あさかわ
2024-05-29 23:47:51
7561文字
Public 粉砕鬼水シリーズ
 

昭和式折衝術(粉砕鬼水2)

生き馬の目を抜く系💧と無自覚惚気👹の厄介ごと粉砕

 曰く、折衝の鬼。
 曰く、思考が剃刀。
 曰く、下駄の音より雪駄を擦る音に震えが走る。

 評された男――水木は腕を組んで、人を化物か何かのように言ってくれるな、と言い返す。
 水木は妖怪同士の争いごとに、目玉か鬼太郎が必要と判断すると、出て来る男である。洋装の人間がすっかり増えた昨今珍しい和装姿でやって来て、争いごとを煮たり焼いたり煎ったりして、解決というか粉砕して帰っていく。仲裁された者はどっと疲れると評判で、妖怪の間では、あんまり拗れるとアレを呼ばれるんじゃないかと恐れ始めている。純粋な力で言えば鬼太郎の方がずっと強いし目を付けられたら恐ろしいのだけれど、水木はまた別な怖さがある。しかもこの二人連れ合いなので、片方に万が一あれば、もれなくもう片方が付いてくる。誰ぞがトウガラシとワサビのようなモンだと評した。厄介なことこの上ない。
 水木は人間だ。山を開き、野に道を敷き、川の流れを変えて、自分たちに都合の良い生活を築き上げてきた人間。水木は人間の先っぽに立ってアレコレ知恵を回してくる。口上も手管も妖怪にはどうも馴染まないもので居心地が悪くなる。



「あまり無理はしないでくださいね」
「相変わらず心配性だな」
 山門の前で鬼太郎が水木の手を握っている。連れ合いが話しているのを一つ目小僧は少し離れた場所で見ていた。単衣に羽織姿の人間は珍しい。山の麓にすむ人間はみんな洋装だ。和装は、テレビいう動く絵が映る箱の中大喜利をする人間くらいしか見ない。
「大丈夫だよ。お守りは持ったし、お前が見守っていてくれるんだ。怖いことなんぞありゃしないさ」
 水木が自分より背の低い連れ合いの頭を撫でて笑っている。鬼太郎が名残惜し気に一歩足を踏み出す。一つ目小僧は手に持った錫杖を地面に打ち付けた。
「鬼太郎さん、これより先は首領様の領地です」
「ああ、分かっている。水木が交渉している間、青坊主の領地には入らない。約束はちゃんと守るよ」
「なにとぞ、お頼み申します」
 一つ目小僧が頭を下げ懐から紐を取り出した。銀と藍を織り込んだ紐は輪になっており、結び目には小さな翡翠の玉が飾られている。
「水木様、こちらを」
 一つ目小僧が促すと、水木が膝を追ってしゃがんだ。彼の頭から輪をかけると、首元に降りた紐がうっすら光って程よい長さになる。
「へえ、すごいな」
 水木が首元の玉を触った。鬼太郎は水木の視界の外で剣呑な顔をしている。
「首領様の術でございます。万が一にも鬼太郎さんが領地に入った場合、この紐が首を引きちぎりますので……どうか約束を破らないでください」
「安心してくれ。鬼太郎は義理堅いから、破ったりしないよ。じゃあ行ってくる」
「水木、また後で」
 水木は鬼太郎に手を振って山門をくぐった。見送る鬼太郎は眉を寄せて、一つ目小僧と水木の姿が見えなくなるまでずっと立っていた。


 今回のことの発端は青坊主と蘆原御前の領地争いである。青坊主は山を治め、蘆原御前は沼を治めている。
 人間が川の流れを変えて御前の住む沼に注ぐ水量が減った。沼は御前の土地であり、干上がれば御前の領地が減ってしまう。困った御前は青坊主の舎弟である雨降り小僧を招いて、足りない水を補うこととした。
 これに異を唱えたのは青坊主である。うちの舎弟をタダで借りるとは何事か。それなりの誠意を見せるべきなのではないかと御前を詰った。一方御前は、元はと言えば人間の行いとばっちりを喰ったのだ。妖怪仲間として私を想って手を貸すのが道理だろうと返す。拗れに拗れて領地について話が飛んで、互いの領地を見分ける境界石の場所どうこうと言い争いになった。両者の板挟みになった雨降り小僧が鬼太郎に泣きついたのだ。
 結果、この一件は水木の出番だろうということになった。


 一つ目小僧は水木を連れて母屋に向かう。青坊主は山に暮らす坊主や小僧の妖怪たちを取りまとめている。身内には面倒見が良いが、懐の外の者に対しては厳しい態度をとる。外から招いた交渉人の首に術を掛けた紐を巻くよう命じたのも青坊主だ。流石に伴侶の首を取る術に鬼太郎は不機嫌を隠さなかったし、目玉も難しい顔で唸っていた。しかし、水木と言う人間は二つ返事で了承し、鬼太郎と目玉が苛立ちと呆れが混じった目を向けていた。
「よくぞ参られた、人間殿」
 畳敷きの客間で青坊主が水木を迎えた。一つ目小僧は水木の後ろに控える。
「水木と申します。しかし、山一つ治める青坊主様が一介の人間をご指名とは驚きました」
 水木が正座して軽く頭を下げる。青坊主は片膝を立てて寛いだ様子だ。
「なに、目玉の親父殿から折衝が得意な男がいると聞いて呼んだまで。私一人で話しても御前とは拗れるばかりでな」
「話は伺っております。領地の境界石の場所のことだとか」
「その通り。私と御前では石の場所に齟齬があるようでな。水木殿には私と一緒に境界石が間違いなくあることを確認して欲しい。山中歩き回ることになるが、構わないか」
「勿論立ち会わせて頂きます。今日は鬼太郎がおりませんので、地下足袋で参りました。人間の鈍足となりますがご容赦ください」
 すっと頭を下げる人間を眺め、青坊主が膝を叩く。豪快に笑って立ち上がった。
「構わん、構わん。じっくり見分してくれた方がこちらとしても助かるのだ。御前と言い争うのも正直疲れておる。早速だが、一番拗れている川縁の辺りから参ろうか。一つ目、供をせい」
「はっ」
 一つ目小僧はきびきびと返事をして出立の準備をする。と言っても大した持ち物はなく、玄関先に置いた錫杖と、水木が山道に難儀した時の縄を持つ程度だ。
「水木様、こちらをどうぞ」
 一つ目小僧は水木に杖を差し出した。杖があるだけで山歩きはぐっと楽になるのだ。
「お気遣い痛み入ります」
 にこりと笑って水木は杖を付く。確かめるように、二つ、更に一つ突いて具合を確かめる。一つ目小僧はじっと水木の様子を見ていた。
「では、参ろうか。人間の足で三十分ほど歩くことになる」
 先頭に青坊主。次に一つ目小僧が続き、最後は水木が付いてくる。屋敷を離れて細い山道を川に向かって下る途中、一つ目小僧は何度も水木を振り返った。転ばないよう何度か手を貸して山道を歩いて行く。
「水木様、途中斜面が急になっている場所がありますから、くれぐれもご注意を」
 滑らないように錫杖で地面を突く。トン、と音を出すと、答えるように水木が杖で突く音がする。静かな山中に足音と杖の音がよく響いた。


 川辺に着くと青坊主が声を掛けた。
「この奥に境界石があるのだが、御前はただの岩だと言ってきかなくてな。苔が生しているが、間違いなく印が刻んである。水木殿、確かめてはくれないか」
 青坊主が指さす方向に人間の膝小僧ほどの石が置いてある。水木は境界石の場所を確かめるとそちらに足を向けた。
「分かりました」
 水木が石の方に踏み出す。青坊主は機嫌よく、一つ目小僧は錫杖を両手で握り締めて見守った。青坊主の腕が水木に伸びる。音もなく伸びた爪が襟足を捕らえようとした瞬間、水木が止まった。
「水木殿。どうかしたのかね」
……いえ、」
 水木は不穏な気配を感じたのか、言い淀む仕草を見せる。日の光が森の合間を縫うように差し込んでいる。青坊主の影が地面からすっと伸びて、水木が一歩踏み出すごとに、後ろにぴたりと付いてくる。
 ひたり、ひたり。石に近寄ると首裏にひんやりと冷たい気配が忍び寄る。
「さて、水木殿。仲裁はもう結構」
 底冷えのする声に一つ目小僧は後ずさりする。座り込んで地面に手を付いた。
「青坊主様? 一体何を……
 困惑する水木を見下ろして、青坊主が獲物を虐げるように口を歪める。
「これ以上鬼太郎に首を突っ込まれるのは勘弁願いたい。水木殿には人質になって貰いたいのだ。このまま母屋の方に戻ってはくれまいか」
 どうか、と一つ目小僧は祈るように顔を伏せ地面を両手で掻く。すれ違い様に渡されたものを掻いた地面に押し付ける。
 青坊主の手が水木に触れる直前、一つ目小僧が待ち望んだ声が響く。
「リモコン下駄!」
 急転直下、飛んできた下駄に青坊主は強かにこめかみを打たれる。視界がぶれてたたらを踏む青坊主と水木の間に小さな人影は割り込んでくる。
「水木っ!」
 水木の前に鬼太郎が立ちふさがる。ぶわりと髪を逆立てた鬼太郎が下駄を足元に戻した。
「鬼太郎貴様、約束を反故にするつもりか! ここは俺の領地だぞ!」
 鬼太郎に庇われた水木はすっと目を細める。
「いいや。ここは領地の外だ。よく見てみろよ。そこに境界石が置いてあるじゃないか」
 青坊主が振り返ると、確かに小石が一つ置いてある。苔のないつるりとした安山岩を一つ目小僧が囲うようにしていた。
「俺がお前と話している間に、一つ目小僧が新しい石を埋めたんだ」
 青坊主は牙をむき出しにして一つ目小僧に吼えた。
「俺の承諾もなく、勝手にやったのか!」
 腹に響く怒声を耐え一つ目小僧は青坊主を睨みかえす。
「お前の命令など聞かない。従うのは首領様だけだ!」
 一つ目小僧が従う相手は一人だけ。震える足を叱咤して、錫杖に縋りついて立ち上がる。
「鬼太郎が青坊主の領地に一切手出ししていない。だから、紐の術も発動していない。ちゃあんと約束は守っているじゃないか」
「人間風情が、横暴をっ!」
 水木は自分より上背のある青坊主を、腕を組んで見上げる。
「これが俺のやり方だ。白だと言ったらカラスでもペンキに掛けて白にするし、やはり黒だとなれば墨汁に浸す。人間の折衝とはそういうものだ。最初っからカモにされていたのはお前の方さ。もう化けの皮は剝がれてるんだよ『化蛇』」
 水木に本性を言い当てられた者がちらりと細長い舌を出した。青坊主が――青坊主に化けていたものが、両手で顔に皮膚を掴む。びりびりと皮を裂いて青坊主の身体から大蛇が這い出してくる。
「オヤ、そこまでバレていたか。厄介だこと」
 鬼太郎は益々警戒を強め、背後で水木が笑っている。妖力を増す化蛇が身をくねらせるのを眺めて水木が言った。
「本物の青坊主を捕らえ舎弟を脅し下した手腕は悪くない。しかし、それだけですべて手中に収めた気になるとは詰めが甘いな。青坊主の舎弟たちには杖で音と立てて合図をする。俺と一つ目小僧が道中ペラペラ話していたのに、お前はなぁんにも気が付かなかった」
 ゲゲゲの森に仲裁を乞いに行った雨降り小僧も、一つ目小僧もずっと杖を手放さなかった。一つ目小僧が水木に杖を渡したのも、打音での会話のためだ。
「本物の青坊主を返して貰おう、化蛇! 水木は下がっていてくれ」
 鬼太郎の背後から水木が動きだす。
「一つ目小僧、こっちに逃げよう。俺たちがいても鬼太郎の邪魔になるだけだ」
 一つ目小僧は水木と共に母屋の方に走り出した。水木は右手を鬼太郎に振って何かの合図をする。
「領地を諦める気はないんだな」
 鬼太郎の言葉に化蛇がとぐろを巻いて舌をチロチロ動かした。
「ははは、やれるものならやってみろ。お前が領地に入れば、あの人間の首が吹き飛ぶぞ」
 化蛇が尾をしならせ鬼太郎を打ち付けようとする。後ろに下がり躱す鬼太郎を追いかけることはしてこない。二、三度尻尾であたりを薙ぎ払い、化蛇は境界石の後ろに下がった。領地の中であれば、鬼太郎は手出しできないのだ。こちらが引っ込みさえすれば、鬼太郎は追いかけてこられない。加えて、人間と一つ目小僧は屋敷の方に逃げ出した。ならば追いかけて捕らえてしまえば良い。
……本当にうまく行くと思っているのか?」
 算段をつける化蛇に鬼太郎が冷めた声を投げかける。
「随分頭が軽いんだな。お前は水木に嵌められたんだ」
 鬼太郎がちゃんちゃんこを右手に巻き付けた。
「あの人が見逃す訳ないだろう」
 鬼太郎が境界石のこちら側に足を踏み出す。ぎょっとする化蛇に向かって右手を後ろに引くと地面を蹴って飛び込んでくる。
 術が発動する気配がしない。なぜだ、どうして。鬼太郎は境界石を越えたはずだ。混乱する化蛇の腹に鬼太郎の拳がめり込んだ。



 一つ目小僧は水木の手を引いて走っていた。後ろの方から不規則に地響きがする。
「助けてくださってありがとうございます。しかし、このままでは水木様が」
「君が聡くて助かった。さて、このままじゃ鬼太郎が自由に動けない。早く手助けしてやらないと」
 水木が懐から巾着を取り出した。山吹色の袋の中から小石を取り出して、ひょいと放る。
「あちらこちらにある境界石を削って持ってきたんだ。バラまけばここは青坊主の領地がここまで減る」
 一つ目小僧は大きな目を瞬かせ、水木の行いを見ていた。境界石には二つの取り決めがある。

 一つ、勝手に動かしてはならぬ。
 一つ、定めた石以外を使ってはならぬ。

 動かしてはいけないが、増やしてはいけない道理はない。定められた石を削ってはならぬ道理もない。ならば、石を削りあちらこちらに新しく増やしたところで何ら問題はない。
「噂に違わぬ暴論暴理。敬服いたします」
「いやぁ、あんまり褒められることがないから嬉しいよ」
 純粋な褒めではないのだが、水木は楽しそうに笑っている。その顔が屁理屈がうまくいった悪童のようだ。一つ目小僧は人間が乗っていた乗り物を思い出した。トラクターとか言う四輪の機械で地面を掘り返し、木をなぎ倒し、川を埋める。
 水木と言う人間が無理やり作った道理に首の紐も騙されているようで、化蛇と鬼太郎が争う打撃音が響いてきても特に変化はない。
「今回の件は青坊主本人に事後承諾となるが、まあ許して貰おう」
「首領様は化蛇に縛られて母屋の地下に捕らえられております。化蛇が力を失えば出ることができるはず」
「じゃあ、もうすぐ自由の身だな」
 水木が逃げてきた方向を振り返る。林の向こうから追い詰められた化蛇の悲鳴が聞こえる。怒声が戸惑に、さらに懇願に代わり、青白い閃光と共に声が途絶えた。
「片が付いたようだ」
 水木の首に巻かれた紐が灰になって消えていく。
「流石、鬼太郎さんですね」
 一つ目小僧の言葉に水木がふっと表情を緩める。愛おしむような、自慢げな眼差しは無自覚のものだろう。
「二人とも無事か!」
 鹿のように地面を跳ねて鬼太郎が姿を見せる。水木は買い物帰りのような気軽さで鬼太郎に手を振った。
「この通りピンピンしてる。本物の青坊主が母屋の地下だ。助けに行こう」
「分かりました。水木、急いだ方がいい」
 鬼太郎がひょいと水木を持ち上げた。右腕を背中に、左腕を膝裏に入れて持ち上げる。俗にいう姫抱きである。抱えられた水木が数拍間をおいてから一つ目小僧を振り返った。
「一つ目小僧……あのな、」
「お構いなく。弁えておりますので」
 何か言いたげな水木を一つ目小僧が軽く制した。人の足では母屋までかかるだろう。鬼太郎が抱えて運んだ方が遥かに効率が良い。気にしないでくれ、とぎょろりとした目玉を向けると、水木が咳払いした。
「水木、ちゃんと僕の首に腕を回して。落としたりしないけれど、念のため」
……おう」
 一つ目小僧はぴたりと身を寄せ合っている連れ合いを視界の外に外して母屋に走った。



「お二方のおかげで無事に戻ることが出来ました。ありがとうございます」
 床に頭を擦り付けんばかりの青坊主の向かいに座って鬼太郎が小さく笑った。青坊主の側には舎弟たちが控えている。
「お礼なら雨降り小僧と一つ目小僧に言ってくれ。彼が化蛇にバレないよう上手く伝えてくれたんだ」
 ぼろぼろ泣く雨降り小僧と、気の抜けた一つ目小僧に向かって青坊主が微笑んだ。ようやっと取り戻すことが出来た首領の横に座って胸を撫でおろしていた。
「青坊主様は良き舎弟をお持ちのようだ。蘆原御前も心配しておりましたよ。ひとえに青坊主様のお人柄でしょう」
 水木の言葉に青坊主は肩を震わせる。
 化蛇は不意をついて青坊主を捕らえ、親分の命惜しくば従えと舎弟たちを脅して山を乗っ取った。姿はすっかり青坊主に化けても、滲む態度や言動に違和感はある。知己の蘆原御前がそれに気が付き、わざともめ事を起こしてくれたのだ。
「ところで、断りもなく境界石を削り、あげくバラまいてしまいました」
 頭を下げる水木に青坊主が横に首を振る。
「構いません。後で拾っておきます。蘆原御前には世話になりました。私はこのまま領地が減ったところで構わないのですよ。領地よりもっと大切なものを取り戻せたのですから」
 青坊主の言葉に舎弟たちが鼻を鳴らし、ぽたりぽたりと涙をこぼす。雨降り小僧は大泣きで、外はすっかり土砂降りになってしまった。これから二人は森に帰るというのに、これでは面倒を掛けることになる。
「ああ、申し訳ない。雨降り、止めてくれないか」
「っはい。お待ちください!」
 鼻をすすって涙を引っ込めようとする雨降り小僧に鬼太郎が気にするなと笑いかける。
「いや、構わない。折角再会できたんだ。その涙は堪えない方がいい」
 玄関に出た鬼太郎がちゃんちゃんこを広げる。ばさりと揺らして、ちゃんちゃんこを被衣ほどの大きさにした。傘の代わりに頭からかぶると水木を振り返る。
「水木。ほら、こっちに」
 鬼太郎に手招きされた水木がすっと息を吐く。多分人前で伴侶に抱き上げられるというのは羞恥と伴うのだろう。一つ目小僧が水木の表情を伺うと、堪えるように唇を引き結んでいた。彼はぽんと胸を叩いて笑顔を作るとこちらを振り返った。
「では、私たちはこれにて失礼します」
 鬼太郎がひょいと水木を抱き上げた。雨粒一つ付かぬようにと被衣で水木を足先まで包む目は真剣そのもので、水木は抱きやすいようにと体を鬼太郎に傾けている。
「鬼太郎殿、水木殿。いくら言っても足りないが……本当にありがとう」
 青坊主と舎弟たちが頭を下げると、鬼太郎が小さくお辞儀をして背を向ける。雨脚が多少弱まった山道を軽やかに駆けていく下駄の音が響く。
 青坊主が一つ目小僧の肩に手を置いた。
「一つ目よ、水木殿はどのようなお人だったか」
「噂に違わぬ、暴論暴理。しかし、気風の良いお方でした。伴侶の無自覚の惚気を堪えてやる器量もありますし、鬼太郎さんとお似合いかと」
 割れ鍋に綴じ蓋とはまさしくあの二人。一つ目小僧の評に一切の偽りはない。黒と黄色のまだら模様が見えなくなるまで、ただただ見送った。