いを
2024-05-26 21:52:45
3665文字
Public タグ、掌編、その他
 

タグまとめ7

刀神
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。

凛夏青々(蓮と礼苑さん)

「じき、暑くなるな……
 蓮が空を見上げると、じっとりとした重さのある空気が流れていた。となりに四月朔日礼苑が立っている。まるで日差しを一身に浴びているような高身長の彼は、蓮のひとりごとに首を傾けた。
「そうだね」
……暑くないん、すか?」
 蓮よりもおそらく20㎝は高いであろうその体をちいさく曲げて「暑いねぇ」といった。それはそうだろう。むしろ蓮が礼苑の影に隠れている状態だ。
「日陰で作業しましょう。雲行きもあやしいし」
 天照周辺地域の結界をじわじわと進めているわけだが、もうじき雨も降ってきそうだ。季節の変わり目はやはり、天候もあやふやだった。
「ちょっと休憩しようか。コンビニでアイスでも買って食べよう」
 腕時計を見るともう昼になりそうな時間だ。「はい」とうなずいて腰をとんとんとかるく叩く。
「蓮くん、結界貼るのも上手くなってきたねぇ」
「そうですか? なら、いいんすけど」
 にこにこと笑っている礼苑の顔を見上げると、逆光で肌がすこし濃く見えた。
「あんたがそう言ってくれるなら、ちょっと自信がつきますね」
 照れ隠しでこめかみを掻いた蓮のくちびるが、ふと緩んだ。


絵空の庭に咲く花(月草と祭さん)

 かくして、月草は堂々と「祭」と呼ぶことができたのだ。
 祭がうなじを出すようになって足取りも軽く見えたのは、月草の思い違いだろうか。長く美しい髪に鋏を入れたときのことを思い出す。その日が祭花との「さよなら」がきちんとできた日なのだろう。きっと。
「祭」
……はい?」
 ちょいちょいと手招きをすると、躊躇いもなくこちらに歩いてくる。不思議そうに首をかしげて、月草を見上げた。
「祭はたいへんよくがんばりました。ってことで、ほい」
 イチョウを貼りつけた栞を懐から取り出す。
「これは……?」
「イチョウをな、こう、乾燥させて……ええっと、どらいふらわー? って言うんだっけ。そいつを取っておいたんだ。そいで和紙に糊でくっつけたやつ。前も花でやったけど、破れちゃうだろ? これならきっと長持ちする……はず。たぶん」
 はっきりとは言えないけれど。月草が得意げに笑うと、祭もふとほほえんだ。心に染みついた冷たい結晶が剥がれたような、あたたかい笑みだった。
「俺もお前の力になれてたら嬉しいんだけど。まあ、なんでも言ってくれよ。祭」
 わしゃわしゃと左手で髪の毛をかき回すと、祭は驚いたように目をかるく見開いた。
「今まで大変だったけど、お前の好きなように生きていけよ。姉ちゃんのこともちゃんと心にしまって」
 あちこち跳ねた髪のまま彼はくちびるを結んで、そっとうなずいた。


魔女と花園(桂木とポラリスさん)

 こと、と音がする。ポラリスがビールのグラスを机に置いた音だった。
「お、ポラリス殿。順調じゃないか」
「順調……? ああ……。そうでしょうか」
 飲むペースのことと彼女も受け取ったのか、桂木のことばに顎をあげた。じめじめとし始めた空気を一蹴するように、冷えたビールを――生中、と言ったか――半分くらいまで飲んでいる。ポラリスも、桂木も。桂木は日本酒の冷やだが。
 桂木のうしろで古びてがびがびになったのれんがゆらり、と揺れる。熱風というほどではないが、湿度の濃い風だ。
「もうじき梅雨に入るなぁ。梅雨っていうと、こう髪の毛長くちゃ毎年すげーことになるんだ。ポラリス殿はそういうのないか?」
「いえ私は。桂木様はたしかに梅雨の時期は大変そうですね」
「そうか。刀神にも髪質ってあるんかな。元から髪の毛綺麗なやつらもいるよな。俺のはうねっちまって」
 持とうとしていた猪口に触れずに、髪の先を摘まんだ。ポラリスはその毛先を視線で見て、「結ってみてはいかがですか」と言った。
「そうだな。そうしてみてもいいかもなぁ。ポラリス殿も三つ編みしてるし、俺もちょっと挑戦してみようかな」
 ぼんやりと何気なしに、独り言のようにつぶやく。それから背中を曲げてずず、と冷やを啜った。
「前聞いたんだけど梅雨の時期って傷口痛むことあるんだろ? お前は大丈夫か?」
 顔の傷や肩の傷。それらが痛むことはないのだろうか。
「お気になさらず」
 彼女はそう言って、「任務には支障はありません」と付け加えた。
「おう、ならいいけど。痛むときは無理すんなよ」
 のれんの向こう側からすこしひんやりとした風が流れてくる。その隙間に、北極星が見えた。


夜の焦げ痕(白映と瑠璃さん)

 瑠璃茉莉は「遣い手を守りたい」と言う。白映は「守る」と胸を張っていえるような異能を持っていない。ずっとそれがコンプレックスだった。まるで人間の性質のようなものを抱えていることを白映は知らない。そして呪いのようにつきまとっているそれを、振り払う術もいまはない。
……
 瑠璃の真っ直ぐな、夜空のような瞳を見返す。それさえも眩しい。白映には。
「あなたという方はとても真っ直ぐなのですね」
 ちり、と耳あたりの青白い炎が空気に滲んだ。
「わたしは人間に寄り添いたい……と思っているのかもしれない」
「寄り添いたい。……そうですか」
 手許にある白磁のティーカップの持ち手をちいさく揺らすと琥珀色に透き通った紅茶の波に映る白映の表情もゆがんだ。
「刀神が人間になることは決してない。それでも僕はほんの少しだけ人間を知りたいと思っています」
「どうして?」
「人間を守りたいと願い、深く思うあなたが言ったんですよ」
「え?」
「いえ。人間を知ることが僕自身を成長させると思ったまでです」
 白映は薄いくちびるをゆるませ、ティーカップに口をつけた。
「瑠璃様は博愛主義者だ」
 彼女はまだ、不思議そうな顔をしていた。それがいとけなく思い、目を伏せてふと笑った。
 

楚々としてメタモルフォーゼ(天霧と篠目春雷さん)

「あ……
 天霧が見つけたのは白銀の毛並みを持つ刀神だった。木の根元で目を閉じて大人しくしている。
「篠目春雷殿」
 一字一句確認するように呟くと、黒目がちの目がパチリ、と開く。近くには黒い機械があった。踏まれないように、木の根っこに置いてある。
「お昼寝ですか。今日はよい天気ですから」
 篠目春雷のとなりにそうっと坐ると、彼――か、彼女か――は、ちいさくちゅう、と鳴いた。
……。ふふ。日向ぼっこで毛がふわふわになっておられる」
 右側の皮膚が引っ張られるが不器用に、ぎこちなく笑ってみせると篠目春雷は大きくからだを使って伸びをした。白銀の毛並みがふわっと揺らぐ。
「ここは、心地がよいですね。あなたが心地よさそうにしていたのもうなずけます」
 やわらかな風が吹く木陰で、みずみずしい葉が一枚ふたりの間に落ちてくる。篠目春雷はそれを両手で受け取って、じっと見つめた。
「おや。篠目春雷殿はこれがなんの葉なのかお分かりなのですか」
 ちいさなからだで大きくうなずいた篠目春雷を見て、天霧は再びくちびるをゆるめた。
「私には分かりませんが、きっと薬にもなる葉なのでしょう。……きれいな葉ですね」
 葉に鼻先を近づけてくんくんとにおいを嗅いでいる姿を見てから、木の梢を見上げる。ゆらゆらと風にのって揺れる枝先。もしも樹木に感情があるのなら、きっと彼らも今心地が良いのではないかと、天霧は思う。


朝焼色の瞳(菊司と定之さん)

 この灰色をぼんやりと塗ったみたいな街でそれとなく菊司も生まれて、そして育ってきた。まるで、無機質みたいに。
 窓の外は曇っているが、雨は降らないようだった。時間がたてば分からないけれど。
「ねえ定之くん、見てでっかい虫」
……、」
 窓の外にとまっていた虫を指差しても、なんと言っていいのか分からなかったのか彼はうなずいただけだった。
「そうだ。クリスマスに定之くんからもらった髪留め、してみたんだけど似合う?」
「うん」
 こくりと首を動かして、菊司の髪留めを見上げる。定之から、そうっとしたしぐさでもらった髪留めだ。
……ありがと。きみが一生懸命選んでくれたって伝わった」
 薄曇りの空とは真逆のような気分だ。とても、晴れ晴れとしている。定之は眼帯で隠れていないほうの目をかすかに細めてから、もう一度こくんとうなずいた。
「やっぱりひとの気持ちってちゃんと伝わるもんだね。嬉しかったよ」
「菊司サンが嬉しそうなのも、伝わる」
「そう?」
 研究室の窓に菊司と定之がうつっている。空に大きな鳥が横切った。
 定之と感情を共有することが――愛しい、と思った。
 今は菊司自身を無機質とは言わない。思わない。
「それじゃ……定之くん、眼帯の調子をみせてもらえる?」
「うん」
 定之の眼帯はまだまだいい方向に開発できる。菊司は白衣のポケットに片手を突っ込んで、まん丸いソーダの飴玉を定之の目の前にかざした。
「これを舐め終わるまでに終わらせよう」