「あ、ありが
……」
「お前らはなんでこんな所にいるんだ」
開口一番。崖から落ちかけた唐梨子を救った青い髪の男は、唐梨子と花園が落ち着く暇を与えることなく発言した。助けてもらった唐梨子は男へ感謝を述べようとしたが、遮るように話しかけられてしまい言葉を飲み込む。
ぶっきらぼうなその言い方に、助けてもらった身とはいえ正直良い気持ちにはならない。
しかし花園はこんな山奥の3人しかいない所で揉め事に巻き込まれては堪らないと思い、いつもと同じように軽々しい口調で話しかけた。
「まぁまぁ、そんなに焦らなくてもいいじゃないですか♪まずはアナタのことも教えてくださいよ」
花園が男に向かって声をかけると、ただでさえ険しかった男の顔の眉間にシワが刻まれる。
男はハーッと胸に溜めた息を吐きながらメガネの位置を直した。
「
……沢だ。この島へは調査で来ている。それで、お前たちの目的は?」
沢と名乗った男はこちらを見定めるような視線を寄越す。
警察官が怪しい人間を見つけたときのような。はたまた母親が子供の嘘を見破るときのような。真意をはかろうとメガネの奥の瞳が真っ直ぐに2人を見つめていた。
「
…俺たちはただの観光ですよ。ただ、ちょっとトラブルがあって
…この島から出る方法を探してるんだけど、何か移動手段はあります?」
「観光?
……あぁ、なるほど。ガイドはどうした、1人くらいはこの島に詳しい奴がいたはずだ」
心当たりがあるのだろうか、男はすんなりと状況を受け入れ、さらなる説明を求める。
唐梨子は沢に今まで起きたことを説明した。深夜のテレフォンショッピングで電話をしたこと、一昨日この島に到着したこと、案内役の少女が消えたこと、手紙が残されていたこと。
「そうか、先生の娘が
…」
全ての説明を聞いた沢がひとりでにつぶやいた言葉を花園は聞き逃さなかった。
「先生?先生って、もしかして嶋さんのお父さんのことだったりします?」
探るような花園の言葉に、沢は少し黙った後に口を開く。その瞳は先ほどと同じように2人を見つめていたが、視線は品定めするようなものではなく、嘘はついていないように思えた。
「
…そうだ。彼女の父は俺の上司にあたる人間だ。俺たちは先生の手伝いのためにこの島に来た」
「先生はその道ではかなり有名な生物学者でな。この島は独自の生態系が確立されている。その調査のため十数年前にお偉いさんがこの島を先生に贈った」
今まで自分たちには知らされていなかった沢の情報に、唐梨子は面倒な出来事が起きるような予感がして心の中でため息をつく。
「俺らは嶋さんから昨今の旅行ブームに目をつけたとしか聞かされてないんだけどね
…」
「まぁそれも事実だ、何かと入り用でな。それにこの計画が上手くいけばこの島はガラパゴス諸島に並ぶ存在になるかもしれない、数年ほど前から客を呼んでいる。この異常気象だ、ここ最近の旅行ブームの本質は最期の思い出づくりという意味合いがデカい」
ガラパゴス諸島が動物たちの楽園なら
…一度何かを考えるようにそう呟きながら地面を見た沢は、再度顔を上げて姿勢を正す。
「俺たちの目的はこの島を人間の楽園にすることだ」
───同時刻、第2チーム
「
……ってワケ。どう?理解した?」
天宮、殊間、八波は突然現れた黒髪の男に第1チームと同様の説明をしていた。こちらの情報を伝えている間、男はうんうんと頷きながら人当たりの良さそうな笑みを浮かべていた。
男の名前は周。セミロングほどの髪をハーフアップにしている。
この島へは研究のために来ており、自分と同じ目的を持った人たちで構成された研究チームがあると言う。そして、そのチームの責任者はガイド役である嶋アンナの父、嶋 和人(しま かずと)。
しかし現在、研究チームのほとんどの人間はこの島の環境に耐えられなかったため既におらず、残っているのは自分と大学の同期の男、そして嶋和人のみだと伝えられた。
「うん、まぁあらかたの事情は理解したかな。それで?この島に招待されたのは全部で何人?」
「どうして貴方がそんなことまで知る必要があるの?」
それと自分たちがこの島から出たいことに理由があるのか。疑問に思った天宮はその質問を隠すことなく、そのまま周に伝えていた。
「だって人数によって必要になる物資や乗り物の大きさが変わってくるでしょ?何事も計画がないと上手くはいかないよ」
人よりも食べることが好きな天宮は周の言葉に、それもそうね
…と1人納得する。食べ物だってそれなりの蓄えはあるものの無限ではない。このまま島から脱出できずに餓死
…といった未来は絶対に避けなければいけないのだ。
「嶋さんを含めて、私たちは8人ですね
…」
八波は1人1人を思い出しながら周に紹介した。
「結局はどこまで耐えられるかだけれどね。1週間以内には出たいところかな
…」
周は更にう〜ん
…と呟きながら顎を触る。何かが引っかかっているような様子に、都合の悪いことでもあっただろうかと不安になり、なんとなく居心地の悪さを感じた。
「君たちはもうアレに遭遇した?」
「アレ?」
「ゴキブリならコテージに出たけど?」
「ふふ、違うよ。でもそっか
…出会っていないなら気をつけた方が良いよ」
意味深なアレ、という表現。周が何を指しているのかは分からないが、良くないものであることは間違い無さそうだ。わざわざ伏せて言うところに胸騒ぎを覚え、内側からゾワゾワとして気味が悪い。天宮は腕をさすった。
「ちょっと〜気になるからそこまで言うなら教えてよ〜!」
殊間が周の言葉に不満をたれると、周はごめんごめんと謝りつつも悪いとは思っていなさそうな軽い口調で言葉を続ける。
顔は悪くないが、懐が読めない。殊間は苦手な分類の人だなと自身のウィッグの髪の毛を指で巻き、それとなく心の中で距離をとった。
「ごめんごめん。でもすでに見つけてたらいらない心配かと思って」
周は改めて3人に向き直る。
「この島でしか存在しない動物がいるんだ。彼らは結構気性が荒いから
…遭遇したら殺した方が良いよ。こちらが死んでしまう前にね」
─────
「あ!みんなおかえり」
日没が近くなりこれ以上の探索は危険だと判断した唐梨子と花園が沢と別れ、コテージに帰るとそこには左肩を負傷しみんなに手当てされている八堂がいた。
「ど、どうしたんだ。その傷」
「まぁ、ちょっとトラブルがあってな。まぁその話は夜に報告会を開こう」
八堂はあっけらかんとした様子で話しているが、手当てを見守っている海月の表情は未だソワソワとしていて落ち着かない。共有スペースの椅子に座る八堂を中心になんとなく人が集まっていた。
その後、手当てを終えた八堂の提案により今帰ってきたメンバーはシャワーを、そしてその後に夕ご飯を食べることにした。3日目の食事はカップラーメンやパンなどの備蓄である。
1日目の食事との落差のせいかどこか空気が重い。
自分たちの置かれている状態とリンクしてしまっているような食事の風景はこれ以上箸を進めるのが不安になってしまうほどであった。
「でさ、今日あったことなんだけど
…」
八堂は海月と目を合わせ、今日起きた出来事を話し始めた。
「ヒョウがいたんだ。手負みたいだったからなんとか撃退は出来たけどね。いやぁあれはスリルがあったなぁ」
ヒョウという単語を聞いた瞬間、旅行客たちはそれぞれ顔を合わせる。
「ちょっと、それってヤバくない?この島、迂闊に散歩なんて出来ないじゃん」
「ヒョウに遭遇してもスリルと言って楽しめるのは八堂さんの面白いところですよねぇ」
殊間と花園が言い合っていると八波がゆっくりと口を開く。
「私たち今日海辺を探索したんですがその時に1人の男性に出会ったんです。その方がこの島には動物がいるって
…遭遇したら命を奪ってしまった方が良いと言っていました」
「それ、本当?」
八波の言葉に食いついたのは唐梨子である。
「俺たちも男の人に会ったんだ。その人もこの島には独自の生態系があるって
…。そのうえで、見たことがない生き物に出会ったら身を隠せ、危害を与えるなって言っていたよ」
唐梨子と花園は沢にこの島の目的を聞かされた後も彼から話を聞いていた。そして島の生態系の話を聞いていたとき、確かに彼は言っていたのだ。手は出すな、と。
「どっちも違いはないんじゃないの?危ないから手を出すな、やられる前にやれ。アタシは別に間違いは無いと思うけど〜」
「今日会ったあの人、現時点でこの島にいるのは自分を入れて3人と言っていたけれど、別行動しているのは意見の食い違いで仲間割れでもしたんじゃないの」
「でも今日会ったヒョウ、少し違和感があったんだよ」
殊間と天宮の言葉に重ねるように八堂が言葉を発する。
八堂は「な?」と海月の方に合図を送り、それに応えるように海月はこくり、と頷いた。
「体の模様がね、少し特殊だったんだ。一つじゃなかった」
「なんでしょうそれ、交配でもされてるんですかねぇ」
「独自の生態系って言っていたから俺たちも把握していない種類の生き物かな
…。どちらにしろ俺は明日もう一度、あの男に会いに行ってくるよ。動物についても、3人が言っていたもう1人の男についても聞きたい」
唐梨子の提案に花園は大袈裟に反応した。
「え〜〜!本気ですか、唐梨子さん!あ、私は行きませんよ」
「ふ、別にいいよ。今日使ったロープもそのままにしてあるし、1人で行ってくるからさ」
「そ、それは危険じゃないですか?さっきだってヒョウがいるって
…」
1人での行動は流石に危険だと八波が止めようとした時、花が咲くような明るい声が掛かる。
「はいはーい!じゃあさ、アタシが阿月と一緒に行くよ!そしたら心配も無いし、アタシは一緒にいられてラッキーだし」
「夏生
…」
デートだね、と笑いかける殊間の姿に唐梨子は幾分か心が軽くなっていくのを感じた。
帰る道がわかった訳では無い。
それでもこうしてみんなが同じ目的で行動していけば。一歩一歩、少しずつでも手がかりを見つけていけば。
きっと自分たちは日常に帰ることができるだろう。
この場にいる全員がそう感じたとき。
─バンッ!
突然大きな音が鳴る。
「
…なんの音?」
音はどうやら窓からのようだった。
全員が音がした方向を見ると、そこには血でベッタリと汚れた窓がある。
「え
…、」
誰かが思わず漏らしてしまった声がコテージないにこだまするかのような錯覚。1番窓に近い場所にいた天宮がゆっくりと窓から外を観察する。
何かが暗闇の中でゆらりと動く。
忘れるはずもない。だって昨日まで彼女は自分たちと同じようにこの場所に確かにいたのだから。
「案内人さんだわ
…」
そこには暗闇の中、近くの木にもたれかかる嶋アンナの姿があった。
「ガ、ガイドさん帰ってきたんだ
…!」
窓の血の正体が何かは分からない。だが、あれが先ほど話していた野生動物の仕業なのだとしたら彼女が危ない。海月が嶋を迎え入れようと玄関の扉を開けた。
しかし暫くしても扉を開けた海月は全く動く様子がない。
「
……海月さん?」
心配した八波が声をかけても返事が返ってくることはなく、吐息のようなか細い声が聞こえるのみ。足が僅かに震えているのを見ると動かないと言うよりも動けないと言う表現が正しいようだった。
不審に思った八波が海月越しに扉の奥を見遣る。
そこには予想通り嶋が立っていた。しかしその姿は自分たちの記憶にいる嶋アンナとはかけ離れた姿であった。
この島には街灯がない。天宮が窓から覗いた時は暗闇に紛れて見えていなかったのだろう。彼女の着ていた真っ白なTシャツは血で染まり、大部分が乾いた血で茶色く汚れている。
首が座っていないかのように頭はガクガクと動き、目の視点は定まらず、瞳孔が開いている。
悍ましいともいえる嶋の姿に言葉を失う。ドアノブを握りしめたまま立ちすくんでしまった海月が視線を落とし、再び彼女を視認しようと顔を上げると数十センチにまで嶋の顔が近づいていた。
扉を閉めさせまいとしているのだろうか、玄関の枠と開いた扉に手をつかれる。
海月が目の前にある嶋の顔を見ると、彼女の目の中は小さなレンズの集合体だった。

彼女は口は開くものの言葉を発することはなく、ましては何か危害を加える様子もない。ただ口をパクパクと動かしている。
異様な光景の恐ろしさからなのか口の中が異常に渇いてしまい、自分の口も彼女のように上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
「た、たす
………」
助けて、そう伝えようとした瞬間、後ろにいた八波が海月の腕を引っ張る。
同時。
重い金属の衝撃音が辺りに響く。
――銃声だ。
突然の出来事に何が起きたか理解出来ずにいたが、やがてゆっくりと嶋の身体が地面へと倒れた。
彼女の血が足元へ広がり、ようやく海月は何が起きたのかを理解した。
嶋アンナは何者かに撃たれたのだ。
「は、え、今のって」
「いや
…これは、流石に
……」
「2人とも
…!大丈夫!?怪我は
…!」
「お、に
……は、八堂さん
…僕、は
…だいじょうぶ」
「私も
…なんとか」
「早くコテージ内に!」
八堂が2人の安否を確認したのを見た唐梨子は珍しく声を荒げ、扉を閉めさせる。
しかし八波は見逃さなかった。
扉を閉める前に見た嶋の首からは虫の足のようなものが生えていたことを。
そして彼女が倒れていた付近の草むらで何かが光ったことを。
しかしそれを確かめることは出来ず、今この場にいる全員がこの島の中で安全な場所など存在しないことを改めて実感したのであった。
──
🏝️ロスト🐀
嶋 アンナ
・███ ███
〇〇日、意図せず█に███、█が持っていた████に██する。
その後コテージ付近で███の███に██れる。
翌日、何者かによって殺害。
〈追記〉
平均的な██からどんな██とも████ことが██ ███と思われる。
███を█に█████ことが███の██を██、射殺された。
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