ひがあぎういな
2024-04-18 08:26:45
2775文字
Public アンデラ小説
 

寝ぐずりさんの繭

【アン風08】特殊訓練開始~12月の円卓会議の間で、無理をしすぎる風子ちゃんを寝かしつけるお話。

【寝ぐずりさんの繭】




「うぅ〜〜〜ん


トレーニング後の風子を迎えに行き昼食を済ませた後のこと。
自室で出来る雑務のような仕事を二人でまとめて片付けようと、風子は俺の部屋でソファ前のコーヒーテーブルに仕事を広げて1時間、進捗はほとんどないまま唸っていた。

目立つ赤の手袋を頭上に伸ばし、あくびを噛み殺す仕草をもう何度も繰り返しては資料を睨み付け直す。テーブルにかじりつくようなその姿をソファから資料片手に眺めていたが、そろそろ限界だろうと声を掛けた。


「そんなに眠いなら部屋戻って寝ろよ」
ねむくない」
「噓だな、運んでやるから」


抱き上げようと差し出した腕、いつもならばココが定位置とばかりにしがみつくと言うのに頑なに眠気を無視しようとしている。理由は断定できないが、近く世界が終わるかもしれない不安と残された時間の少なさに焦りがあるのは間違いないだろう。

チカラを円卓に招いてから、任務の合間は訓練に費やしているがどうしたって鍛錬は成果を感じるのに時間がかかる。一朝一夕で変われるとは風子も思ってなかったはずだが、あっという間に過ぎたひと月の割に確信出来る変化がなかったと本人が思っているのだ。

筋トレの場合でもそうだが、鍛えれば良いってものじゃない。

負荷を掛けたあとは休ませて、再生の力で筋量を増やす。これを繰り返す。過剰に負荷をかけると再生しない関節を痛めてしまって本末転倒だ。ちなみに俺の再生は形状記憶みたいなもんなので、負荷をかけても筋量は増えない。
だが風子は違う。だからこそ適度に休んでもらいたいんだが。


「んやぁ〜!ねないの!」
「こら危ねぇから仰け反るな、落ちるぞ」
「アンディならおとさないもん」


机から剥がして抱き上げるも、降ろせと体を伸ばして抵抗する風子。
どうやら訓練の時間をもっと確保するために、任務を早く片付けたいと思っているらしい。

ジュイスや他メンバーの計らいでなるべく基地で訓練が出来るよう、遠征が必要な任務はあまり回ってこないようになっている。しかも放っておくと休まない事もバレているので、こういうデスクワークを適宜挟まれているくらいだ。

日本人特有の真面目さなのかと思えば、同じ日本人のチカラは休むのも仕事だと言えばしっかり休む。出雲風子という個人の何かが彼女をここまで急き立てているそれが分かっているから余計に心配が拭えない。


「まいったな俺ので悪いがしょうがねえ」


大人しく抱かれててくれるんなら、このまま部屋まで運ぶつもりだったが。やれやれと腕の中で活魚の如くビチビチしている風子をベッドシーツの海へ沈めた。


「ほら、ついててやるから寝ちまえ」
「ん〜……
「18で寝ぐずりとはなぁ


風子は18歳だが歳相応には見えない幼さを持っていて、童顔さよりも精神が時を停めてしまったような危うさがそう見せている。
それは自身を危険物として隔離することを選んだがために社会化の機会を失った影響もあるし、そもそも親離れ前に親を失って、精神状態に影響しないわけもない。

しかし蓄積された歪みがこうして表層に表れるようになったのは、逆に良い傾向なのかも知れない。それは風子がやっと自分から他者に甘えられる環境を手に入れられたから、とも言えるからな。

布団をかぶせてもまだ睡魔に怯えるように顔を覗かせて寝ようとしない。こうなったら少々ズルい手を使わせてもらおう。


「体調崩す前に休んだほうがいいぞ」
「だって、全然なにもできてないもん
「お前が無理すると訓練を許可した俺の責任になるんだが」
「う゛ごめんなさい
「俺のために寝てくれるな?」
……うん」


一時的にとはいえ、風子を責めるような言い方になるからできれば使いたくなかった手だが、役に立ちたくて無理を続けてしまう風子には『休まないことが迷惑になる』可能性を示す他なかった。
俺のために大人しくまぶたを下ろしたのを見て良い子だ、と頭を撫でると、眠気で熔けた笑い声が掛け布団の隙間から上がる。


「えへへ全身くっついてるみたい」
「ん?」
「アンディのにおいいっぱいするから、おちつくぅ


何を。
なんでそんなことをそんな嬉しそうに。
照れるでもなく安心しきった笑顔で、ふにゃふにゃと言うんだ……??

突然脳に走った衝撃に思考が止まってしまった。こいつは、本当に俺を幸せにするのが上手すぎるだろうが。昂り過ぎた感情は閾値を超えた途端、何故か怒りのような衝動をもたげた。


「そうかぁなら、もっといっぱいにしてやるよ」
「んむ〜〜〜!?」


がばりとベッドにダイブし、掛け布団ごと腕に収めて転がる。逃げ場のない中で強引に胸筋に押し付けられた風子は、苦しげな声を洩らした。
傷つけたいなどとはちっとも思っていない。だがこの衝動が『キュートアグレッション』と呼ばれるものである事を、知識と理性は知っているくせに無視をした。


「おら、好きなだけくっついてろ」
「ぷはっもー重いぃ!いじわるしないで!!」
「ハハ、悪ィな。悪いついでにこのまま寝てもいいか?」
「んアンディも眠い?じゃあ帰るねんしょ」


寝ると言う俺にベッドを返そうと思ったらしい風子は、這い出ようとうごめくそれを許すまいと抱き締め続ける俺の腕から出られず疑問符を浮かべながら。


「いや、“このまま”がいい」
いっしょに寝る?」
「ああ」


少し待ったが、風子から返事がない。困らせただろうか。

出会ってすぐの頃なら「えっちな事する気でしょ」なんて丸っこい目を精一杯とんがらせて文句を言っただろう。
あれから3ヶ月近く経ち、今の風子に迫ったら何と言われるのか、自分がどのくらい受け入れられているのかそれを確認するのは恐ろしくて、胸がざわついた。


……風子?」
「むにゅ


およそ青春とは程遠いドロついた俺の悩みなど知らないで、風子のふくふくした頬は眠気で上がった体温に淡く色づいている。
あの一瞬で眠ったのか眠気の限界だったのだろうが、それにしたって警戒心ってもんがなさすぎて嬉しいやら困るやら。


俺も寝るか」


日本には『据え膳食わぬは男の恥』という言葉があるが、いざ自分のベッドで自分の腕の中でこうも安心しきった寝息を立てられると、恥なんざどうでもいいと心底思う。
風子の信頼より価値があるもんなんかねぇ、こいつの笑顔を絶やすくらいなら俺が死ぬ上等だな。

そこまでつらつら考えて、思考の鈍化を自覚した。くわぁと大きなあくびが出たのはきっと、腕の中から眠気を誘う甘い匂いが、ずっと漂っているせいだろう。



おやすみ