tokeyukumikan
2024-05-25 02:41:12
1981文字
Public ヒスムル
 

No title

キスの日に間に合わせたかったヒスムルの話。短い
ただヒスとムルがちゅーしてるだけの散文


 こいつの目ん玉、思ったより緑なんだよな、とぼやけるくらいに近づいた男の平らな目を覗き込みながらヒースクリフは思った。無駄に背の高いムルソーのネクタイを下から引いたために少しだけ伏目がちになった昏い緑色は、これからされることをわかっているはずだが閉じられる気配はない。可愛くねぇな本当に、と自分のことを綺麗に棚に置いたヒースクリフは、引かれるがまま上体を屈めたムルソーの顎を引っ掴んで薄い唇に噛み付いた。
 触れている皮膚のぬるい温度とは違い、絡め取った舌先は肉の熱さを持っている。それでもまだヒースクリフの方が体温が高いためにその温度差にムルソーの舌は反射的に奥に逃げかけて、しかし狭い口内ではたかが知れている。逃げんなよとすぐに捕らえなおし軽く噛みつけば、いまだ開いたままの目にぐっと力が入り、澄ました顔が不快そうに眉間に皺を寄せる様に気分が上向いた。唇を合わせたまま思わず溢れた笑みは当然目の前の男に伝わり、昏い目が緩やかに細まる。
 何だ文句でもあんのかよ、ともう一度舌先に牙を突き立てるより先に、されるがままだったムルソーの舌がヒースクリフの舌を押し込むようにして口内に侵入してきた。追い出しかけた舌の裏をくすぐられ、怯んだ隙にぬるりと入り込んだ柔らかい肉が上顎をざらりと撫でてきて背中がぞわぞわと震える。平たい目が間近でやんわりと細まった。ふ、と唇に触れた吐息が笑みを含んでいるように感じ、やり返された、と認識した瞬間に顎を掴んでいた手を首にかけてムルソーの体を壁に押し付ける。ガンっと音が鳴るほどの衝撃で絡まっていた舌にムルソーの犬歯が引っかかり鋭い痛みが走ったが、衝動に支配され茹った脳は痛みも口内に広がった鉄錆の味もろくに認識出来ず、目の前の男の緑と熱に意識の全てが持っていかれていた。
 裂けた舌から流れ出る血をなすりつけるみたいに奥深くまで口内を食い荒らし、同時に喉元を締め上げれば呼吸をまともに出来なくなった白い顔が苦痛で歪み、じわじわと頬に赤みが差していく。喉を締める腕に手をかけられたが、ただ触れるだけの本気じゃない制止を汲んでやろうとは思わなかった。本気で逃れたいならせめて爪でも立てればいいし、何より苦痛に歪んだ眼球の奥で、ゆらゆらと揺れる淡い快楽の火種が燃えているのがヒースクリフにははっきりと見えていたので。
 互いの体温が溶け合って境目もわからなくなってきた唇の隙間から、許容量を超えた唾液が零れ落ちて顎先を濡らす。ん、と小さく鼻から抜ける声を出して、苦痛からか快楽からか、生理的に浮かんだ水滴に潤んだ目が耐えきれず閉じたところでやっと口を離した。同時に首を掴んだ手の力も緩めてやり、血が混じった唾液で濡れた唇も頬も赤く染まったムルソーが、軽く咳き込みながら呼吸をする様を眺める。触れたままの首から伝わる脈動は少し早まったか?という程度だったが、体温はすっかり上がって少し汗ばむくらいになっていた。やたらと気に食わないことの多いこの男の、機械的な部分が剥がれてただの人間の中身が垣間見える瞬間が好きだった。腹の内側を穿っている時がより男の人間らしさを感じられる瞬間だが、そうそう気軽に暴けない腹の中の代わりに、一番手頃な肉の内側に触れられるこの行為をヒースクリフは気に入っている。咀嚼だ。これらが一般的になんと呼ばれているかくらいヒースクリフにだってわかっていたが、どうしてもこれがそれらと同じであるとは認識出来なかった。ムルソーの方はどうだが知らないが。
 男の呼吸が整うのを触れた喉の骨を爪で軽く引っ掻きながら待っていたヒースクリフの腕を、白い腕が払い除けてきたので顔を上げる。腫れぼったい唇と赤らんだ頬に真っ先に視線がいき、そうして、目尻にうっすら涙を浮かべながら凪いでいる平坦な緑色と目が合った。見ている、という事実だけを伝える感情の読み取れない昏い目の奥では、まだ火種がゆらゆらと燃えていた。
 ヒースクリフ、と普段より幾分柔らかい音で名前を呼ばれる。うまく回らない舌先が腫れた唇を舐めるのに釣られて再び顔を寄せると、まるで呆れたような視線を返されたが無視してそのまま噛みついた。裂けた粘膜が触れてびりびり痛みが走るのを無視して舌を絡め取っても、拒まないどころか首裏に腕を回してきたのだから同意は得たのと同じだろう。また首を絞められたくなかっただけかも知れないけど。
 吸い上げて飲み込んだどちらのものかも判別できない体液は人間の味がした。うまくも何ともないそれが、脳髄を引っ掻く飢餓を満たしていくのがわかりヒースクリフは目を閉じる。ぐちゃりと生々しい水音に混じって、小さく喉を鳴らす音が聞こえた。腰を抱く。あつい。
 まだ理性を手放していない男の舌に噛みつきながら、早くお前も馬鹿になってしまえと思った。