溶けかけ。
2024-05-28 23:18:03
2012文字
Public ほぼ日刊
 

幕開け

政婚案その3。
双子姫のフォカに頼まれてフを娶るヌのお話。

「今日は来てくれてありがとう、ヌヴィレット」

 この国の双子姫の姉、フォカロルスが穏やかな笑みを見せた。

「君が私を呼ぶということは妹君絡みだろう?」

「ふふ、ご明察。流石はヌヴィレットだね」

 フォカロルスとは幼い頃から互いの国の結びつきを強くするために婚約関係にある。そのため、妹のフリーナ殿とも顔見知りなのだが。

「実は、フリーナに婚約者が決まるかもしれなくてね」

 その言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。私の表情に気づいたフォカロルスは頬を膨らませた。

「こら。話は最後まで聞くものだよ」

「すまない。続けてくれ……

 フォカロルスは咳払いをひとつすると話を続ける。

「まず、フリーナの婚約者候補の話からしようか。彼なんだけどね」

 フォカロルスが姿絵をこちらへ渡す。顔はよく整った男性だが――

「彼は素行に難がある王子ではないか」

 ヌヴィレットが眉を顰めればフォカロルスが頷く。

「やっぱり、キミの国にも彼の悪行は届いているんだね……

「当たり前だ。女性の扱いも酷く、気に入った女性を閉じ込めては壊れるまで手籠めにすると聞く……

「ああ、そうなんだ……彼が数日前の舞踏会でフリーナを見初めたらしくてね」

「なるほど……売ったか。貴国の王は」

「高値がついたって小躍りして喜んでいたよ」

 奥歯を噛み締める。彼女を物扱いする二人の父親である王に怒りが湧いてくる。眼前の彼女も穏やかな目をしているがその奥には静かな怒りが渦巻いている。

「キミの言いたいことはわかるよ……ねえ、ヌヴィレット――フリーナと結婚しないかい?」

「は?」

「いいじゃないか、キミはフリーナのことが好きなんだろう?好きな子をお嫁さんにできる、男の夢ってやつじゃないかい?」

「それはそうだが……いや、待て、フォカロルス。何故、君が私の想い人を知って――ゴホンッ……そもそも私たちの婚約は国同士の利益に基づいて結ばれている。そう簡単に変えられるものではない。それに、式の準備も佳境に入っているこの状況で、だ」

「ふふ、そう言うと思っていたよ。でも大丈夫。僕らは双子だからね。入れ替わっても分からないさ」

「入れ替わり自体は可能だとして――君はどうなる?」

 ヌヴィレットの疑問にフォカロルスは笑った。

「それも大丈夫。僕は天才だからね。婚約自体をなかったことにする方法はあるんだ。ただ、時間が足りない」

「なるほど。つまり、フリーナの婚約を破棄するために彼女を娶れと」

「そういうこと……婚約破棄が終わったらキミの国に亡命すると思うからそのときはよろしくね」

「はあ……分かった。君の言うとおりにしよう」

「頼んだよ」




「フォカロルス!」

 可愛い妹が駆け寄り勢いよく抱き着いた。たった1年みない間にすっかり素敵なレディになったと思う。

「約束、守ってくれてありがとう。ヌヴィレット」

 フリーナの後ろから複雑な表情をしながらついてきた彼に礼を言う。

「ああ」

 ヌヴィレットの視線はフリーナに固定されているのがすぐに分かった。ぎゅう、と抱き締める力を強くすれば彼がますます不機嫌になっていくのがちょっと面白い。

「フォカロルス。長旅で疲れているだろう?部屋へ案内しよう」

「ふふ。平気だよ?それより、可愛い妹との時間を楽しみたいなあ。1年ぶりだしね」

 僕とヌヴィレットの間に火花が散る。好みが似ている僕らはよく、フリーナガチ勢だね、と隣国の双子王族から言われている。フリーナガチ勢、いい得て妙だ。

「ねえ、フリーナ。ヌヴィレットなんてやめて僕と暮らそう?」

 手の甲にキスを落とせば、ヌヴィレットがフリーナを抱き寄せた。眉を顰め、彼女を強く抱き込む。

「フリーナ殿は私の妃だ。今更、返せと言われても了承しかねる」

 ヌヴィレットに抱き締められて、真っ赤になるフリーナ。ああ、良かった。やっぱり、彼に任せて正解だった。

「もう!ふたりとも!僕はキミたちと暮らしたいんだから争わないでくれ!」

……む」

「熱烈な告白だね、フリーナ」

 3人で仲良く笑い合う。

 ――僕はキミたちが幸せならそれだけでいいんだ。








「さあ、開廷を」

 その声に意識が浮上する。今はもう、意識体でしかないぼくが夢を見ることなんてあるのだろうか?
 自嘲しながら天を仰げば、先程まで笑い合っていた二人が目に入る。二人とも口を真一文字に結び、先程の穏やかな様子は一切なく。
 こつこつと靴音を響かせながら金髪の旅人が舞台に上がる。ああ、このときが来たのだな、と寝起きの頭でぼんやりと思った。

 舞台役者は揃った。音響も照明も準備は万端。

 大きく息を吸い込んで、前をしっかり見据えたら。

 ――さあ、最後の舞台を始めよう。