アユム
2024-05-27 21:45:52
2438文字
Public khmdワンドロワンライ
 

Mission:Encore

こは斑ワンドロワンライ【キス】【ライブ】ライブの熱に煽られる二人

「好きや」
そうこはくが呟いた。呟きというには凛と告げた。しかし、隣でユニット衣装のハーネスの調整をしていた斑はこはくを見ることもしない。――この応酬は今日三度目だった。更に言えば何日も前、何ヶ月も前から繰り返されたその台詞。
 ライブを控え、こはくは激しい熱情を斑に向けるが、彼はまるで意に介さない。いつもの通り茶化さずにいるだけ、余計に腹の底が見えない。
「そういうことをそうやすやすと言うもんじゃないぞお?」
ようやく口を開いた斑は、まだこはくを見ようとしなかった。楽屋の大きな鏡の前で次はネクタイを確認して、その次はヘアセットの確認をして、アイドルとしての自分を上手く見せることに余念がない。それが長い間一人で舞台に立っていたその人のその人たる所以。そして、こはくと過ごすうちに〝愛されるアイドルになりたい〟と変化してきた彼そのものようなものなのだ。

 斑がまた、口を開く。こはくのことは見ないまま。
「一時の共同戦線、闇の道――そういうスリルとも言える感覚がそれを恋愛だ性愛だって誤解させる。そして現に君は今、いとも簡単にそれに騙されているというわけだ」
違うか? と、そう問われたこはくは、ふんと鼻を鳴らした。合わせ鏡の中から斑を射るように見つめながら。
「やすやすやないやろ!」
 叫ぶ。
 それでもなお、斑はこはくを見ないままだ。
「こちとらどれだけ考えて悩んで感じてきたと思てんねん! 大事なのは〝ここ〟ちゃうんか!」
 突然声に合わせて立ち上がったこはくが距離を詰め、その右手が斑の胸を叩いた。その必死な形相を前に、斑はため息を一つ。
……どうして〝俺も君が好きだ〟という確証を得てるような口振りで言うのかなあ、こはくさん?」
「そんなん、見とったらわかる。傍におったらわかる」
こはくの力強い声が斑を刺そうと放たれるも、
……驕るには早いぞ」
斑はこはくから瞳を逸らしてまた鏡へと向き直った。
 そして鳴り響く開演三十分前のアラーム。にわかに廊下から慌ただしくけたたましい音を立て、入り乱れるスタッフたちの気合いを伝える。
こはくは斑を睨んだまま。
「さあ! 幕は上がる! 待ったはないぞお!」
斑は部屋を飛び出した。斑の声を聞きながらその背を睨んだこはくが、舞台裏の装置と替えの衣装のかかったハンガーラックの間を進んで行った。
 
 そうだ。ついに今宵もDouble Faceのライブの幕は上がる。

 順調だ。順調すぎるほどの盛り上がりで歓迎され、手持ちの歌はほぼ歌い終えた。いつもの通りMCも面白おかしくこなした。
 それでも、客席を含めてステージ全体がピリピリとどこか緊張感を放っている。良い意味でも悪い意味でも皆が空気に酔っている。今までのDouble Faceのステージの中でも随一の妖しく切なく力強い魅力を放つパフォーマンスを響かせていたのだ。
 斑の声を追いかけるこはくの声。
 こはくのダンスを、表現力と持ち前の力強さでねじ伏せるが如くの斑のダンス。
 呼応。
 相乗効果。
 化学反応。
 それ以上の、まるで言葉にできないなにかが舞台上に渦巻いて、二人は会場を唸らせた。
 
ただ一ついつもと違う。視線が合わない。
 元々彼らの曲は甘くあまく恋を囁くようなテイストではない。アンダーグラウンド、ダスティハウンド。それが彼らだ。それでも一度も二人の視線が合わないなどということはない。それは位置の確認のアイコンタクトであったり、決して馴れ合うものでなかったのも事実だが。
 
 今、その独特にひりついた得も言われぬ空気を客席も感じ取っている。なにより二人が互いに感じ取っている。その危うい鼓動の呼応を。

 最後の曲目のイントロダクション。絞ったボリュームが徐々に大きくなり、激しく低音が響く。そう、デビュー曲だ。二人の始まりの曲。
 人気も人気の花形であるのに、敢えて最後に持ってきたこの曲。最後の最高の盛り上がりを、熱のうねりを、ここで確固たるものにする。そんなセットリストだった。何度も話し合いぶつかり合い、練習を重ねてきたそれだった。

 背中合わせの姿勢。合わせたそれから伝わる鼓動と汗の湿り気。それを感じるや否やすぐに激しいステップに合わせて靴音が響く。斑の背中。こはくの背中。確かに今汗を散らして彼はひとつになっている。――視線は合わないまま。


 踊り出して十秒、十五秒。そしてまた紡ぐワンフレーズ、またワンフレーズ。激しくも切々と歌うその声の重なりに、会場は熱狂した。振り上げられるペンライトとリングライト。チカチカ瞬く光に包まれた二人が、まるでその渦に呑まれていくかのように。

 そして手を伸ばして互いに互いの顔を隠す演出の瞬間だった。まっすぐに斑の目元を目がけて伸ばされたはずのこはくの左手が、斑の顎と頬を乱暴に掴んで口づける。

 いったいなにが起こったのだろうか。仲良くしただけで結婚したと騒ぐ界隈だ。俗に言うBL営業だ。そんな言葉を吹き飛ばすだけの耽美で切なるこはくの心の叫びとその光景に、会場は皆息を呑んだ。
 口づけられた斑もこはくの頭を攫うように力任せに引き寄せる。
 ここまでほんの数秒だった。次の瞬間にすれ違い、踊り続ける二人の瞳が燃えるような赤に輝いたようだった。紫の妖しい照明。光るレーザー。それでは説明がつかないほど燃えた瞳は、やがて静かに瞼に包まれる。そうして曲が終わりステージの幕が降りる。
 途端に今まで静まり返っていた客席から、悲鳴にも似た歓声が上がった。

 アンコールへのその幕間に斑はこはくを睨む。こはくも斑を睨む。
 
「答え、聞かせてもらうで」
 
 観念したかのように、しかし挑戦的な瞳をギラつかせながら微笑んだ斑の手が再びこはくの頭を引き寄せるまで、時間はかからなかった。

fin.

こは斑ワンドロワンライ
【キス】【ライブ】
60min+20min