akmtakr
2022-12-23 11:22:30
4304文字
Public
 

充実の休日

現パロ号福が号ちゃんの家でイチャイチャしてるだけのはなしです


 ふあああ、なんて気の抜けた大欠伸が横から聞こえて、オレは思わずほくそ笑む。
 付き合って三年目になるオレより二つ年上の恋人は、日頃から身なりによく気を遣うマメな男だ。人前に出る時は常に皺ひとつ無い洒落た服を着て、毛先が遊びがちな独特のくせ毛をオールバックにまとめ、両耳にピアスなんて光らせている。しっかり付いた筋肉の割に引き締まった身体、細いスラックスは長い足がよく引き立つ。自分のセンスに拘りを持っていて、またそれがよく似合う。
 そんな色男が、だ。今は、だぼだぼに袖も裾も余ったヨレヨレのスウェット姿で、軽く括っただけの髪が乱れることも気にせずに、オレの胡座の膝に肘を乗せながら半ば寄りかかる形でごろごろと寛いでいる。これほど油断し切った姿を見ることが出来るのは、正しく恋人の特権って奴だろう。
 スウェットはオレが普段部屋着にしているもので、オレも今、同じものを着ている。195cmのなかなかガタイが良い方のオレでも多少ゆったり着られるサイズを誇る濃いグレーのスウェットは、何年も前に海外に行った際、偶然見つけたものをまとめて買って来た。オレにも洒落っ気というものが無い訳でもないが、ある程度の見栄えを保っていればそこまで気にはしない。特に部屋着なんて着られればそれで良いので冬はスウェット、夏場はタンクトップ一択だ。
 部屋も家具や内装なんかには全く拘らず、立地と日当たり重視で選んだ一人で暮らすアパートに、今はふたり。なんとなく点けっぱなしにしてあるテレビには古い洋画が流れていて、夕暮れが近づく斜めの陽の光が差し込む部屋の中、互いの存在を感じながらぼんやりとそれを眺めていた。
「まだ眠ぃかよ」
 涼し気な目元にかかる、オレの髪質と似た緩く癖がかる髪を指先で退かしてやると、ゆっくりと瞬いて、照れくさそうに微笑む柔らかな視線が、こちらに向く。
「少しね。さすがに疲れた、かな……
……悪ぃ」
「いいんだよ。俺も随分満たされちゃったし?」
 恋人歴は三年目だが、友人としての付き合いなら無駄に長い。悪戯っぽい表情を浮かべながらの言葉でも、それが本音かどうかなら目を見れば分かって、苦笑しながら髪をくしゃりと撫でてやった。独り善がりではないのだと、きちんと伝えてくるのがこいつらしい。
 急なスケジュール変更で、突然今日が丸一日休みになった。おかげで久々に休日が被り、昨夜の仕事終わりに恋人——福島光忠を家に誘った。二つ返事で仕事場から着の身着のままウキウキとやって来た福島に有り合わせで簡単に飯を作ってやると、まるでこの世界にこれ以上のご馳走は無いと言わんばかりの勢いで褒め散らかしながら、全部旨そうにぺろりと平らげた。見た目のわりによく食べることも、こいつの気に入っているところのひとつだ。
 交代で風呂に入ったあと、寛ぎにくそうな私服を再び着直そうとする福島にオレの部屋着のスウェットを少し強引に着させて、ベッドの上で雑談しながらマッサージし合っているうちに、だんだんそんな空気になって、気づけば、どっぷりと互いの身体に没頭していた。
 恋人同士のスキンシップだ。福島もそのつもりだったようだし、まあ、そこは。——ただ、久しぶりだったのでつい盛り上がり過ぎてしまい、ふと我に返った時には既にしらじらと夜が明ける頃だったのは流石に想定外だった。
 朦朧としてしまっていた福島の身を清め、諸々片付けを済ませて朝方に眠り、オレが目を覚ましたのは昼を少し過ぎた頃。昏々と眠っていた福島は、その数時間後に腹の虫を鳴かせながらのっそり起きて来た。
 間食程度に小さめに握ってやった握り飯を美味そうに食べる顔を肴にオレはビールを一缶空け、あとはひたすらのんびりと過ごして、今に至る。
 もういい歳だというのに、10代や20代の頃より今が一番そっちの欲に漲っていて我ながら本当にどうしようもない。それもこれもガキのころからの初恋の相手と念願叶って結ばれることが出来たせいなのは分かりきっているので、仕方ない、ということにしておきたい……が、それに付き合わされる年上の恋人の身を思うと毎回深く反省する。その反省が生かせた試しは、今のところ無いんだが……
「福、夕飯は何が食いてえんだ?」
 袖から僅かに覗く指先で目元を擦る福島に問いかけると、目をしぱしぱさせながら、ううんと唸った。
 こいつがオレの作るものなら何でも喜ぶことならよく心得ているが、折角だ、詫びも兼ねて好きなものを作ってやろう。そう広くないアパート暮らしには若干大きな冷蔵庫にはある程度食材の買い置きが揃っているし、足りなければ近くにスーパーも有る。
 顔には出さず、内心ではなかなかに浮かれながら熟考する福島の答えを待っていると、やがて福島はおずおずと「あのさ」と言い、卓袱台の上にずっと放置してあったスマートフォンを手に取った。
「光忠がこの間、ここのお店がすごく美味しかったって教えてくれてね」
「お、おう……?」
 オレの胸に寄りかかり、スマートフォンの画面をオレの目線に上げて見せる。外食に行きたいのかと思いながら画面を覗き込むと、すぐに出前専用アプリの配達メニューだと解った。福島の腹違いの弟である燭台切光忠も随分小洒落た男だが、画面には洒落っ気の無い丼物の写真が堂々と並んでいる。
「いろいろ気になっているんだけど、ひとりだとシェアしたりも出来ないしさ? 号ちゃんと食べたいなって、ずっと思ってたんだ」
 どうかな? と見上げられて、すぐに頷いてやれないのは我ながら器が小さいと思うが。しかし自分の作ったものを食べさせてやりたい気分がどうにも上手く切り替えられず、つい素っ気ない言葉が口を衝いてしまう。
……わざわざ頼まんでも、それくらいならオレでも近しいものは作れるけどな」
 福島は、そんな反応を分かっていたように頷いて、くったりと笑った。
「うん。……俺も、号ちゃんの作ったごはんの方が食べたいけど」
「それなら、」
「あのさ、号ちゃん」
 身体ごと勢いよく振り返ると、福島はオレの膝をのしりと跨ぎ、胡座の中心に腰を落ち着けて向かい合わせの体勢になる。微笑んではいるものの、表情から僅かな緊張が見て取れた。
……福?」
 括っていた髪を、珍しく雑な仕草で解く。仄赤い毛先がふわりと肩に落ちる。オレの家のトニックシャンプーのすっきりした匂いと福島の身体や髪に職業柄常に移っている花の甘い香りが混ざって、妙に煽情的な匂いに感じた。
「号ちゃんを、今キッチンに取られるわけにはいかないんだ。……ごめんね?」
 緩い首もとから、はっきりした鎖骨の隆起と胸筋のゆるやかな谷間が覗く。私服を開襟しがちなことを考慮しながらも我慢出来ずに付けた鬱血の跡を視界の隅で捉えた途端、目の前の撓んだ布の中にある皮膚の熱さや触り心地が一瞬で鮮明に頭を過ぎった。
 慌てて目を逸らすと、紅い瞳とかち合う。
 わずかに潤んだその目の奥、その欲情に漸く気づいて、思わずそっと息を飲んだ。
 ——昨晩は本当に、オレの気が済むまで何度も付き合わせてしまった。夢中になりすぎて何度したのかもはっきりとは覚えていないし、息も絶え絶えだった福島には無茶をさせたとばかり思っていたが。
「いやお前、さっきは満たされたとか言ってたろ」
「そりゃあね? でも、号ちゃんだって俺の家で俺の部屋着を着て過ごしてみたら、今の俺の気持ち、絶対分かってくれる、と、思う……
 サイズ的に無理が有るだろ、とか、そういう問題では無さそうだ。もごもごと言いづらそうに視線を泳がせる、その瞳を真正面から覗き込むと、首を竦めて僅かに言葉を選ぶ気配。
「だって、……だって号ちゃんの匂いがして」
……におい?」
「ベッドから出ても、ずっと号ちゃんの匂いがしてさ。なんだかずっと号ちゃんに包まれてるみたいで……こまるんだよ。昨日の夜のこと思い出すし、全然気も逸らせないしよぉ……
 言い方からしてネガティブな意味ではなさそうだとは思うが、匂い、と言われると若干複雑な気分になる年頃ではある。咄嗟に自分の腕あたりを嗅いでみても、自分の匂いはよく解らない。
……臭ぇとかじゃねえよな?」
「え? ああ。うーん、どうかな。俺はすごく好きだけど」
 否定はしてくれねえのか。まあ、こいつがやたらと嬉しそうに好きだと言うなら、何でも構わないか。
 福島の着ているスウェットの肩の落ちた袖に鼻を押し当て、ゆっくり息を吸い込むと、福島の身体の匂いならはっきりと解った。不思議と甘く感じるのは、花の移り香だけのせいではないと思う。
 そんな僅かな刺激だけで大袈裟に肩をぶるりと震わせる恋人は、頼りなく眉を下げ、潤む瞳でオレを見上げた。止めようもなく昂ってしまう身体を全てオレに委ねてしまいたがっている。無自覚だろうが、その縋るような瞳のいろはオレの中のあまり良くない部類の欲を的確に煽る。
 が。しかし、昨夜こそどうしようもなく暴走した欲に任せて無理をさせたばかりだ。これ以上こいつの体力を削るようなことを、オレの理性は良しとしない。
……疲れてんだろ?」
「疲れたよ。いろんな所が痛いし。……でも、ここが、せつなくってどうしようもないんだ。——号ちゃんのせい、だよ?」
「~~~~ああもう、お前なぁ……
 自分の下っ腹撫でながら、何てことを言ってのけやがるんだ。
 鼻にかかって掠れた声は一段と甘く、ひくく囁く。
「ねえ、どうにかしてよ。いいでしょ……?」
 断られると思っていない問いだ。まあ、出来るだけこの身体に負担をかけずにこれ以上なく気持ちよくしてやれる自信なら有る。理性にはそれでご容赦願おう。こんな据え膳、頂かなくては男が廃る。
 隙間だらけの上着の裾から差し込んだ手が地肌にふれると、すべらかな肌が触れた場所からぞくぞくと粟立っていく。独特の手触りを楽しんでいるうちに、すっかり力の抜けた身体が抱きついて来た。首筋に、耳に、額の生え際に、口付けるごとに甘い呻きを耐える喉が猫のように鳴る。
 冬の夕暮れは早い。夜は、まだまだこれからだ。互いに満足したあと、共に食卓を囲み、風呂に浸かり、寄り添って眠って、明日にはまた別々の仕事に向かう。
 次に逢える日はまたいつになるか分からないが、今日の記憶は忙しい日々を乗り越えるための何よりの糧になるだろう。
 オレだけの前でしか晒さない姿でオレを求める年上の恋人の甘えた声を聞きながら、胸に満ちる満足感に、笑みを深くした。