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ちあ
2024-05-25 21:18:00
4672文字
Public
快刀乱魔
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落ちこぼれ刑事のよもやま話 #2
快刀乱魔現行未通過×
HO3佐保嵐のSSSです。
何でも許せる人向け!
握手会。
それは、ファンが数秒推しとの時間を手に入れるために愛と財布を天秤にかける儀式だ。
接触の回数や時間が長ければ長いほど、そのファンはアイドルにとっても「己の活動を支えてくれる存在」として認知されることとなる、よくできたシステムだ。その代償として、ファンは愛を示した形としてCDが積み上がり、反面財布はすり減っていくわけだが。
…
そんな細かい定義はこのアイドルに限っては重要ではなかった。
握手会とは、魔璃亜を可愛いと思う人間が魔璃亜に会いに来るための時間のことだ!
そこにどんなに金がかけられていようと、はたまた、飛び込みだろうと理由は何でもいい。魔璃亜にとっての握手会とは魔璃亜を可愛いと思って会いに来る人間たちに、とびきりかわいい魔璃亜を見せてあげること。
魔璃亜はかわいい。そんな単純明快でストレートな論理が老若男女を問わず魔璃亜のアイドルとしての人気を叩き出していた。
今日も魔璃亜はピンクと水色の髪をふわりとたなびかせ、ファン達の列の前に降り立った。途端、ちょっぴり野太い歓声が上がる。
うんうん、これこれ。こうでなくちゃ。魔璃亜は満足げに感極まるファン達に可愛らしくウインクを飛ばして手を振った。
そりゃあちょっと裏では別稼業も行っているが、基本、魔璃亜にとってアイドルは天職なのだ。
満を持して握手会が始まる。
魔璃亜は賢いので、魔璃亜を可愛いと思っている人間の顔はだいたい覚えている。当然、という気持ちと、ありがとうという感謝の気持ちも忘れずに、とびきりの魔璃亜を魅せてあげる。長蛇の列は、たちまちふわふわと夢見心地な蝶となり、満足げに現実へと帰っていく。
そんないつものこと。
「次の方、どうぞー」
スタッフの誘導で次のファンが目の前に立った。
一瞬、魔璃亜がアイドルのために浮かべているとびきりの笑顔が固まった。
しかしそれも刹那のこと、周囲が異変に気づく前に魔璃亜は我を取り戻す。にこりと慣れた笑顔を浮かべ、これでいいのかと自信なさげに自分に差し出された男の手を取った。
「今日は来てくれてありがとう!何度目まして?」
説明しよう!これはアイドルが久しぶりや初めてのファンに問いかけるときによくある声掛けだ。
相手としても、気さくに答えやすい質問かつ、自分のことに興味をもっているという錯覚を起こす喜びを味わえる。
が、このときばかりは違った。妙にこの場に馴染み、ゆるりとした笑顔を浮かべている『目の前にいる男』には違う言葉が届いていることだろう。
(な、ん、で、嵐君が握手会に来てるのよ!!!)
※
(わぁ、怒ってる怒ってる。)
嵐君こと、佐保嵐はゆる~い微笑を浮かべたまま、大きなサングラスの下でそっと冷や汗をかいた。
とびきりの笑顔を浮かべた魔璃亜は、両手で嵐の手を握りながらギリギリと力を込めていた。
生憎だが痛くはない。※STR8
痛くはないが、ちょっと怖い。
虫も殺さぬ天使のような笑顔を浮かべたまま、握力ってこんなに出せるんだ。
「えっと
…
初めて握手会にきました」
嘘は言ってない。ただ、言ってないことがあるだけで。
わざわざいつものようなくだけた受け答えをして、スタッフないし後列のファンに猜疑を与える必要はないだろう。
「えー!そうなんだ!感激!!魔璃亜のライブは楽しんでくれたわよね?」
魔璃亜の声が嬉しそうにひと際跳ね上がる。初めましての不慣れな初見ファンに感激するアイドル。周囲から見ればきっと自分たちはそう見えているだろう。
しかし、嵐の耳には、また副音声が聞こえてくる。
(ライブもちゃんと見たんでしょーね?)
「うん、それはもちろん!」
即答する。
コレは本当に嘘ではない。裏も表もない。
嵐はちゃんとライブのチケットを購入し、魔璃亜のライブを観ていた。あんまりそういうモノに縁がなかった嵐なので、ファンの熱気に押し負けて、最後列に流されただけで。雰囲気はちゃんと観ていたし、こういうものなのかと彼なりに楽しんだ。
「よかった!また顔見せてね!魔璃亜、君の顔覚えたから!」
「はい、お時間でーす」
握力会とは儚いもので、勝手がわからず1枚しかチケットを買っていなかった嵐は10秒も経たずにスタッフに引き剥がされ
…
実際には剥がすほど粘ることもなく素直に離れ、瞬く間に魔璃亜との距離が離れていく。
魔璃亜は離れていく嵐にファンサのウインクをひとつ飛ばすと、何事もなかったかのように次のファンへと向き直った。
嵐もやることがなくなったので帰宅しようと歩き出しながら、ボーっとさっきの言葉の意味を考えていた。
さてその意味は
…
。
「あとで顔を貸せ、かなぁ」
※
『いつもの場所で、首を洗って待っててね🤗』
翌日、そんな連絡を受け取った嵐は死に物狂いで働いた。
今日は何が何でも仕事を片付けて、定時に上がらねばなるまい。
最近は多忙な一課の仕事終わりではなく、オフで予定を合わせて会うことが多かったし、握手会当日は特に連絡も来なかったため油断していた。
お互いの仕事終わりにライブハウス裏で、となると嵐のほうがどんなに仕事を早く終わらせても先に待つのは無理だ。しかし、無理でも動けと、ラインの絵文字が笑っている。
「お疲れさまでしたぁ〜!」
奴はサボらずに仕事ができたのかと、目を丸くする同僚の藤堂や朏達をを背に早速と署を駆け去っていく。
定時+5分。
残業の多い警察としては充分立派なスコアだろう。
その日は捜査一課の出戻り刑事佐保嵐ご乱心の日として、署内で密かに噂になった。
※
「遅い!!」
魔璃亜が先にいた。
そりゃあそうだ。
前回の失敗から学んだ嵐は、署からこっちに向かう際は監察につけられないように、念入りに追跡に警戒し迂回ルートを選んできている。例え、内容がどうしようもない私情であったとしても、魔璃亜を裏の情報屋として危険に曝すつもりなどさらさらなかった。
どう考えても先に着くのは無理だよ。
しかし、怒れる魔璃亜の前に嵐に言い訳の余地はなかった。
「いや、えっと
……
遅くなってごめん」
だから、謝るしかない。内心、もっと茶目っ気のある返しができればいいのにと思う嵐だが、付き合いの長い魔璃亜の前ではいつもの社交術も精度を欠いている。
「いいけどっ!」
速攻で許された。いつにもまして早い。
魔璃亜がすぐに来てって言ったら来るの。といういつもの無茶ぶりが来ないことに嵐は驚いた。
「なんで握手会とライブきてたの?びっくりしたじゃない!もう!」
なるほど、前置はいいからさっさと本題に入れということか。
納得した嵐は、いやあ、といつもの口癖の前置をして、嵐は魔璃亜の問に答えた。
「たまには俺もステージの魔璃亜ちゃんが見たいなぁって気分になって?」
「何よ、それ」
嵐は精一杯明るく、正々堂々とあるようでないような理由を述べた。嘘では、ない。
のらりくらりとした、掴みどころのない嵐の答えに、魔璃亜は呆れたようにため息を付いた。その反応に、嵐は困ったように微笑んで頭をかいた。
「やっぱだめだった?」
「いいわよ」
あれ、と嵐は内心首を傾げる。いいのか。
てっきりちゃんとしたファンでもないのに握手会に行ったことを怒っているのかと思ったが
…
。
怪訝に思った嵐は、せっかくの許しを得たのに、思わず聞き返してしまう。
「いいんだ?」
「いいわよ。握手会は魔璃亜を可愛いと思う全人類がきていいんだから」
ふふん、と魔璃亜が胸を張る。あまりに規模がでかいそのスケールに嵐は呆然と言葉を繰り返した。
「かわいい
…
」
「可愛い、と、思う、でしょ?」
「思ってる、思ってます!魔璃亜ちゃん可愛い!」
魔璃亜の言葉に妙な圧を感じた嵐は、慌てて復唱した。
可愛いの言質を得た魔璃亜はよろしい、とひとつ頷くと、拗ねたようにソッポを向いた。
「急に身内に来られると授業参観みたいで緊張するっていうか
…
。来るなら来るって先に言いなさいよね」
「ーー
…
」
もしかして、と嵐は思う。
もしかして、怒っているというよりは照れているのだろうか
…
?今日の魔璃亜はいつも以上に威勢がいいが、話せば話すほど怒っているようには見えない。
照れ隠しだと考えれば、あの圧の強いメールにも納得がいく。
その推測は嵐の中でストンと納得がいった。同時にもしも、と想像が働く。
自分が先に行くと魔璃亜に断りを入れていたら、彼女はあのときどんな反応を返したのだろうか。
「
…
じゃあ。また見に行こうかな、魔璃亜ちゃんのライブ」
その反応が気になって軽い気持ちで返すと、面白そうに魔璃亜が嵐の顔を覗き込んだ。
「嵐君、オフでも会ってるのにライブでも魔璃亜に会いたいんだ?」
「ほら、だって魔璃亜ちゃんは可愛いから」
「ふぅん?」
さっき覚えたばかりの返しでからかいを上手く交わすと、魔璃亜がご機嫌に頷いた。
言ったからには絶対来てよね、と、魔璃亜がアイドルらしくウインクを飛ばす。
アイドルとファンというには近すぎる距離でそれを受けて
…
、嵐はいつものようにへらりと微笑んだ。
※
嘘は言ってない。だが、全部も言わない。
それが嵐が癖になるまで身に染み付いた社交術だ。
立ち入らず立ち入らせない。相手の不快にならない適度な距離感を保ち、なおかつ必要な情報は得られるように、円滑に場を回すためのもの。
本音を話すどころか、話すこと自体が下手くそだった昔の嵐が一番に欲した話術。
それは相手が魔璃亜だからなど関係なく、
…
いや今回に限っては魔璃亜にだからこそ、嵐は自然体で本音を隠した。
魔璃亜のライブを見たいと思ったのは本当だ。
魔璃亜と会うだけなら連絡すればできる。
それが仕事になるかオフになるかは時と場合によるが、よっぽどのことがない限りそれが妨げられることはない。
魔璃亜と会う時間は騒がしくて、あっという間だ。
そんなぬるま湯のような日々に
…
天という最大の目的を失くし、文字通りなんの目的もなく魔璃亜と会う自分に、ふと疑問を覚えてしまったのだ。
だからこれは嵐の、己の立ち位置の確認作業だった。
先日のライブを思い出す。
一段高いステージと、明るいスポットライトに照らされながら笑顔と歌を振りまく魔璃亜。
暗い客席から文字通り一体となって魔璃亜を称えるファン達。その中にぽつんと混ざる異分子の自分。
ファンかと言われればもうすこし複雑な関係かもしれないが、突き詰めれば自分と彼らは同じ。
彼女との関係は、目的とお金を介したものだった筈だ。
そんなものを確認しにライブに行ったといえばきっと彼女は不純だと怒るから、言わないけれど。
握手会にまで参加してしまったのはちょっとした出来心だ。
あまりにもステージが遠くてまともに顔を見ることもできなかったからちょっと近くで顔が見たくなっただけ。
そうか、握手会に参加すれば言葉を交わすことができるのかと、流れるままにチケットを購入しただけだ。
依頼人と情報屋。それが長年続く嵐と魔璃亜の関係。
当たり前の事を確認して、それで終わり。
だったのに。
(身内、かあ
…
)
当然のように魔璃亜から返された言葉が妙に耳に残っている。
せっかく確認した筈の境界線をまた見失ってしまった気分だ。
迷子になったようで、途方に暮れているはずなのに、
…
満更でもないような名前のわからない気持ちを抱えて嵐はそっとため息をついた。
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