お守りは、たおやかに甘く

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
恋人になって間も無い二人のキスの日の話。

長年の時を経て、師弟という垣根も越え、ようやく成就した恋心。

それを包むに相応しく咲き満ちた、零れ桜が舞い散る集会所の露台席。

ぽかぽかと暖かな白日 はくじつの陽射しは、春風に乗る花びらを晴天の星空のように煌めかせ、露台席で向き合って和やかに笑い合う二人をも、優しく照らしていた。

「だからさ、今度一緒に行こうよ愛弟子! ユクモは紅葉がキレイなんだ、カムラの温泉とも一味違うよ!」
「ふふ、良いですね。まとまった時間が取れたら、是非行きたいです」
「ほんと!? じゃあ一緒に行こうね! 約束だよ!」

陽射しに映える、あどけない笑顔。

師であり、恋人となったウツシのその笑顔は、彼の愛弟子であり里の英雄『猛き炎』と呼ばれた娘の口元も幸せそうに ほころばせる。

二人の前に置かれた、数時間前までうさ団子の乗っていた皿と、熱い煎茶が満ちていた湯呑みは、とっくに乾燥し始めていた。

「あ……すみません、そろそろ行かないと」

申し訳なさそうに眉を下げて告げながら、娘は広い木製の卓上に手を付き、ゆっくりと立ち上がる。

彼女を見上げながら、ウツシは「ええー!」と唇を尖らせた。
食事をしていたためか、普段は装備品の帷子かたびらに覆われている彼の口元が、今は露わになっている。

「もうそんな時間!? せっかくのデートの相談がぁ……
「ふふ……また後で相談しましょう」

名残惜しそうに、寂しげな笑顔で告げる娘の様子を察したらしい。

ウツシは置いてけぼりを食ったような少年の如き様子から、次第に年長者の落ち着きを取り戻す。
娘に続くように立ち上がりながら「そうしようか」と、観念したように微笑んだ。

「ところで愛弟子。今日の狩猟、場所は?」
「大社跡ですから、近いですよ。終わったらすぐに帰れます」
「そっか、フフ、良かった。お見送りしていい?」
「はい、もちろん」

ほんのり頬を染め、はにかむように笑いながら「嬉しい」と言葉を重ねた娘に、ウツシは笑い じわがくっきり浮かぶほど目元を甘く蕩けさせ、幸せそうに口角を上げる 。

娘は集会所内で狩猟の用意を整え、そのままウツシと共に並び歩きながら、里の外へと続く、大きな門の前に向かった。


門の前でウツシが足を止め、彼の前まで歩を進めた娘が、くるりと軽やかに振り返る。

「──じゃあ行ってきますね、教官!」
「キミなら大丈夫だと思うけど、油断せず、気をつけてね! 元気に帰っておいで!」
「はい、行ってきまーす!」

いつの間にか『師弟』となった二人は、先ほどとは異なって爽やかに笑い合う。

娘が手を振りながら踵を返し、いざ、大社跡へ向かおうと足を踏み出した直後。

「あ、愛弟子! 待って、忘れ物!」
「えっ」

天を貫くように響いたウツシの声に縫いとめられ、娘がその場で足を止めた。

不穏な『忘れ物』という単語に胸を冷ややかに高鳴らせながら、彼女はその場で、腰に くくりつけた革鞄 かばんの中身を再確認する。

「わ、忘れ物……? え? 回復薬は持ったし、念の為の解毒薬もここに……

革鞄を漁っても、忘れ物など特にない。

思い出せることもない。

何のことを言っているのかと、娘が後方に立つウツシの方に振り返ろうとした刹那。

ぐい、と腕が引かれ、娘の視界いっぱいにウツシの甘やかな笑顔が映ったと思いきや、ふにゅりと柔らかに、唇が重なり合った。

「んうっ……!?」

反射のように、娘が固く目を閉じる。

心臓は素直に一度大きく脈打って、そのまま激しく高鳴り、全身の血流を速めていった。その音は、自然の音など容易 たやすくかき消していく。

目を閉じた瞬間、娘は風と土に調和したウツシの匂いを間近で感じて、脳が蕩けそうになった。

いつも優しい言葉をくれる彼の唇はとても熱く、ありったけの想いを注ぐように、静かに重なったままで。

……っ、ぷは……!」

長い、長い時が経ったような錯覚に陥った娘は、無意識に全身を こわばらせていたらしい。

呼吸と共に意識して体の力を整えていると、ゆっくりとウツシの顔が離れていった、かと思いきや、彼の唇はそのまま、娘の耳元に寄せられて。

……ダメじゃないか。大切なものを忘れて……

普段のウツシからは想像できないほど、低く、静かに。
鼓膜を這うような、艶やかな『恋人』としての声は、耳に緩やかな電撃が走ったのかと思えるほど、娘にとって刺激的な声。

癖になってしまいそうで怖くなりながらも、胸は甘やかに締め付けられた。

忘れ物、とは間違いなくこのことだろう。

顔から湯気が立っているのではないかと心配になりながら、娘は瞳を潤ませ、ぼうっとウツシを見つめる。

……も、もう……! 忘れ物って……!」
「忘れ物さ。……これからも一緒に居られるように……安全祈願のお守り、だよ」

満足そうに目を細めて微笑みながら、ウツシが娘の唇を、その形に沿って、人さし指で優しく撫でていく。

「さあ、これで大丈夫だよ。愛弟子……俺の大切な、愛しい人よ。気を付けて行っておいで」
「うう……ず、ずるい……! こ、こんなの、わたし……!」

言葉を呑み込んだ娘が、上気した顔を伏せた。

心臓は賑やかに高鳴ったままだ。

長年想い続けてきたウツシと、愛する人となった彼と唇を重ね合うという、夢よりも愛おしい時間。
このまま止まってしまっても良いと願いたくなる時間だったが、そうもいかない。

……い、行ってきますね、ウツシ教官」
「うん。気を付け……ッ!?」

今度はウツシの言葉が、不自然に呑み込まれる。

不意に顔を上げた娘が、つま先立ちで、自分の唇でウツシの唇を塞いだから。

その時間は、ほんの一瞬。

彼が目を閉じる いとまさえなく、風が吹くよりも速く、花の香りよりも柔らかく。名残惜しさも宿した、優しい感触。

しっかりと両足で大地を踏みしめ直した娘は、ウツシに向けて、蕾が花開くようにふわりと微笑み「行ってきます!」と、機敏な『英雄』の身のこなしで、踵を返して駆けて行く。

遠のいていく背中が、閉じることができなかったウツシの金色 こんじきの瞳に、鮮やかに映し出される。

彼は自分の唇を軽く指でなぞり、ほんのりと頬を赤らめ「フフ」と吐息を漏らして微笑むと、その手を大きく振り上げた。

「気を付けてねー! 待ってるからね、愛弟子ー!!」

何度も何度も手を振って、雷の如く大地を震わせるように響く、高らかなウツシの声。

背中でその声を浴びながら、翔蟲と共に鮮緑 せんりょくの風となった娘の口元が、静かな歓喜に綻ぶ。

愛する人の届けてくれた、忘れ物。
それは何よりも甘美で優しく、燃え上がるように熱い、未来と無事を祈る想いのお守り。

大地を駆ける娘が、自分の唇を舌先でぺろりと撫でると、うさ団子の甘みと共に、愛する人の味がした。




@acadine