mishiadd
2024-05-25 20:18:44
3963文字
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宮本伊織が魑魅魍魎コレクション:美酒に酔う

魑魅魍魎が集ってくるけど結局一番怖いのは宮本伊織だといいなあ、という小話。
美酒に酔う:お酒に酔わない伊織殿が酔うもの。

イオリは特別酒に強いというわけではないと思う。ただ、「酒に呑まれる」ということがないのだ。
テイの屋敷で馳走になったときも、テイのうわばみさを称えるその顔は涼やかでけろりとしており、呂律にも何も問題がなかった。ただ単に、己の限界を知っており、言動に影響が出そうになった段階でそれ以上呑むのをやめている、ということだろう。場の勢いや雰囲気に流されることなく、己の飲酒量を制御している、ということだ。

酒というものはついつい呑み過ぎてしまうのが常だ。私はそこにつけ入ってクマソを討ったし――いや、この話はやめよう――そう、かのヤマタノオロチも、酒に酔ったところを斃された。
前後不覚になるまでにそこに見えている「毒」を喰らってしまう。それは一見して不可解かつ不条理な行為だが、なんのことはない、呑んでいるうちについつい楽しくなって節度を見失い、度を越してしまうのだ。――であるならば。
いついかなるときでも度を越して酒を呑んだりしないイオリは、そもそも酒のもたらす酩酊をろくに楽しんでいないのかもしれなかった。






旨い酒がある、というので賃金のおまけにスケノシンから一升譲り受けたものであった。
私とイオリとで分け合い、畳の上で胡坐をかいて盃を傾けながら「なるほど旨い」などと言い合っていた。実際、テイの屋敷で出されたものには劣っていたが、米のコクと甘みがあり、充分楽しめる味だった。
肴もなく、つらつらと淡白な表情で盃を傾け続けているイオリを見る。にや、と口の端が意地悪く持ちあがるのを自覚する。

「イオリ。きみ、本当に『旨い』と思っているのか?」
「どういう意味だ」
「あまり『旨そう』な顔ではない。それに、少しも酔った気配がないではないか。
普通、酒を呑んだならもう少し表情が柔らかくなったり態度がほぐれたりするだろう。一体なんのための酒なのだか」
……酒は酒では」
「つまらぬなあ。実につまらぬ。先だってのテイの屋敷でも、結局きみもテイもいつもと変わらぬ様子で、ちっとも酒席の会話らしくはなかったぞ」

とは言いつつ私自身、それが悪かったなどとは微塵も思わない。酒に酔って口にした決意などなんの信用も勝ち得ない。あの場でイオリがはっきりと、彼が一体なんのためにこの儀を戦っているのか、それを素面の真剣な面持ちで真摯にテイに伝えたから、今の同盟関係があるのだ。――などと私が思っていることをイオリに伝える必要はまったくない。

「せっかく酒を呑んでいるのだ、もうちょっといつもと違う顔はできぬものか?
きみはただでさえいつもは表情が乏しいのだ、こんなときくらいもっと愛嬌のある顔をしてみせよ。つまらぬつまらぬつまらぬ~」

元来飲食を必要としないサーヴァントの身では酒に酔うことなどあり得ない。などと思っていたのだが、もしかしたら私の方こそ少し酒に酔っているのかもしれなかった。そして私はもしかしたら――絡み上戸、というやつなのかもしれなかった。

別に本気でつまらないなどとは思っていない。本当にイオリに愛嬌のある顔をされたところで反応に困るのは私だし、表情が乏しいのもそれがイオリだと思っている。ただ、こうして適当に文句をつけてイオリを困らせて遊びたい気分なだけだ。我ながらひどい悪酔いをしたものだ。

「もうちょっと艶っぽい態度はとれぬのか、イオリ」
「はあ……?」
「きみ、このと酒を酌み交しているのだぞ。普通ならばもうちょっとこう、親密――妖艶な雰囲気になるものだ」

我ながら呆れるな、と頭の片隅で思う。どれだけ挑発しようと、イオリならば絶対に乗ってこないとわかっている。わかっているからこそこうして敢えてからかって遊んでいる。この相手は絶対に大丈夫だと。
かつてこの姿かたちを利用してつけ入り、その首を獲った者達のようにはならない。イオリには、私の容姿は一切通用しない――不思議と痛快な心持ちがする。

「もうちょっとこう、色っぽいことが言えぬのか? 少しは私を褒めるなどして篭絡してみよ、綺麗とか可愛いとか美しいとか」
「はあ……

困惑して私を見るイオリの表情が愉快極まりない。かつて血まみれのわが身に投げかけられた頼んでもいない賞賛は、この男からは頼み込んでも出てこない。――きっとこの身をすり寄せて身を預け、頬や唇に触れたとしても、この男は顔色一つ変えないし、いつものように怪訝そうな顔でこちらを見るだけに違いない。それがひどく愉しいと思うのは、きっと酒のせいなのだろう。
ぐっと身を近づけて、囁くように言った。

「どうだ? 私は美しいだろう?」
「そうだな。おまえの剣は確かに美しいよ」
「剣だけか~?」

ケラケラと声をあげて笑う。期待通りの回答に満足し、イオリから離れる。ふう、と一息をついて、升から最後の一杯を自分とイオリの盃にそれぞれ注ぎ込んだ。楽しい酒盛りもそろそろ終わるということらしかった。
ふと、イオリを見遣る。相変わらず飄々とした顔で、血色の悪い白い顔にはまったく朱の差した様子もない。
もしかして英霊である自分の方がよほど赤い顔をしているのではあるまいな、とふと思いながら、笑いを引っ込めて尋ねた。

――きみ、さては本当に酒に酔わないのだな?」
「そんなことはない。……と、思うが」
「昂揚も酩酊もきみからは感じられない。酒の上の過ち、などきみには無縁なのだろうな」
……それは、確かに感じていないかもしれん」
「よい。酒の嗜み方など決まりのあるものでもない。――しかしつまらんだろうな、昂揚も酩酊も、それ自体は愉しいものだ。酒で得られぬとなれば、きみも寂しかろう」
「ふむ……

イオリがしばし考えこむそぶりを見せる。この男が自らなにかを楽しむ、というところを、そういえばあまり見たことがない気がする。
人の好い男なので、私に食べ物を買い与えてくれるときはたまに柔らかい表情をするが、それはあくまでも私の楽しむのを見て本人もなんだか少し楽しい気持ちになっている、という話であって、それ自体は彼自身の楽しみではない。
そこまで考えて、ふと思い返す。――イオリが「感じていない」、といえば。

「なあイオリ。……きみは本当に私の剣だけが美しいと思っているのか?」
「うん?」
「私は?」

自分の口をついて出た言葉が私の耳に入り、愕然とする。――なんだその問いは?
先程まではあれほど、この男がいかに私の容姿に興味がないか、を心地よく愉快に感じていたというのに。興味がないならないで急に心許なくなるというのか、私は。
あまりにも矛盾した、かつ恥ずべき考えに自分で呆れ返り、思わず「いや、忘れてくれ」と早口で重ねたが、声が小さかったようでイオリには届かなかったようだった。
ひどく怪訝そうな顔をして、イオリが言った。

「おまえの剣は美しい、が……?」
「いい、いい。忘れてくれ。もういいから」

盃に残った酒を一気に呷り、口許を乱暴に拭う。――悪酔いが過ぎた。

余程イオリの方が酒の呑み方を心得ているではないか、などとらしくもなく自省しながら、まだ困惑しているイオリを尻目に早々に会話を打ち切った。







逸れのランサーに助力を得て、浅草に出た怪異を薙ぎ払った際のことだった。
イオリに宝具解放の許可を得て幾分経ち、町や人に被害の出ない条件下であれば手っ取り早く勝負をつける切り札として放つことも幾度かあった。宝具を放つ際にはそれ相応の集中力を要する故、イオリと自分のふたりでの戦闘では私にはイオリに気を回す余裕はない。だからというわけでもないが、私が宝具を放つ際はイオリを背後に庇う体勢をとるか、そもそもイオリに射程圏内から離れてもらうかのどちらかだった。
その日はランサーが一緒で、いつものように私はイオリを背に立ち、ランサーは私の横で様子を見ていた。八岐怒濤を放った後、「ふう」と肩で軽く呼吸をしたときだった。

「なあおい」

不意にランサーに声をかけられて振り返る。親指で軽く指し示し、思いのほか真剣な顔でランサーが言った。

アレ、気付いてんのか? ――えっぐい顔してやがるぜ」

親指の先を見る。



――イオリが。



「すげえ顔だな。……物欲しそうな顔しやがって。自分のサーヴァントにする顔じゃねえことは確かだな」
……イオリ」
熱烈なこった。――あんな目で見られてるってわかってたら、とてもじゃねえが怖くて一緒になんていらんねえよ。なあ?」

冗談っぽく笑い、ランサーが肩を竦める。それから、言った。

「ありゃ、剣でしか世界を見られねえんだろうな。見られねえし、感じられねえ。多分、それ以外が存在してねえ」

「だからまあ、」とランサーが低い声で言った。あまりにも、言葉に不釣り合いな剣呑な口調だった。

「あんた、愛されちまってるな惚れられちまってるよ。あんたが宝具放つたびにあんな目してるようじゃな」



――莫迦なことを訊いたものだと、今更ながら思う。



イオリが私の剣を美しいと言ったのだから、それはイオリにとって私が美しいということなのだ。
何故ならば、――イオリには、それしかないのだから。

イオリにとっては、剣こそがこの世界のすべてだ。剣のみに意味があり、それ以外のすべては等しく無意味なのだ。
であるならば、私もまた彼にとっては一振りの剣であり、そしてその剣を彼は美しいと言った。だから、彼にとって私は美しいのだ。



――なんて歪なのだろう、と思いながら。

私はその『賛辞』にひどい昂揚感と満足感を覚え、口許が笑みのかたちに歪むのを片手で覆い隠した。