akmtakr
2024-05-29 00:24:34
5853文字
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越える夜 / 生まれる朝

戦闘描写を含みます/福ちゃんは焼失している設定です/福ちゃんの鼻血注意(後半部分では止まっています)/福ちゃんの刀剣破壊ボイスを匂わせた一文を含みます/独自の設定、解釈を含みますので、あまり深く考えずに読み流していただけるかた向けです
戦場で互いを労いつつイチャイチャする号福チャンです。イチャイチャしています。甘いです!わーい!

1月のイベントでともだちのスペースに無配として置いてもらったり、ネットプリントとして配布させて頂いたはなしです。号福の日の勢いに任せて公開したくなったのでします!わーいわーい!

 振り下ろした太刀がひゅん、と風を切り、黒い飛沫を地面に散らす。
「っ、そら!」
 息付く間も無い。横からの気配に素早く腕を持ち上げ横に一閃。短刀を振り翳していたものの胴を真っ二つに斬ると、それは耳障りな悲鳴と共に塵となって消えた。
 夜間の森の中での奇襲による戦闘なんて索敵能力値の低い太刀には随分と不利だ。出来るだけ早く仲間の短刀か脇差の近くに向かうべき、かな。
 そう遠くない場所から刃が合わさる高い音がして、そちらの方に意識を向けた、刹那、
「光忠!!」
 後ろから、よく知る声が鼓膜を揺らした。
 普段のように低く穏やかな音じゃなく、焦りを帯びて鋭く、上擦っている。
 振り返ろうとした、頬に、───強い衝撃。
「ぐッ……!」
 一瞬音が遠くなる。足が地面から離れ、咄嗟に腕で庇った頭から生い茂る草むらに突っ込んだ。
「おらあああっ!!!」
 咆哮と、響く悲鳴を少し遠くの方で聞く。
 白くちかちかする視界。息をするのを忘れていたことに、数秒遅れて気がついた。吸い込んだ空気と共に予想外の水分が一気に喉の奥に流れ込み、派手に噎せる。
「おう。折れんじゃねえぞ」
 応える代わり上げた唸り声に、からりとした笑い声が返った。
 しかし肌がぴりつく緊張感が解けることは無い。
 俺も、日ノ本一の槍である号ちゃんだって決して夜目が利く方じゃない。少しも油断は出来そうになかった。
 殴られたのが柄だったのが不幸中の幸いってとこか。刃だったら首が飛んでいた。未だふらつく二本の足で地面を踏みしめると、生温かさが顎を伝って土の上にぼたぼたと落ちた。……口の中一杯に広がる、鉄の味。
 この顔に何が起こったのか察して、深くため息を吐く俺を横目に見ながら、号ちゃんは、にんまりと笑った。
「男前が上がったなァ?」
……冗談やめてくれ」
 殴られた衝撃か、倒れ込んだ時打ち所が悪かったか。どちらでも結果は同じことだ。
 鼻から流れ出る血液は、止まる気配が無い。
 全く、格好悪すぎるな……こんな姿、光忠にはとても見せられない。
 血が止まるまで安静に、なんて悠長なことはしてられない。シャツの袖口で鼻をぐっと押さえて、荒く拭う。幸い周りの骨に異常は無さそうだ。喉奥から咥内に溜まったどろりとした塊を地面に吐き捨てても、口の中には血の味が充満している。生ぬるい血液は鮮やかな藍色のシャツの袖口を赤く染め続ける。ああもう、どうしようもないな、これは。
 もう一瞬早く反応出来ていたなら。振り返らずに避けていたなら。そもそも号ちゃんの気配にすら気づけなかったなんて鈍らにも程があるんじゃないか?
 自分に対して酷く苛って、つい低く舌打ちを落とす。
「ハハッ! いいねえ。随分とそそるじゃねえか」
……号ちゃん」
 軽口だろうと思っていた言葉が、視線がかち合った途端はっきりした温度を持った。俺は目を見開き、号ちゃんはゆったりと藤色の瞳を細める。
 その目の奥に有る、俺のよく知るぎらついた色は確かに冗談のそれではなくて、思わず肩を竦めて苦笑した。
「たまにきみの趣味を疑うとき、有るよなぁ……
「そうかあ? ま、テメェじゃ解んねえモンだろうが、よ、っとォ!」
 後方から斬り掛かって来たものを、号ちゃんの槍は一突きで貫く。暗く狭い木々の間を大身槍は器用にすり抜けた。見蕩れていられないのが勿体無い。
「それじゃ、帰ったらたっぷり甘やかして貰おうかな、……なんてね、っ、」
 突っ込んで来た脇差のそれを蹴り飛ばし、踏みつけた上から切っ先を突き刺す。鼻を拭う袖はじっとり冷えて不快だし、貧血で目眩もする。取り繕う余裕の無い所作は見るに堪えない筈だけど、目配せをした号ちゃんは、妙に嬉しそうだった。
「いいぜ。嫌ってほど甘やかしてやる」
 喉で笑う振動を、合わせた背中で聞いた。伝わる体温と、背を預けてくれる誇らしさに気持ちが引き締まる。
 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。
 僅かにクリアになった視界に、暗闇に浮かび上がる無数の紅い目が映った。
 気づいていたさ───囲まれてる、ってね。
「根性見せろよ、光忠」
 息をするだけでうっすら冷汗が滲むほど緊張の糸が張り詰めているのに、号ちゃんの声は確かに弾んでいた。
 酒瓶の酒を豪快に煽る気配と酒の匂いに、俺は、戦場で数々の死線をくぐり抜けてきた元主の姿を思い出す。
 血を吐き捨て、すらりと太刀を抜いて敵を見据えた途端、激しく昂るものを肋骨の奥に感じて自然と不敵な笑みが浮かんだ。
 胸が踊り、血が滾る。なんだかんだ言っても俺はあの勇猛果敢な武将、賤ヶ岳の一番槍とも謳われた福島正則の佩刀だった太刀、なんだよな。
「ああ。号ちゃんこそ、不覚を取るなよ?」
「お、言うじゃねえか」
 ふん、と鼻で笑って、低く構えの姿勢を取る号ちゃんがどんな表情をしているのか、見なくても解る。
 太刀と槍に対して的確に不利なこの状況は、明らかに敵の罠だ。遠くで仲間が戦っている気配は有るのに助けが来ない、のではなく、来られないのだと理解した方が良いだろう。
 それなら、夜明けまで耐え抜けばこちらの勝ちだ。
 薄暗い森の中で、どれだけの時を持ち堪えればこの夜が明けるかなんて、まるで見当も付かないけど。
……帰んぞ」
 低く響く声が、短く告げる。俺は頷く。それだけで伝わると知っていた。
 背中から、大きく空気を吸う気配。
「天下三槍を恐れない奴だけ、かかって来なァ!」
 位持ちの強い気迫がびりびりと肌を撫でた。
 一瞬の間の後、周囲から奇声のような聞くに堪えない雄叫びが次々と上がり始める。
 俺は、ゆっくりと息を吐く。僅かに目眩はするけれどどうということはないさ。流れ出る血液は、生きている証だ。
 生きて、帰る。
「長船派の祖、光忠が一振り」
 日ノ本一の槍を、もう二度と手放さない為に。

「────参る」




 木々の隙間から鮮やかな朱い光が差し込んでいたことに気づいたのは、少し前のことだ。
 その頃には敵の数は随分と少なくなっていた。既に撤退を始めていたのかもしれないし、俺たちが残らず斬ったのかもしれない。彼らは斬ったそばから塵と化して跡形もなく散ってしまうから、一体どれだけ斬ったかなんてもう、わからなかった。
 肩で息をしながら、最後のそれを斬り捨てる。
 鼻からの出血は、意外と早いうちに止まってくれた。人の身の凄さを改めて感じるね。でも頬の方は今もずきずきと熱を持って、感覚の鈍さがぼんやりある。腫れてはいないようだけど、派手な痣にはなっていそうだ。
 でも一先ずは、折れずに済んだってこと、かな……
 ほっとした途端、不意に膝のちからがかくりと抜けて俺は、散々踏み荒らされたでこぼこの地面にみっともなくお尻で着地した。
「いたた……
「おう、無事か?」
 のんびりした笑い声が後ろから聞こえて、取り繕えもせずに乾いた笑いを返す。
 倒れた木々を避けてのしのしと俺の前に回り込んで来た号ちゃんのツナギは、ぼろぼろだ。白いタンクトップも端切れだけが腰から下がって、生傷が幾つも散らばった分厚い上半身はすっかり顕になっていた。
 なぜか満足気な雰囲気を纏いながら顔を覗き込もうとする視線から、俺は咄嗟に顔を背ける。
「なんだよ。隠すことねえだろ」
「だって……格好悪いでしょ……
「あァ? んなもん今更じゃねえか」
 確かに今更と言われれば今更、なんだけど。さっきなんて鼻血垂れ流し状態の酷い有様だったのに、号ちゃんは嫌な顔ひとつしなかった。むしろなんだか嬉しそうで……いや、それ大丈夫な趣味なのか? 俺、応えられるかな……
……また妙なこと考えてそうだから一応言っとくが」
 深々とため息を吐いて、大きなてのひらが俺の髪をくしゃりと混ぜる。
「戦場でついた傷や刃こぼれなんざ、刀や槍にとっちゃ勲章も同然だろ。人の身だって似たようなもんだ、格好悪ぃわけがあるかよ」
 ―――俺は、思わず弾かれたように顔を上げた。
「よく踏ん張ったな、光忠。惚れ直したぜ?」
 やさしく俺をみつめる、号ちゃんの目。
 しばらく瞬きも忘れて、俺はただただその目を見つめ返した。
 号ちゃんは何も言わず、しずかに目を細める。
 初めて見たわけじゃない。高難易度の戦場からの帰還を出迎えたときに、何度か見た。初めてそれを目にした時ほど感情が乱れてしまうようなことはもう無いけど、俺にとってその色がそこに在るということは、ずっと変わらずに特別なことだ。
 戦場で昂りきった号ちゃんのひとみは、普段の黒田家由来の穏やかな紫から、福島家の、俺と揃いの鮮やかな朱色へと、変わる。
 朝の透明な木もれ日のひかりをうけて淡く輝く焔色の瞳は、ついさっきまでの暁の空をそのまま閉じ込めたみたいに綺麗で、俺は、涙腺が緩みそうになるのを目頭に力を入れてなんとか耐えていた。
 号ちゃんは照れくさそうに小さく笑うと、地面に座り込んだままの俺に真っ直ぐ手を差し伸べてくれた。
「ほら、もうちょい頑張れ。本丸に帰るまでが戦だぜ」
……うん。そうだね」
 微笑みながらその手を掴む。と。
 見つめたままの焔色が、はっきりと翳った。
 彼の視線は掴んだ掌の方を向いていて、ようやく俺はそれが右手だったことに気づく。
 ……ああ、しまった。差し出してくれたのが左手だったから、咄嗟のことで気が回らなかった。ぼんやりしていたせいもある。
 肩の甲冑は打刀の敵に切りつけられた拍子にどこかに飛んで行ったままだし、ジャケットは動きにくさを感じた瞬間に脱いで、目眩しとして使ったきり見ていない。今の俺の上半身は、すっかり切り刻まれたお気に入りのシャツを辛うじて羽織っているだけの状態だった。
 覗く素肌。それ自体は別にはどうってことない。ただ号ちゃんの手を掴んだその手にも、腕にも、巻き付く蔦のように広がっているのは、火傷の痕だ。
 真新しい傷に呼応するようにひりつくその古傷は、戦場でついた勲章なんかじゃない。俺が、―――福島光忠という太刀が水戸の地で焼けて失われたことの、証だ。顕現した時にはもうこの腕に在って、幾度手入れをしても癒えることはない。
 号ちゃんは眉間に皺を寄せて、ゆっくりと息を吐く。痛みに耐える表情に、よく似ていた。
 この火傷痕を、号ちゃんだって初めて見たわけじゃなかった。進んで見せるようなものでもないし、見て良い気分になるものでもないから出来るだけ誰の目にも触れないように暮らしてはいるけど、彼の目の前で全ての肌を晒すことなんて、もうそれほど珍しいことでもない。
 ……でもなんとなくわかる。今の号ちゃんの気持ち。
 現存する槍にとって、焼失した太刀なんてものはどれほど覚束無いものに見えるだろう。
 俺がもしも折れることが有っても、それは悲しむには及ばないことだ。既になくなっているものが今ここでなくなったって、何も変わらない。そんなことを本気で思っていた時が、―――俺にも、確かに有ったけど。
 遠くの鳥が朝を告げている声が聞こえた。瞬間、頭上の木々の葉を揺らしながら小さな鳥が何羽か飛び立つ。羽ばたく影を目で追っていると、掴んだままだった掌が突然強い力で引っ張り上げられた。
……っ、!」
 急な体勢の変化にふらつく足は、やわらかい土をなんとか踏みしめた。けれど満身創痍の身体はバランスなんて上手く保てる筈もなく、手を引かれた勢いのまま、号ちゃんの方へと倒れ込んで……気づけば、その両腕にしっかり受け止められていた。
 目の前に有った彼の鎖骨と喉仏の間に頭を預けてほっと息を吐きながら、腰と背中に回っている腕の力強さに気づく。もしかしてこれって抱き寄せられた、のか?
「ご、号ちゃん……?」
「隙あり、ってなァ」
 俺の額の生え際に鼻を埋めると、号ちゃんはゆっくりと深く呼吸をした。肌に当たる髭がちくちくして擽ったいけど、慣れてしまえば癖になる心地、なんだよなぁ。
「どうした号ちゃん。甘えたいの?」
 囁きながら下顎に頬を寄せ、髭の触るところを指の腹で丁寧に撫でる。
「馬鹿、俺が甘やかしてんだよ。約束したろ」
「え、今なのか? それ……、っ」
 ニヤリと笑ったくちびるが、突然、柔く俺の頬を食んだ。普段しない甘え方に思わず笑ってしまいながら、やわらかな接触に不釣り合いな鈍い感覚に、そこに在る痣のことを思い出す。
 俺が折れたら、この子がどれほどかなしむか。
 この子だけじゃない。光忠も、実休も、主も本丸の皆だってかなしむことを、今はちゃんと解ってる。
 なにも変わらないわけがないんだ。大切なものを失う辛さを、俺は誰よりもよく知っているから。
「なあ、号ちゃん。甘やかしてくれるのは嬉しいけど、帰ってからにしないか? 困るでしょ……、その、今、ここで歯止めが利かなくなっちゃったらさ……
 戦闘後の興奮冷めやらない状態で、恋仲同士が裸同然の上半身を密着させてるこの状況。一度火がついてしまったら止まれる自信が俺には無いし、そろそろ部隊の皆も探しに来てくれる頃なんじゃないかな……
「あー……まあ、そりゃあ……そうだな」
 号ちゃんは、渋々頷いた。こういうとき拗ねたみたいに口をへの字に結ぶ癖は、ずっと昔から変わらない。
「いいこだね、一緒にもう少しだけ我慢しような。本丸に帰るまでが戦、だよ」
「はいはい……ったく。敵わねえよ、お前には」
 見上げた長いまつ毛の奥にある瞳は、朝焼けの太陽みたいに鮮やかな焔色のままで俺を見つめていた。もう少し経てば、この瞳は普段通りの黎明の空に似た静かな紫に戻っていく。
 大切なことだ。黒田家は今でも号ちゃんを大事にしてくれている。恩には義で返す、号ちゃんらしい在り方。
 それでもその心に、俺と同じ色を持っていてくれた。言葉よりも遥かに重くて、情熱的で、驚くほど優しい。……号ちゃんらしいよ、本当に。
 逞しい首に両腕を回す。踵をつま先で持ち上げると、背中に回っていた大きな掌が頚椎を巡って、まるで当然みたいな手つきで俺の後ろ頭を支えた。察しの良さについ笑ったら、目と鼻の先にある唇もつられて笑う。
 ふれあう息のここちよさに、揃いのひとみはゆっくりと瞼を閉じる。

 仲間が俺たちの名を呼ぶ声が、遠くに聞こえた。