じゃれるは子犬か雷狼竜か

MHRウ教×ハ♀。夫婦設定。
唇が切れ、出た血を止めたのは。
密度高めのキス表現注意。

ピリッ、と唇に細い痛みが走る。
痛みというよりは、小さな熱が ほとばしったような。

親指で ぬぐって見れば、指の腹には、掠れた深紅の小さな さざなみ

自分の親指を見て怪訝な顔をする、里の英雄『猛き炎』たる娘に、普段は夫、狩猟では盟友として狩猟に同行していた、彼女の目の前に座っていたウツシが心配そうに眉を下げる。

……切れちゃった? 血が出てるよ、大丈夫?」
「大丈夫です、砂原は乾燥しますね」

サブキャンプのテントの中で微笑む彼女の笑顔は、師に向けてというよりは愛する人を安心させようとしたもの。

(そういえば、ここに来るまでにあんまりお水を飲んでなかった……)

水分補給は大切だと、当たり前のことをようやく思い出した彼女が、テント内に置いた竹水筒 たけすいとうのある方向、更に詳しく言えばウツシの座る方向へ手を伸ばそうと、身を乗り出した刹那。

それよりも速く、風のように、ウツシが娘に手を伸ばす。

……愛弟子」
「え?」

驚きのあまり、頓狂声 とんきょうごえをあげた娘に微笑みながら、ウツシは両手で愛する人の顔を自分の方に引き寄せ、正面から近づけると、彼女の頬を固定するように包み込んだ。

間近で向き合った彼女の表情は『まだ狩猟途中の休憩時間なのに』という意味も込められて驚いた様子だが、対するウツシの表情は目元が綻び、非常に涼やかなもの。

「え……? う、ウツシ教官……?」
「愛弟子、おまじないをしてあげる」
「え? おまじない?」
「うん。そういうのって痛いからね」
「だ、大丈夫ですよ?」
「痛いのが飛んでいくおまじないだから」
「う……。で、では……お願いします……

穏やかながら甘やかに、低く囁いてきたウツシの声にぶるりと身を震わせそうになりながら、娘は一体何が始まるのかと、一瞬彼を愛する女としての歓喜と期待を。
だがそれ以上に、突然始まろうとしている『おまじない』への驚きを宿して、彼女は愛する夫を見上げた。

ふと気付けば、ウツシはいつの間にか口元を覆っていた帷子 かたびらを下ろしていて、柔らかに目を細めて微笑む。

両手に囚えた、愛しい女性の小さな唇。

乾いて血が滲むそれに、彼は、ぺろりと子犬のように舌を這わせた。

……ッ!?」

素直に、敏感に、ぴくん、と体が震えた愛する人の反応が愛しくて、ウツシがまた、ぺろりと彼女の唇を舐める。
大きな舌が繊細に、けれど、ぬるりと繰り返し、血の滲む唇を撫でていく。

子犬がじゃれつくよりも艶やかに、何度も何度も。

「ん…………! ま、って……きょう、か……
…………
「まっ、て、ウツシ、さ……んッ……
「ん」

蜃気楼のように曖昧な、ウツシの返答。

夫からのそれがとても嬉しいような、けれど『このままではいけない』というハンターとしての燃え上がる理性が娘に訴えてくる。

ウツシの舌は、愛する人の唇を、まるで彼女に『よく見て』と言わんばかりに、下からゆっくりと、大きく、なぞるように舐め上げた。
ぶるっ、と娘の体が、耐え切れずに震える。

その反応を愛し気に見つめながら、言葉はなくその目だけで「おしまい」と告げたウツシは、視線を彼女に定めたまま、自分の唇もその形に沿って舌を伸ばし、ゆっくり舐めていく。

時間をかけて舌を口に収めてから、彼は終わりに「ふふ」と吐息を漏らして、艶やかに笑った。

その仕草は彼を愛する妻の立場から見ても、あまりにも刺激的で。
砂原の熱気のせいだと思いたいが、この体と顔の熱は、恐らくそれだけが理由ではないだろう。

焦がれ、求めるように、娘はウツシを無意識のうちに真っ直ぐ見つめていた。

その視線に密かにぞくりとしながら、ウツシは金色 こんじきの目を細めて、艶やかに微笑む。

「血は止まったね? ……良かった」

優しく、けれど残った血を吸い出すかのように、ウツシが愛する妻の唇の切れていた箇所に、仕上げのような ついばむ口付けを何度か繰り返してから、満足げに頷いた。
頷いている間も愛しい妻の表情をじっと観察しており、時間をかけてゆっくりと、手と、顔を離していく。

ほうっと息を吐き、呆然とした様子で、娘はウツシと視線を絡ませていた。

まるで熱に浮かされたように思考が混濁 こんだくし、言葉がうまく出てこない。
はずだったが、『物足りない』という欲求が焔のように揺らめいていることは、彼女の潤んだ瞳の中にも、赤く染まった表情の中にも明らかだ。

愛する人の上気した表情に、ウツシは悪戯っぽく微笑んで、竹水筒を手渡した。

「痛いの飛んでいったかなぁ? 俺のおまじない、効いたみたいだね?」
……効き過ぎてます」
「フフ、それは何より。ちゃんとお水も飲むんだよ? 暑いところで水分補給は大切だからね」
「はい……

寝床で まれに見るような、ぎらぎらとした情欲の光さえ見え隠れしている『夫』の顔から、すぐに狩場の『師』の顔に戻ることのできるウツシの器用さには、娘もほとほと感心してしまう。

水分補給をする気満々だったのだが、すっかり飲む気がなくなってしまった。

水を飲んだら、先ほどの情熱的な口付けの味が薄まってしまうから。

あまりにも勿体ない。
そう思えてしまうほど、愛する夫の、ウツシの味は魔性の魅力を秘め、甘美だった。

だが、今の自分の状況と、砂原という狩場の環境を考えれば、水を飲まないわけにはいかない。
娘は渋々、口元で竹水筒を傾けた。

彼女は、ウツシが同じことを考えていたとは知る由もない。

愛する人の血も、唇も。
その吐息すら逃したくないほど、全てが甘くて、水を飲むのが惜しくなる。

(ああ、可愛い……愛してるよ、愛弟子……俺の可愛い妻よ……!)

味わい直さなくては。
この狩猟が終わった後に。
血の匂いなどさせるわけにはいかない。
他の獣が寄ってきてしまう。

そんなことを考えながら、ウツシの金色の双眸は、こくこくと可憐に喉を鳴らして水を飲む愛する妻を捕らえるように見つめ続ける。
その眼差しは、獲物を定めた雷狼竜に等しかった。

自分だけが味わえる、最高のご馳走。
我慢を重ねて、味わいは増して。

今日の最後のお楽しみ。


@acadine