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吾妻
2024-05-31 01:16:29
5677文字
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アークナイツ
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May I have this dance?
ステ博♀ちゃん。新年会を抜け出す話。新年会の話を今? 大陸の方で追加された新年ボイスが悪いです。
新年会が絶賛開催中の多目的ホールから一歩外に出ると、目の前には見慣れた艦内通路が広がっていた。
ステインレスは、出てきたばかりの扉を後ろ手に閉ざし、人気のない通路をぐるりと見渡した。
何度見ても殺風景な通路だ。所々パイプや配線が剥き出しになっていて、製薬会社のオフィスというより、陸上艦の内部だと言われた方がしっくりくる。
それでも、装飾を極力排除し、機能性を追求したデザインは、物心ついた頃から工場を遊び場に育ってきたステインレスにとっては、どこか落ち着く光景と言えた。
(まぁ、俺がここを気に入ってる理由はそれだけじゃないけどさ)
勿論、エンジニアとして、この艦に用いられている高度な技術への興味はある。
……
が、ステインレスがロドス本艦を好ましく思うのは、この場所を生活の基盤としている人々のことが好きだからに他ならない。
『鉱石病の根治療法確立を目指す製薬会社』なんて、本来この大地で一番死に近い場所であるはずだ。それでも、行き交う人々からはあまり絶望の匂いを感じない。
いつだって未来へ向かう意志に満ちている。だから好きなのかもしれない。
「
……
そんで、ドクターは
……
っと
……
」
久しぶりに本艦を訪れたせいか、つい感慨に耽ってしまったが、そもそもステインレスが新年会を抜け出してきたのには理由がある。
今しがた、賑やかなパーティ会場をこっそりと出ていった人物を追いかけてきたのだ。
確か、ホールを出て右に曲がったはずだ。その方向の突き当りには、いくつかのベンチと自動販売機などが置かれた休憩スペースがある。日常的に業務が行われているエリアではないため、あまり利用するスタッフもいないはずのその場所に、ステインレスは敢えて足を向けた。探している人物は、おそらくそこにいる。奇妙な確信があった。
「あれ、フェイスト?」
はたしてステインレスは、目的の場所で目的の人物を発見した。
ロドス・アイランドが誇る戦術指揮官は、無人の休憩スペースで、ぼんやりとベンチに腰掛けていた。
「どうしたの?」
防護服にフェイスマスク。
全身を覆い隠した、まさに不審者スタイルのせいで、表情や顔色は見えない。声もいつも通りで、変調はない。
それでもステインレスには、彼女が疲弊しているように思えた。
どうせ離れていた間も激務続きだったんだろうし、パーティ会場でも代わる代わる誰かに話しかけられていたし。
別に彼女は人嫌いではない。むしろ人間が好きなほうだと思う。それでもなんとなく、自分が話題の中心にいるのは苦手なんじゃないかとステインレスは感じている。だからそっと会場を抜け出して、休憩に来たんじゃないか
――
なんて。全て勝手な憶測ではあるけれど。
それほど外れてはいない気がした。
だが、それを直接本人に伝えるのもはばかられて、
「ドクターが出てくの見えたからさ、チャンスかもって」
笑って、調子の良いことを言った。
勘の良いドクターにはその気遣いすらバレているような気もするが、ドクターが自分の隣を手で叩いて示すので、面倒なことを考えるのはやめにした。
誘いに応じて、彼女の隣に腰を下ろす。壁を隔てた向こう側からは、パーティ会場の喧騒がくぐもった音となって聞こえてきていた。
しばらく黙ってその音に耳を傾けていると、ドクターが小さく笑った。
「ん?」
「
……
いや、ごめん。今日は随分大人しいなと思って」
「なんだよ、いつもは俺がうるさいみたいにさ」
「そういうわけじゃないけど、新年会の会場でも全然近くに来ないから、君を怒らせたんじゃないかと心配してたんだ」
「俺がドクターに怒るなんて、よっぽどのことでもなきゃありえないけど
……
。今日はさ、ちょっとだけ遠慮してたっつーか。いや、遠慮とも違うか。どっちかっていうと、我慢
……
?」
「我慢?」
「だって今日は本艦挙げての新年会だしさ、普段は飲み会に参加しないようなスタッフもいるし、いつもは本艦以外の場所で働いてるオペレーターたちだって来てるだろ? わざわざドクターに会いに来たってやつらもいるだろうし。それなのに、俺がずーっと傍から離れないのはどうかと思ってさ
……
」
「それで君は〝我慢〟をしていた、と」
「そーそー。
……
って、あれ?」
遅れて自覚がくる。これでは、『本当はずっと近くにいたかった』と白状させられたようなものではないのか?
急激に顔が熱くなり、照れ隠しに何かを言おうと向き直ってはみたものの、結局開けた口をぱくぱくさせただけで、訂正も弁解もできなかった。何しろ、『近くに行くのを我慢していた』のは事実なので。
取り繕うように咳払いをすれば、ドクターが口元に手を当ててもう一度笑った。
その様子を視界の端に収めながら、ふと思う。
彼女は今、どんな顔をしているんだろう?
折角久しぶりに会えたのに、恋人の顔が他人行儀なマスクに遮られていることが急に面白くなくなってきて。
気づけば、勝手に持ち上がった手が、彼女が被ったフードを引っ張り下ろしていた。
「どうしたの?」
特に動じる様子もなく、ドクターが問うてくる。バイザー越しにいたずらっぽく笑う目元が見えているが、やっぱりそれだけでは足りなくなった。
「なぁ、顔見たい」
言外に、マスクを外してほしいとねだったら、ドクターはわずかに目元を和らげたあと、慣れた手つきでフェイスマスクを外した。
「これでいい?」
膝の上にマスクを置いて、青白い照明の下に素顔をさらけ出す。最後に見た時とさほど変わりはなく、少しだけホッとしたが、それでも目の下にはうっすらと隈ができているのがわかった。
指先で目の下をそっとなぞると、ドクターがくすぐったそうに片目をつぶる。その仕草がやたらと可愛らしく見えて、ステインレスは口元を緩めた。
「まーた無理してんの?」
「仕事納めを頑張ったと言って欲しいな。新年にまで仕事を長引かせたら、君ともゆっくりできないだろ」
「ん。お疲れさま」
目元に指先を触れさせたままで身を屈め、そっと触れるばかりのキスを。
さらに口づけを深いものにしようと試みたのだが、コツコツと床を打つ靴音が聞こえてきたので、結局体を離す羽目になってしまった。
そうだった。ここはまだ公共の場なのだ。
並んで息を殺していると、靴音が徐々に遠のいていった。それが完全に聞こえなくなってから、二人同時に深く息をつき、そんな互いの様子に顔を見合わせて笑った。
笑い声がおさまると、廊下は再び静寂に包まれた。
「
……
あれ、この曲」
ステインレスの頭部の耳がひくりと動く。
壁を隔てたホールから、音楽が流れてきているのだ。中途半端な防音のせいで聞こえ辛くはあるものの、あの懐かしい響きは間違えようがない。
「知っているんだ?」
「ヴィクトリアでは有名な曲でさ」
陽気で軽快なメロディに合わせて、ステインレスの尻尾が揺れる。近頃は耳にする機会がめっきり減ったその楽曲は、ヴィクトリアで広く親しまれている民謡だった。
元々は収穫祭などで演奏されていたものが、時代の移り変わりと共に大衆化して、ヴィクトリア各地に広がって行った
……
とかなんとか。以降は、催し事では必ずと言っていいほど演奏される定番の一曲となったのだ。
「これが流れると、みんな自然と踊り出すくらいだかんね」
「なるほど。じゃあ君も踊れるのかな?」
「えっ
…………
」
そう来るとは思わなかった。
片頬を引き攣らせて、ステインレスは返事に窮した。
踊れるか踊れないかで言えば、踊れる。
流石にこれだけ有名なのだから、ステップの手順などは体が覚えている。
だが、得意かと言われれば、答えはノーだ。
「
………………
まぁ、一応」
逡巡の末、至極曖昧な回答をした。
嘘はついていない。が、若干の後ろめたさがある。
下手に格好をつけたっていいことはない。それは、フェイストという青年が、人生を歩む中で得た教訓の一つだ。
それでも、好きな相手には格好よく思われたいという願望もまた、彼の中に確かに存在している。
そんなステインレスの困惑を知ってか知らずか、ドクターは黒いグローブに包まれた右手を彼に向けて差し出した。
これは、よもや、まさか、ひょっとして。
「私と一曲踊ってくれる?」
「あー
……
」
悪い予感ほどよく当たる。全く困ったものだ。
しかもドクターはやけにイタズラっぽい笑みを浮かべているので、ステインレスの虚勢はすっかり看破されているのだろう。
ここまで来て、変な意地を張っても仕方がない。ステインレスは降伏の意を込めて両手を上げ、頭頂部の耳を少々伏せる。素直に真実を白状することにした。
「踊り方はわかるんだけど、俺、踊るのあんま上手くないよ?」
「それでもいいよ。どうせ私だって似たようなものだろうしね。君がどうしても嫌だっていうなら無理強いはしないけど、せっかくの機会だし、踊りたくなったんだ、君と」
ホールドアップの体勢のまま、ステインレスは二度ほどまばたきをした。
そっか。〝俺と〟。
〝この曲〟で、一緒に踊りたいって言うんだ?
その意味を、彼女はおそらく知らないのだろうけど、『君とがいい』と言われて悪い気がするはずもない。
(ドクターにかっこ悪いとこ見られるのなんて、今更か)
これまでも散々、みっともない姿を見せてきたのだし。変に気負うよりも、思い出作りを大事にした方が賢明だ。
「んじゃ、お手をどーぞ、お嬢さん」
差し出されたドクターの手を下から掬い上げるように持ち上げ、そっと指の先にくちづけを。
恋人の細腕を引っ張り上げるようにして、ステインレスは立ち上がった。
*
華麗なステップ
――
とは、いかないものの。
そこまで難しい動きではないことが幸いしてか、決して広くはない通路でも、それなりのダンスになっていた。
前後に、左右に、ステップ。
くるりと一回転。
想定していたよりもマシな出来になったことが、徐々にステインレスの緊張を解いていく。そして同時に、気分も高揚してきて
――
「これってさ、元々は求婚のための踊りなんだよね」
ついうっかり、口が滑った。
「昔は村の収穫祭とかで踊られててさ、結婚して欲しい相手を誘うものだったんだって。だから、俺らの時代になっても、このダンスの相手を頼むのは、そう言う意味もあるって、いうか
……
」
ドクターはおそらく深い意味もなく誘ってくれたのだろうけれど。
自分ばっかりコソコソと喜んでるのはフェアじゃない気がして、馬鹿正直に口にした。
すると、ぎこちなくくるりと一回転したドクターが、
「知ってるよ。この間聞いたんだ」
と、答えた。
「え」
「ヴィクトリア出身のスタッフが、新年会に流す曲の選定をしていて、そのときにね」
ってことは? ドクターは誰かとこのダンスを踊ることの意味を、ちゃんとわかってた?
それって、もしかして、自惚れじゃないのなら。
「
……
俺だから誘ってくれたってこと?」
「少なくとも、ここにいたのが君じゃなかったら、この曲が流れてきても踊ろうとは思わなかっただろうね」
「
……
もうちょっと素直に言ってくれてもよくない?」
「君が気を利かせてくれてたのはわかったけど、それでも遠巻きにされてたのが寂しかったからね、お返しだよ」
「じゃ、じゃあ、もしかしてドクターが会場抜け出したのも、俺を誘い出すためだったとか?」
「そうだよ」
「っ、わっ
……
!」
冗談を真正面から打ち返されて、衝撃で思わず足がもつれた。
ああ、これは転ぶな。やけに冷静に考えて、それでも体勢を立て直せないまま、無様に尻餅をつく。
手を繋いだままだったドクターも、一緒に引きずられるように地面に倒れ込んできて、その体だけはなんとか両腕で抱き留めた。
「あぶねー
……
。ドクター、だいじょぶ、か
……
」
床に座り込んだまま、腕の中の恋人を覗き込む。
俯いたままのドクターの肩が、小刻みに震えている。
「ふふ
……
っ」
どこかぶつけたのかと心配したのも束の間、今度は小さな笑い声が聞こえてきた。
ドジを踏んだ自分が急に恥ずかしくなったが、同時におかしさも込み上げてきて。
「ははっ」
つられて、ステインレスも笑ってしまった。
「あのさ、ドクター」
まだ笑いの余韻が残る中、ステインレスはドクターを抱く腕に力を込めた。防護服越しに伝わる華奢な体の感触。間近に感じる息遣い。鼻先に当たる柔らかな髪。
この数ヶ月、夢に見るほど焦がれた人が、腕の中にいる。その喜びが、ぎゅっと胸を締め付ける。
「今度この曲聴いたら、俺から誘うから。ドクターも、俺以外と踊らないでくれる?」
耳元に唇を近づけて囁けば、俯いたままだったドクターが顔を上げ、ステインレスの頬にそっと触れるばかりのキスをした。
「いいよ」
「約束だかんな」
女の首の後ろへ腕を回して引き寄せ、すぐそばにある唇に噛み付く。ちゅ、ちゅ、と音をさせて柔らかな舌を絡め取っていると、遠くからホールの扉が開く音が聞こえた。
「ドクターどこにいったのかな〜? 一緒に飲もうと思ったのに」
「さっきまでは会場にいたのにね〜」
複数の女性の声。声だけでは誰か判別がつかない。親しくしているオペレーターやスタッフなら、声だけでも顔が浮かんでくるので、おそらくあまり関わったことのない職員だろう。
いくつもの入り乱れた足音が通路に響く。こちらの道には曲がらずに、どんどん遠ざかっていく。
悪いけど、今日はもう独り占めすることに決めたのだ。
愛しい人を抱く腕に力を込め、ステインレスは。
「もうちょっとだけ、二人きりでもいいよな?」
他の誰にも聞こえないほど小さな囁きを、ドクターの耳へと注ぎ込んだ。
【おわり】
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