットと落ち合う。あのあと、ナヴィアから色々とレクチャーを受けたのを反芻しながら、彼と連れ立って歩き出す。
 歩きながら、彼を盗み見る。ヌヴィレットとの歩幅を気にせずに歩けるのは単に彼が歩幅を合わせてくれているからだとよく知っている。

……何か?」

「な、なんでもないっ……!」

 昼間の話を思い出すとなんとなく気恥ずかしくなって彼の顔がまともに見られなくなる。これからやることを考えるともっと恥ずかしいんだけど、と思いながら彼の手に自身の手を重ねた。

……!」

 ヌヴィレットの視線を頭上から感じる。そんなに見られたら穴が空きそうだからあまり見ないで欲しい。

……驚いた」

 感嘆のため息が僕の頭頂部にかかる。

「何が?」

「ずっと、君を私の独りよがりに付き合わせてばかりいると……だから、君に触れようとは思わなかった。――君は私への同情で返答をしてくれたと思っていたのでな」

 ヌヴィレットの大きな手が僕の手を包み込む。強く、けれど痛くない力で握られる。まるで、逃さないぞ、と言っているみたいに。

……知ってたの?」

「ああ……だからこそ、君が私を知って、それで拒絶されるのなら諦めようと思っていた」

 思わず顔を上げてしまい、ヌヴィレットと目が合った。彼は穏やかな顔でこちらにぎこちなく笑いかけた。

「こうやって君に触れてみたかった……

 ヌヴィレットの尖った耳の先が薄っすらと赤く色づいているのが見えて、思わず目を逸らせばクスクスと楽しそうに彼は笑っていた。

「君のペースでいい。私は君に無理強いをしたいとは思っていない」

 クロリンデの言葉を思い出す。彼女の言う通り、ヌヴィレットはこちらのことを気遣ってくれていたのだ。

「う、うん……でも、どうしても我慢できなかったら言ってくれ――僕の寿命にだって限りがあるんだから」

 僕の言葉にヌヴィレットが目を丸くした。ついで顎に手を当てて考える仕草をする。

「そうであったな……失念していた」

「ふふ……

 深刻そうな表情で考え込むヌヴィレットになんだか可笑しくなる。

「フリーナ?」

「実は僕もね、ナヴィアたちに言われるまですっかり忘れてたんだ。似たもの同士だね、僕たち」

 ヌヴィレットが少し屈んで僕を覗き込んだ。徐々に彼の顔が近付き、唇を柔らかなものが掠め、すぐに離れて行く。

「すまない……少し我慢が出来なかった……

「う、ううん……ほら、こ、恋人ならキスくらい……

 しばしの沈黙。二人は互いに顔を背け、頬を赤く染めている。繋いだ手だけは離さずに。

「もし、今の行為に不服があれば即、訴えてくれて構わない。そのための手続きは……

 なんだか不穏なことを言い出す彼の袖を余っている手で引く。

「ふ、不服申し立てなんかするもんか!……それに……僕、キミとこういうことするの嫌いじゃない、よ……

 最後は蚊の鳴くような声になりながらフリーナが告げる。ヌヴィレットも同じような声量でそうか、と返すのだった。





「もう!見てるこっちが焦れったくなるわね!」

「おいら、ちょっと行ってやらしー雰囲気にしてくるぞ!」

 飛んで行こうとするパイモンの飾りを旅人が引っ張る。

「パイモン、ステイ。デートの邪魔はしないって約束したでしょ?」

「まあ、お二人なら心配ないと思ってはいたが」

 泉の反対側では有名人四人が集まって、恋愛初心者を見守っていた。数カ月後、最高審判官と元水神のデートとそれを見守る有名人たちがフォンテーヌの新名物になったとかならないとか。