スサ
2024-05-29 19:44:15
2252文字
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【鬼水】純愛なら可

女妖怪に雑に迫られるせがれと女の子は自分を大事にして価値観を持つ養父と恋の始まり

 後から思い返すと頭を抱えるしかないのだが、かといって同じことが起こったら自分は同じように返すだろうなとも思うのだ、水木は。
「鬼太郎の育て親って面白いこと言うのね。ヒューマンジョークっていうやつ?」
 そんな所を横文字にされてもなと思わないでもなかったが、水木は遠い目をした。空がきれいだった。
 そんな水木としっかり手を繋いだ養い子はといえば、鋼鉄の顔面筋を少しも刃こぼれさせることなく淡々と「この人はお前みたいな阿婆擦れじゃないんだ」と容赦なく返した。あばずれ………、水木は気が遠くなりそうだった。
 今、水木と鬼太郎の前にはとてつもない美少女が立っている。ただしその美少女の瞳は人間にはありえないだろう虹色をしており、よく見れば指先に爪がない。その他にも少しずつ人とは異なる点があり、要するに何らかのあやかしの類、人型をとる妖怪なのだ。見た目の年の頃は16、7といったところ。外見的には鬼太郎よりは年上に見える。もっとも、義息からして本来は見た目の年ではないのだが。
 彼女は2人のというか鬼太郎の目の前に現れるなり言った。『あんたが幽霊族?まだチビねえ。まあいいわ。あんたの子種をちょうだいよ』と。あまりにもあけすけなので、水木の方が赤くなってしまったくらいだ。
 ギョッとして固まる水木に何を思ったかはわからないが、鬼太郎は明らかに呆れた顔でため息をつき、単刀直入に『断る』と返した。一切の考慮もない反応だった。彼女の申し出が理解できないのではなく、理解した上で断っているのが明白な。ちらりと水木がのぞき見た少年の顔は落ち着き払って、やはり見た目通り幼くなどないのだと知れる。
 だがそれはそれで戸惑いもある。そうか、鬼太郎、何のことかわかるのか、と。戸惑いというか、複雑な心境というか。
 気がついたら水木は口を開いていた。
「あー、お嬢さん」
 水木が声を発した瞬間、鬼太郎のそれまでの鉄面皮がぴくりと揺れた。喋るな、そういう圧を感じる。
 それが水木を心配してのことなのはわかっている。わかっているのだが。
「そういうのはもう少し、情を深めてからの方が
 虹色の瞳が真正面から水木を見た──のを認識したかどうかの瞬間、鬼太郎が水木の手をぐっと引き、顔を反らし、それでも足りないとばかり片手で水木の目を覆った。
「見るな」
 水木が何か言うより鬼太郎が鋭く言う方が先だった。
「やだ。大事にしてるのね。食うため?」
 変な体勢で鬼太郎に目を隠されながら、水木はあっけにとられていた。
 鬼太郎が唸るような低い声を出す。
「失せろ」
「ま、つれないのね」
 鬼太郎はもう美少女に目もくれず、養父に耳打ちした。
 帰りますよ、と。
ああ、」
 もう危険はないのか、と思いつつ、ちらりと水木は美少女を見た。中身は違うのだろうが、若い娘があんな物言いをするのは水木には受け入れがたかった。
もう少し自分を大事にした方が良くはないか?」
 思わず付け加えてしまえば、鬼太郎が呆れた様子で天を仰ぎ顔を覆った。
 美少女の方は瞬きした後笑いだし──そして冒頭に戻るわけだ。
「情って。可愛いわね。確かに人間にハマるやつの気持ち、ちょっとわかるわ」
 まあ、面倒くさいけど、とケラケラ笑う少女に、鬼太郎が背中に暗雲を背負って「黙れ」と言う。大きな声ではなかったが、ビリビリと空気が震えるような圧があった。
「この人は純粋なんだ。お前なんかとは違う」
 育てた子に言われるのは複雑極まりなかったが、かといって何と口を挟んだものかもわからず、水木は黙る。
 ぎゅ、と握られた手が熱かった。
「もう一度言う。失せろ。二度と僕らの前に出てくるな」
 美少女はつまらなそうな顔をして、「なんか、面白くない男ね、チビだしさ」と捨て台詞を吐いて掻き消えた。
 しばらくお互い言葉もなかった。なかったが。
よ、妖怪って、あけすけなんだな」
 びっくりしたぜ、と場を和ませようとわざと冗談めかした調子で水木が言えば、鬼太郎は笑いもせずじっと水木を見上げてきた。
「でもなんか、やっぱりな、俺はその、そういうことはお互いの気持ちがな、いや、そんな、ひとり者の俺があれこれ言う事ではないが」
「水木」
「でもやっぱりな、お前にもちゃんと心から気持ちが通った相手をさ」
「水木」
………
 じっと見つめる目に水木は負けた。
「純愛ならいいんですか」
「じゅ」
 水木は固まった。
 今何と言われたのか。
「体だけの関係は感心しないということですよね」
「かっ………
 水木の顔がじわじわ赤くなっていく。体だけの関係?この子は何を言っている?
 ぐらりとつい傾いてしまった体を、鬼太郎が危なげなく支える。
 その表情に大きな変化はなかったが、背後に広がっていた暗雲の錯覚は消えていた。
「僕はあなたを愛しています。それなら許してくれるということですか」
ぁ、ぃ?」
 じっ、と瞬きせず見つめてくる瞳にとらわれてしまったように動けなくなる。みずき、と優しく促すような唇の動きがひどくゆっくりに見えた。
……うん」
 気付いた時には水木は頷いており、そして、ごく至近距離で、鬼太郎の顔がほころぶのを見てしまった。
 たぶん、そこで恋に落ちた。落とされてしまった。
 そして気付いた時にはしっかりと唇が奪われており、少し手が早くはないか?と後で思った水木だが、それこそ後の祭りなのだった。